ウミガメ

6-13 明日はプロとして操縦席に座れ ~父の死を超えて

2016年9月10日
ウミガメ

接続ミッションを明日に控え、アルとリズは関係者と共に採鉱プラットフォームに向かう。
そこでカリーナから心的外傷のことを聞く。
明日の接続ミッションを懸念するリズに対し、カリーナは「彼が手技に失敗しても、ミッションは完遂する。それが私たちの使命よ。一つ段取りが狂ったぐらいで全てが崩壊するほど柔じゃないわ」と力強く言い切る。

「父から聞きました。ひどく落ち込んでいると」
「私も確かなことは言えないけど、あれは単純に『悲しい記憶』ではなく、心的外傷と呼ばれるものじゃないかしら。事故や災害といった悲惨な体験がきっかけで、何度も何度も同じ場面がフラッシュバックしたり、悪夢にうなされたりするの。鬱や情緒不安で何年、何十年と苦しむ人もあるそうよ。私も一度、目の前で買い物客がエレベーターに挟まれるのを見た事があるの。それ以来、エレベーターが閉まる度に、自分も挟まれるんじゃないかと恐怖心を抱かずにないほどよ。あの人の場合、最愛のお父さんが亡くなって、家も故郷も洪水で流されたでしょう。悲しいとか不安なんてものじゃない。自分の半身を失うような衝撃だと思うわ。夕べも悪夢にうなされたと言ってたから、子供の頃から発作を繰り返してきたのではないかしら」
「じゃあ、明日は……」
「どうでしょうね。あの人も幼子じゃないから、いざとなれば気持ちがしっかりするでしょうけど、今朝も顔面蒼白で、食事もほとんど喉を通らないような様子だったから、本人の意思とは関係なく止めさせた方がいいような気はするわ」

主任会議では最後の意思確認が行われ、ヴァルターもその場に居合わせるが、放心状態に変わりない。
アルは彼に一枚の写真を差し出し、強い口調で諭す。

「わしはお前の父親に会ったことはないが、一つだけはっきり言い切れる。それは自分の命を犠牲にしても、お前に道を示したかったということだ。あの晩、お前の父親が我先に逃げ出して、今まで通りの暮らしが続いたとしても、その中にお前の尊敬する父親は無い。口先だけの人だったと失望し、お前との関係も生き様も、何もかも違っていただろう。結果として命は失われたが、お前は父親の願い通りに生きている。正道を見失うことなく、その教えを忠実に守って、皆のために全力を尽くしてるじゃないか。それでもまだ父親の死は無駄で理不尽だと恨み続けるか? 人間にとって命に勝る宝はないが、父親にとって息子は命に勝る。生きるか死ぬかの瀬戸際で、お前の父親は自分の命より息子の前途を取った。身をもって生き様を示すことが、後々、お前の支えとなり、心の導きになると信じたんだ。そして、その願い通りになっている。お前が片意地を張って、グダグダ言わん限りはな」
「お前はたった一つの勘違いで人生を台無しにしようとしている。それは『強さ』に対する誤解だ。お前が身に付けようとしているのは力であって強さじゃない」
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Product Notes

本作とは全く関係ないですが、ニーチェの有名な書に『権力への意志』があります。
でも、これは曲解ですよね。

英語で『Will to Power』、独語で『Wille zur Macht』。どこにも「権力」というニュアンスはありません。

この著作がナチズムに利用された経緯は、いろんなところで詳しく紹介されていますので、興味があればご覧になって下さい。

ここで語られているのは、Strength と Power の違いです。

ヴァルターが求めているのは『Power』で、アルが説いているのは『Strength』です。

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