5-1 海に落とされて 船着き場の出会い

とりあえず社の提供する宿舎に落ち着いたヴァルターは、早速、洋上の採鉱プラットフォームに向かう。
だが、自身のポジションや役割は何も与えられない。

 それにつけても腹が立つのは、アル・マクダエルの言い草だ。
 夕べ、仕事のことで電話して、自分の所属や肩書きは何なのかと質問したら、
「そんなものはお前には無い」
 では何をしたらいいかと聞くと、
「笛が鳴ったら、『ワン』と鳴けばよい」
「それじゃ飼い犬と同じじゃないか」
「そう思われるのが嫌なら、自分で考えろ」
一方的に電話を切られた。
 まったく人を馬鹿にしている――。
 自分でスカウトしておいて、所属もなければ、肩書きもない、業務内容さえ指示せず、「自分で考えろ」とはどういう了見なのか。
 彼も海の仕事は一年五ヶ月のブランクがある。しかも未知の海だ。ここでは初心に返ったつもりで謙虚に取り組む心づもりだったのに、それも意味なしだ。これから初仕事というのに、むかむかと腹が立ち、本当に鎖に繋がれた犬みたいに朝から晩まで寝そべってやろうかと思ったりもする。
 しかし、考えようによっては、その方がやりやすいかもしれない。
 先日、プラットフォームを訪れた印象では、人手不足で困っているというより、既に出来上がったチームに新人が入ってくる方が迷惑そうに見受けられた。それなら指示された場所に無理に割り入るより、必要の有る所に自分から入って行く方が気が楽だ。厨房でも倉庫でも構わない。どのみち行く当てもなく、帰る場所も無いなら、居場所ぐらいは自分で作るしかないだろう。

船着き場でハーブシガレットをふかしながら、ヤンのこと、コンペのこと、苦々しく思い返すうち、連絡船に乗り込む従業員の中にアル・マクダエルの娘を見つける。
父の目を盗んで採鉱プラットフォームに出掛けようとする彼女の腕を掴み、押し問答になる。

「君に何かあったらパパが悲しむ。海で溺れて家族を悲しませるような真似はするな」
 すると、彼女の瞳からつーっと一粒の涙がこぼれ、タイヤを掴む手の甲に滴り落ちた。
彼も驚き、目を見開いたが、生意気に見えた彼女が自分の腕の中でまだ小さな魚みたいに震えているのに気付くと、彼女の横顔をそっと覗き込み、

「海に出たい気持ちは分かるが、プラットフォームは君のような女の子が物見遊山で出かけていい場所じゃない。浅瀬の海水浴場でも大人が溺れて死ぬほどだ。まして服のまま海に落ちたら、手足も言うことをきかなくて、あっという間に力尽きる。俺でも恐怖を感じるほどだよ。もし、どうしても行きたいなら、パパにちゃんと訳を話して、安全な船を用意してもらえ。そうすれば、俺が連れて行ってやる」

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Product Notes

ウォールの写真は、「パイレーツ・オブ・カリビアン」の一場面です。
Photo : http://collider.com/alternate-mermaids-pirates-caribbean-on-stranger-tides/

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