2-1 世界は意思の表象 締め切り大堤防とローエングリン

ヴァルターの父親、グンター・フォーゲルは、読書と音楽が大好きな内気な男の子だ。
父親は『巨人族』(ファーゾルトとファーフナー)のように厳めしい火山学者で、息子のこともほとんど構いつけず、「地殻の割れ目」ばかり覗いている。
そんなグンターの心を鷲掴みにしたのが、ワーグナーの音楽だ。光のようにきらびやかで、英雄的な世界にのめり込んでいく。

十二歳の時、子供劇団でローエングリンを演じるが、ワーグナーの書いた台本に納得ゆかず、勝手に結末を変えてしまう。
父親にはますます訝られ、惰弱のように言われる始末だ。

高校二年の夏、将来の進路をめぐって、父親と正面から諍ったグンターは、家族からも自分自身からも距離を置くために一人旅に出掛け、ブレーメン行きの電車の中で一人の女の子と出会う。

「でも、そんな難しい本が読めるなんてすごいね。僕も前に試みたけど、正直、僕には難しすぎて、最初の数ページで挫折したよ」
「どこが、どう難しかったの?」

 女の子が怜悧な瞳を閃かせると、

「最初の一文からさ。『世界は私の表象にすぎない』。その意味がどうにも実感できなくて」

「言葉の通りよ。世界はあなたの表層なの。難しく考えないで」

女の子からゾイデル内海を仕切るアフシュライトダイク(締め切り大堤防)を見るよう勧められたグンターは、国境を越えてネーデルラントに赴き、天まで貫くような迫力に心を揺さぶられる――。

「あなたは何を夢見てもいいし、何を志してもいいのよ。お父さんに認められようと、無視されようと、あなたの意思はあなた自身のものじゃない。ただ、その中で選ばない方がいい道もある。お父さんはあなたの判断に不安を抱いているだけで、あなた自身を否定しているわけでは決してないわ。その気持ちは私も同じよ」

「……」

「そうだ、あなた、大堤防に行ってみなさいよ」

「大堤防?」

「アフシュライトダイクよ。ゾイデル海と北海を仕切る締め切り大堤防。あれを見れば、人間の意思がどれほどの事が成し遂げるか、一目で理解できるわ。人間は、自分の人生を生きる為だけに命を与えられているわけではない、ということも」

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Product Notes

アフシュライトダイク(締め切り大堤防)

詳細は次のページを参照のこと。

堤防 オランダ
Photo : https://www.flickr.com/photos/24736216@N07/2490726481

意志と表象としての世界

女の子が読んでいた『意志と表象としての世界』(独: Die Welt als Wille und Vorstellung)はショーペンハウアーの名著です。
一般には「意志」という漢字が当てられていますが、あえて「意思」に言い換えました。
『志』よりは、『思念』もしくは『想念』としての意味合いの方が強いからです。

世界というのは「あなたが意識したありのまま」あるいは「解釈」といってもいいかもしれません。

映画『マトリックス』が本当に伝えたいこと ~君は心の囚人 / What’s is Matrix 英語で読み解く』にも書いていますが、元々、世界というものは存在しない。その人の解釈した中に世界が現れる、というのが私のスタンスです。般若心経の「色即是空 空即是色」ですね。
「締め切り堤防」も、「作る」という人々の意思があって、はじめてこの世に現れる。
言い換えれば、この世に存在するものは、すべて人間の意思の表れなのです。

ローエングリン

私の世代で『ローエングリン』といえば、ペーター・ホフマンです(^^)

ドミンゴ、カレーラス、パヴァロッティを「テノール御三家」と呼ぶなら、「ワーグナー御三家」は、ルネ・コロ、ジークフリート・イェルザレム、そしてペーター・ホフマンでした。

通に言わせれば「歌はイマイチ」だそうですが、この人ほど舞台映えのするローエングリンもないでしょう。
ちなみに本作で「カールスルーエ」が登場するのは、ペーター・ホフマンがカールスルーエ音楽大学の出身だからです。
(ライン川も理由の一つだけど)

ワーグナーに憧れて、城まで建てちゃった人もいるからねぇ。
ワーグナーの前奏曲では「ローエングリン」と「ワルキューレ」が白眉のものです。
オペラの歌い手を容姿で選んだルートヴィヒの気持ちも分かります。

さざ波のようなストリングスが美しい。

何度も見てしまうペーター・ホフマンのDVD。。。

「わたしの名を決して尋ねてはいけないよ」
「はい、白鳥の騎士さま。お約束は必ず守ります」

Lohengrin
Photo : https://goo.gl/QyyFbY

異教の魔女、オルトルートに「あの男は悪い魔法使いだよ」と吹き込まれ、新婚の夜、とうとう不安に耐えかねて、騎士の素性を尋ねてしまう。

結婚式の入場曲で有名な「タンタカタ~ン」は、本当は縁起の悪い曲なんですね。
この後、二人の結婚も敗れるから。別名「離婚ソング」です。

「聞くな」と言われたら、聞きたくなるのが人情。
エルザを不安にさせたローエングリンにも非はあるんじゃないか。。

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