海洋情報部

9-6 最後には人間の良し悪しが全てを決める

2016年10月8日
海洋情報部

海洋情報ネットワークの構想は多数の共感を得て、一歩ずつ前に進むが、果たして自分の手で成し遂げられるのか、ヴァルターには自信がない。
資格やキャリアの有無を気にするヴァルターにアルは言う。

「でも、二人だけのワーキンググループなんて通用するのかい?」
「人数や構成員は関係ない。百人の有志を集めたからといって、必ずしも企画が通るわけではないのと同じだ」
「それはそうだが……」
「今、採択されるかどうかは重要ではない。まずは企画をしっかり練ること、次に必要性を説くことだ。わしも採鉱プラットフォームの構想はダナと二人で始めた。わしが大学生の頃だ。紙にアイデアを書き出している段階では途方もない事に思えた。だが現実になっただろう。『緑の堤防』はどうだ? 百人がかりで設計したか?」
「いや……」
「いいか、忘れるな。資本だ、設備だといっても、突き詰めれば『人』だ。設計するのも人なら、機械を動かすのも人。経理を手がけるのも、営業に回るのも、原料を調達するのも、融資を決めるのも人間に他ならない。人を見誤れば、数十年かけて築いた信用も一夜で崩れ去る。だが優れた人材を得れば、百万の資本もそれ以上になる。一人の愚かな判断が数百万の人々を困窮に追いやることもあれば、一人のアイデアが世界の様相を変えることもある。全ては『人』だ。人間の良し悪しが全てを決める」
「それは分かるよ」
「海洋情報ネットワークも同じだ。最終的に決め手になるのは、誰が協賛し、実質的に動いてくれるかによる。いくら金と権力があっても、自分の得にならぬと分かれば指一本動かさない人間の歓心を得たところで何の益にもならない。逆にメイファン女史のように強い立場になくとも、自分の出来る範囲で精一杯働きかけてくれる人の協力を得た方がどれほどチャンスに恵まれるかしれない。資本もない、コネもないなら、人を動かせ。明確で具体的なビジョン、多くが共感する指針を示せば、必ず賛同者が現れる。良いパートナーを得れば、百人の優秀な部下を得たも同然だ。いろいろ働きかける中で資金や手段を得る術も見えてくる。お前の強みはその声だ。人が思わず足を止め、聞き入るような響きがある。弁も明快で分かりやすい。同じ理屈を説いても、お前が言うのと、他の誰かが口にするのでは、お前の方がはるかに説得力がある。それが人間としての魅力であり、才能だ。誰もが真似できることではない」

「まあ、そう難しく考えるな。これほど大がかりなプロジェクトを一年二年で実現するなど、わしでも無理だ。だが、海洋情報に限って言えば、メイファン女史のように漠然と疑問を抱きながらも行動に移せない人は少なくない。区政も産業も、あらゆる物事が過渡期に差し掛かっている今、海洋情報ネットワークのような公益性の強いプランを打ち出すだけでも価値がある。お前の構想は、突き詰めれば『統合』であり『連帯』だろう。めいめいが好き勝手な方を向いて利益追求に走ろうとしている中、それが大きなアンチテーゼとして働くんだ。実現するか否かは二の次でいい。まずは自身の構想を一人でも多くの人に理解してもらうことだ。一つ一つ駒を進めるうちに、思いがけない局面が開けることもあるだろう。そこから先は運に任せるぐらいの気持ちでおれば、自分自身を追い詰めることもない」

鳥のように忙しく飛び回る彼を繋ぎ止めることもできず、リズは月に祈るばかりだ。

もっと、もっと、愛されたい……。

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Product Notes

「一人の発明が世界を照らすこともあれば、一人の愚かな判断が数百万人を路頭に迷わせることもある」

凶者に刃物、愚者に権力を与えるなかれ、です。

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