6-7 ウミガメの愛と親子の絆

二人のデートの様子を遠くから覗っていたマードックは「でも、お前も好きなんだろ。顔に書いてあるぞ。『やっと運命の恋人に巡り会えた』」とヴァルターを冷やかす。
彼は口では反論しながらも、リズのいじらしい姿を思い返す。

 あの夜はなぜかしら月が美しく、ふと遠い南の島で目にしたウミガメの産卵を思い出し、その様子をリズに話した。 
「満月がね、母親みたいに見守る中を、ウミガメの赤ちゃんが次々に卵から孵って、海を目指して一所懸命に歩み始めるんだ。誰にも何も教えられなくても、自分の故郷が海だということを知っているんだね」
「迷子になったりしないの?」
「そういう子もいるよ。人間の足ならほんの数十秒の距離でも、ウミガメの赤ちゃんにとっては果てしない道程だ。砂にまみれ、凹みに足をとられ、中にはそのまま力尽きて死んでしまう子もいる。だけど、みんな生きるために海を目指して歩み続ける。月も、人間も、ウミガメの母親さえも、どんなに助けたいと思っても、その子が自力で海に辿り着くのをじっと見守るしかない。生物の『愛』って、いつも側に居て世話を焼くのが全てじゃないんだな。多分、手出しもできずに見守る方がずっと切なく、厳しい。それでも、そうやって見守ってくれる人が居るから、子供も生きて行ける。俺の父親も今は夜空に浮かぶ月と同じだ。俺はただ必死に生きて行くだけ。本当にそれだけだ」
 するとリズの瞳がみるみる潤み、
「なんていじらしいの。私もそういう場面を見てみたい。一匹、一匹、胸に抱いて、励ましてあげたい……」
と両手を胸の前で握りしめた。

海岸の散歩で、リズはいっそう想いを深め、自分から交際を申し込むが、彼の態度は素っ気ない。

「君がアル・マクダエルの娘であろうと、なかろうと、俺の考えは変わらない。多分、俺は誰かと一緒に居られる人間じゃないんだよ。確かなものなど何一つないし、明日のことも分からない。ただ海と自分があるだけだ。君がどんなにいい人でも、俺には無理なんだ。他人を愛し愛されるような人間じゃない」
「どうして、急にそんなことを言い出すの。いつか、お互いに心の底から好きだと思えるようになったら、と言ってたわ」
「……」
「あなたがどんな過去を生きてきたとしても、今は私の目に映るあなたが全てだわ。たとえ、いろんな欠点があったとしても、あなたはとても心延えのいい人だと私には分かる。あなたともっと話したい。いろんな想いを分かち合いたい。誰かのことをこんな風に思えるのは生まれて初めてなの。いつか、あなたに傷つけられても後悔なんかしない。悲しんでも、決して恨んだりしないわ」
「ミス・マクダエル。君は男に傷つけられることがどういう事かよく分かってないから、そんな暢気なことが言えるんだよ。仮にだよ、俺と君が懇ろになって、最後に別れることになっても、君は本当に後悔しないと言い切れるのか。身も心も傷ついても、心の糧と割り切れるのか? 俺が君と距離を置きたいのは、君を大事に思うからだ。どうでもいい女なら、『君って可愛いね、俺も大好きだよ』で終わりなんだよ。真珠は真珠貝の中にそっとしておく、それが俺の誠実だ」

傷ついたリズは涙ながらに家に駆け戻り、彼はアルに謝りに行くハメになる。

一方、アルは、彼の態度にも一定の理解を示し、落ち込む娘に恋の道を説く。

「正直、お前には無知なまま嫁いで欲しかった。世間も知らず、人間の裏表も知らず、天真爛漫なお嬢さんのまま、強く賢い男に嫁いで、一生ひな鳥みたいに守られて生きてゆくのが一番幸せだと。だが、ある時を境に、お前にも強くなって欲しいと思った。お前も気丈な娘だが、やはりその強さは金属的だ。何かあれば真っ二つに折れて、そのまま立ち直れなくなってしまう。そうではなく、人生を芯から支える本物の強さを身に付けて欲しい。一生に一度は世間と深く関わって、魂が震えるような悦びや、胸を引き裂かれるような悲境を経験するのも有要だろう。ここに来てから春風みたいに浮かれたり、幼子みたいに落ち込んだりしながらも、必死で何かを掴もうとするお前の姿を見ていると、物を言う気も無くなった。それも案外、いいのではないかと」

彼のような男性に恋をすれば傷つくと分かっても、リズには気持ちを抑えることができない。

もっと、あなたと話したい。
心と心で語り合いたい――。

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Product Notes

ウミガメの誕生と海への旅立ちは何度見ても泣けます(T^T)
こんなにたくさん生まれても、無事に成人して、生れ故郷に戻ってくるのは数えるほど。
それでも、誰にも教えられなくても、海に向かって歩いて行く姿が不思議でもあり、感動的です。

Toward Ocean !

ウォールのPhoto : http://goo.gl/E9QFbM

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