6-14 ムーンプールと深海と幸運

ヴァルターはリズの願いを聞き入れ、一緒にムーンプールを訪れる。

「私、どうしても信じられないのよ。水深三〇〇〇メートルという海の深さが。だって、三〇〇〇メートルって高層ビルより高いのよ。そんなのがすっぽり隠れるほど深いって、どういうことなの」
「理屈じゃないさ。それだけ水の層が惑星の表面を覆ってるということだ。天道虫から見れば、深さ二メートルのプールも深海だ。人間のスケールでは計り知れないだけで、宇宙から見れば薄皮みたいなものだよ」

激しく波飛沫が打ち付けるムーンプールを覗き込み、リズは歓声を上げる。

 手摺りをしっかり掴み、恐る恐る足下を覗くと、はるか下方に暗い水面が見える。まるで海底から波動が突き上げるように水が右に左に打ち付け、高さ数十メートルの断崖絶壁を覗いているみたいだ。
「すごいわ。海のエネルギーをぎゅっと圧縮したみたい。この水面が水深三〇〇〇メートルの海底まで続いているのね」
「そうだ。砂浜から見れば静かに横たわっているように見えるが、内側には計り知れないエネルギーを秘めている。何千年とかけて惑星の隅々に物質を運び、岩を削り、熱を伝え、そのメカニズムを知れば、波の一つ一つが惑星の呼吸に聞こえる」
「そのエネルギーが海台クラストを作ったのね」
「クラストに限らず、海底の鉱物は、潮流、噴火、風雨、微生物、あらゆる自然現象の結晶だ。海はそれを何百万年、何千万年と懐に抱いて醸成させる。今こうしている瞬間にも新たな鉱物が形作られ、星の性質を変えて行く。海はまさに生きているんだよ」

リズは彼の成功を祈り、「運命など信じない」というヴァルターに幸運の右手を差し出す。

「私、生まれつき強運なのよ。『巡り合わせがいい』とでもいうのかしら。こうなって欲しいと願えば、その通りになる。まるで心の絵が世界と繋がっているみたいに。パパは私のことを『フォルトゥナの娘』と呼んでるわ。自分でも時々そんな風に感じることがある。だから、右手を出して。明日のミッションに運の加護が得られるように」
「運命なんて、俺は信じないよ」
「あなたが信じようと、信じまいと、運命はいつでもあなたと共にある。あなたが少しでも心を開いて信じてくれたら、運命はあなたに手を差し伸べることが出来るのよ。帆を孕ませる追い風のように」
「追い風ね」
「どれほど船乗りが丈夫でも、舵だけで船は進まない。いい風が吹いて初めて、夢の島に辿り着けるのではないかしら」
「君がそう言うなら、明日は信じるよ。ただし追い風ではなく、深海の作業には光と静けさが何よりも大事だ」 
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Product Notes

高所恐怖症の人には絶対に近付けない、恐ろしい場所です。
落ちたら、間違いなく死にます。
オペレーションも命がけです。

洋上プラットフォームのオペレーションについて、こちらも参考になると思います。

Photo : https://www.youtube.com/watch?v=KofiI6XyCX0

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