ローエングリン

2-5 言葉の問題は心も人格も傷つける

2016年9月3日
ローエングリン

息子ヴァルターの成長を楽しみにしていたグンターだが、幼稚園の教諭から聞かされたのは、「緘黙症」という信じられないような指摘だった。
元々、発音がおかしいのに気付いてはいたが、子供が舌っ足らずなのは当たり前と受け止め、楽観していただけにショックも大きい。
あっちの相談所、こっちの耳鼻科と、専門家を訪ね回り、自分でもあれこれ教えて、なんとか普通に喋れるよう教育しようとするが、やればやるほど息子は二枚貝のように口を閉ざし、ついには一般の小学校に通うことも叶わなくなる。

「数ヶ月前から、お友達や先生が話しかけてもいっさい返事しなくなり、私たちも対応に困っているのです。こちらの言うことは理解しているようですが、黙って首を振るだけで、『Ja(ヤー)(はい)』と『Nee(ネー)(いいえ)』さえ口にしないものですから」

「でも、隣の三姉妹とは仲良く遊んでいるし、カールスルーエの祖父母ともビデオチャットで楽しくお喋りしているんですよ。それなのに障害など……」

 グンターが信じられない気持ちで言い返すと、

「ですから、選択的に話さないのです。幼稚園、見知らぬ人、初めての場所、相手によって言葉が出なくなってしまうのです。同じ問題を抱えた子供は珍しくありません。このままだと就学で問題になるかもしれませんから、一度、専門家に相談なさって下さい」

そんなグンターが藁にもすがる思いで訪ねたのが、スピーチセラピーの専門家、オステルハウト先生だった――。

「やはり四カ国語の環境が負担なのでしょうか……」
「それはあくまで要因の一つです。言葉の問題に『これ』という明確な理由はありません。先天的な器質障害や持って生まれた性質、家庭環境、学校でのイジメや教師の叱責など、いろんな理由が噛み合って、その子特有の症状となって現れるのです。たとえば構音障害から対人恐怖症を引き起こしたり、些細な言い間違いをクラスメートにからかわれるうちに本当に吃音になってしまったり。だからといって、言語能力やコミュニケーション力が著しく劣っているわけではなく、子供だって、頭の中では相手の話している内容や自分の言いたいことをちゃんと理解しています。ただ、恐れや緊張、劣等感など様々な理由から、普通の子と同じように喋ったり、遊んだりすることが難しくなるのです」
「あの子の場合、知能や器質に問題があって喋れないのではありません。どこかの過程で『他人と話すのが怖い』という恐怖を体験したのだと思います。『友達に鼻詰りのような喋り方を真似される』『自分の喋っていることを周りに正しく理解されない』といった事です。集団生活において小さな恐れや疑念や劣等感を経験するうちに心の緊張が高まり、ついには特定の人、特定の場所で声を発することすら出来なくなるのです。でも、発音に関しては、今からスピーチ訓練を重ねれば、他人が聞いても気にならないぐらいに改善しますし、コミュニケーションに伴う苦痛が和らげば、友達や先生とも楽しくお話しできるようになります。皆と同じように学校生活を楽しむ余裕ができれば、読み書きにも弾みがつくでしょう。一番大切なのは周りがそれを肯定し、子供が自分自身を好きになることですわ。上手に発音できなくても、読み書きが苦手でも、自尊心をもって意見を述べ、気持ちを表現することが、この教室の目標です」
「誰にでも思い違いはありますわ。良かれと思ってしたことが裏目に出ることもあります。ここに来られる親御さんは皆そうです。何とかしたい一心でいろんな教材を与えたり、何人も家庭教師をつけたり、躾を厳しくしたり。子供より親の方が必死になってしまうのです。でも親に悪気がないのは子供にも分かります。だから余計で辛いのです。幸い、あの子の場合、家庭環境は良好ですし、今まで一度もご両親に発音のことで叱られたり、辱められたこともありません。訓練を重ねれば、『L』が『W』に、『F』が『M』聞こえるような構音障害はたいてい克服できますし、読み書きが苦手でも、今は性能の良いテキスト読み上げツールや音声入力ソフトウェアがあります。実際、そうしたツールを駆使して、ビジネスや学術や芸能で活躍しておられる方も少なくありません。どうぞ希望を持って下さい。あの子なら、きっかけ一つでぐんぐん伸びるはずです」

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