ローエングリン

2-2 アフシュライトダイク(締め切り大堤防)と社会の基盤

2016年9月3日

ゾイデル海を仕切るアフシュライトダイク(締め切り大堤防)を訪れたグンターは、その歴史と偉容に心を動かされ、ネーデルラントの治水に興味を持つ。
大学で土木工学を学び、ゼーラント州の治水管理局に職を得たグンターは、フェーレという町に移り住むが、どれほど高い志をもって仕事に取り組んでも、地元民から見れば、グンターは異邦人でしかない。

孤独を感じながら思い返すのは、ブレーメン行きの電車で出会った女の子のことだ。

あの時、どうして無理にでも彼女の名前を聞かなかったのか、今も悔やまれる。

今度、素敵な天使に出会ったら、今度こそ彼女の名前を聞き出し、その翼を掴んで離さない――。

PDFで読む

「フルスクリーン」をクリックすると、ブラウザの全画面にPDFが表示されます。
レスポンシブル・デザインなので、スマホやタブレットでも手軽に閲覧できます。(ズームイン、ズームアウトなど)
Google Drive で公開しているPDF一覧はコチラです。

フルスクリーンで見る


Product Notes

前述にもあるように、オランダの『アフシュライトダイク(締め切り大堤防』は、1927年から1932年にかけて、国家的な治水事業の一環として建設されました。
全長32キロ、幅90メートル、高さ7.25メートルの威容を誇り、北海から仕切られた内湾は、現在、アイセル湖となっています。
治水の重要な拠点であると同時に、湾岸の南北を結ぶ主要な交通路でもあり、中継点には記念碑や観光客向けの施設が設けられています。

ITもハイテク重機もない時代に、よくこれだけのものを作ったと、惚れ惚れ。

ここは旅行会社の観光ルートからも外されているので、個人的に移動するしかありません。(たいていは、風車とゴッホ&レンブラント美術館、チューリップ園で終わり)
私はアムステルダムからアルクマールまで電車でアクセスした後、バスを乗り継いで、締め切り堤防まで行きました。
天候にも恵まれ、天の架け橋のような眺望でした(^^)

ちなみに、日本の土木技術は、多くをオランダから学んでいます。
鎖国の時代にも、日蘭の交易が続いていたこともあり、干拓、護岸、様々な技術を取り入れることができたのです。
他にもいろんな政治的理由はあったでしょうけど、オランダと交易を続けたのは正解だったと思います。
(大英帝国なら、日本の歴史自体が変わっていたかも)

アフシュライトダイク 締め切り大堤防 オランダ

オランダ 堤防
Photo : http://dutchdikes.net/history/

アフシュライトダイク 締め切り大堤防
Photo : https://www.flickr.com/photos/doevos/3623225834/in/pool-afsluitdijk/

You're here


Navigation