5-10 自転車に乗って ~海と太陽のように永遠に番う

二週間ぶりに帰島したヴァルターは、南の宿舎で一休みする。
だが、そこに待つ人はなく、会いたい人もなく、独りぼっちの無機質な暮らしがあるだけだ。

チャンネルを一巡し、トークショーを傍らに聴きながら、黙々と夕食を口にする。
食べ物を味わうこともなければ、雰囲気を愉しむこともない。
野良犬みたいにかっこんで、空腹を満たすだけだ。

食事を終えた頃、洗濯機のビープ音が鳴り、ドラムから濡れた衣類を取り出すと、室内物干しに一枚一枚広げていく。全自動で乾燥もできるが、機械の温風に当てると生地が傷むので、面倒でも手作業で干すようにしている。Tシャツ、下着、ジーンズ。すべて干し終わったところで帰宅の儀式は完了だ。
あとは軽く皿を洗い、ごろりとリビングのソファに横になる。
誰かから電話がかかってくることもなければ、メールチェックを楽しみにすることもない。船を降りて陸の生活に戻れば、TVだけが話し相手だ。
彼は大きく息を吐くと、真っ白な天井を見上げた。
そこには悦びもなく、触れ合いもなく、乳白色のシーリングライトがぼんやり灯っているだけだった。

一方、リズは彼の来訪を心待ちにしていたが、肩すかしを食う。
父の命令で、会員制ヨットクラブのパーティーに仕方なく顔を出すが、そこでも心を楽しませるものは何もない。
父親が来客と話し込んでいる隙に会場を抜け出し、訳もなく南に向かって歩いていく。

その立ち位置は華やかで、「全てに恵まれている」と誰もが羨むが、本当の意味で心が満たされることはない。綺麗に着飾っても、誰が心から愛してくれるわけでもなく、魂が触れ合うような思いをしたこともない。
私を見詰めて――。
アル・マクダエルの娘ではなく、私という一人の人間を理解し、受け止めて欲しい。

だが、靴擦れで、とうとう一歩も歩けなくなった時、後ろからチリンチリンと自転車のベルが鳴る。

振り返ってみると、そこに一番会いたい人がいた。

彼の自転車の後ろに乗り、パーティー会場まで送ってもらうが、リズは意外な彼の優しさに心を惹かれる。

「あなたは怒らないの……?」
「どうして」
「パパが言ってたの。こんな事、あなたに知れたら、一生口も聞いてもらえないって……」
「大袈裟だな。居丈高に言われたら、そう感じたかもしれないが、真心だということくらい俺にも分かる。君だって皆の役に立ちたいんだろう。感謝こそすれ、怒ったりしないよ。でも、車は売らなくていい。世の中には二千万、三千万の車を売って食べてる人もいるんだ。高級車を持つこと自体が罪悪というわけじゃない。それにカスタムメイドなんだろう? だったら、なおさら大事にしないと、君の希望を叶えようと、真心込めてアレンジした人ががっかりするよ。それより、今自分に出来ることを一所懸命に頑張ればいいじゃないか。小さな仕事でも真剣に取り組めば、君がパパの威光を笠に着て、ぶらぶら遊び歩いているなど誰も思わないよ。俺の方は自分でちゃんとするから、心配しなくていい」

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Product Notes

「海と太陽が永遠に番う」という表現は、アルトゥール・ランボーの『永遠』という詩の借り物です。

もう一度 探し出したぞ
何を? 永遠を
それは太陽と番った海だ

非常に有名な詩なので、ぜひ全編読んでみて下さい。

欧州人はとにかく自転車が好き。どこに行くのも自転車。交通機関より自転車。
自転車専用道路はあって当たり前、小学校の教科の一つに「自転車のルール」という授業があったりする。
だだっ広くて、ほとんど傾斜のない場所が多いですからね。

ロイヤルダッチ・Gazelle 有名なブランドです。
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Photo : https://www.gazellebikes.co.uk

公園やリバーサイドに行くと、こんな親子連れがいっぱいいる。
中には子供二人をリヤカーみたいなので引いている人もいる。
自身の肉体増強にも効き目があるんだと。
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