7-5 自分が何ものかを思い出す 現実の中の自己肯定

全行程を終了し、ヴァルターとエイドリアンは浮上を始める。途中で警報が鳴り出すが、ヴァルターは落ち着いて対処し、フーリエとマードックも海上から力づけるように話しかける。

これまで自分を見失っていた彼も、今度のミッションで気力を取り戻し、たとえ辛い目に遭っても、何度でも挑戦せずにいない自身を悟る。

「先のことは分からない。だが、こうしていると自分が何者だったかを思い出す。二年前はプロテウスの操縦桿を握って世界中の海を潜ってた。好きで選んだ仕事だった。辞めることなど考えもしなかった。――でも、他にやりたい事が出来た。自分でも無謀に感じたが、どうしてもやらずにいなかった」

「誰でもそういう時がある。どうしても何かをやらずにいられないとしたら、それが定めだ。そういう魂に生まれついたんだよ」

「その言葉、祖父からも聞いたことがある。俺の父は決壊寸前の堤防を守りに戻ったが、『何度生まれ変わっても同じ道を選ぶ、そういう魂に生まれついた』と言っていた。今ならその意味が分かる。俺も何度生まれ変わっても、きっとそうするだろう。理屈じゃなくて、魂がそれを求めずにいないんだ」

「正直、俺は二度と自分から波をかぶるような真似はしたくないと思ってた。人ひとりの正義感など嵐の前には芥子粒みたいなものだ。死力を尽くして立ち向かっても、小魚みたいに踏み潰される。この世は力が物を言うのだとしたら、人ひとりの真心はどうなるのか。勉励や善行には何の意味も無いのか。いろいろ考えたら虚しくなって、自暴自棄にもなった。それでもやはり何かせずにいない。何度生まれ変わっても堤防を守りに戻るように」

「それが自分らしさだよ。何度生まれ変わっても、そうせずにいないとしたら、それが定めだ。上手くやれなくても、無目的に生きるよりいいじゃないか。年を取って振り返ってみれば、物事の成否より、自分が何をしてきたかの方が心に残る」

プラットフォームに戻った時、彼が目にしたのは、歓喜にわくスタッフの姿だった。
だが、今日の立役者は、30年かけて採鉱システムを構築したアル・マクダエルのものだ。
彼はスタッフの歓声を横に聞きながら、ブリッジへと急ぐ。

そんな彼を待っていたのはリズだった。
彼はリズに「約束のもの」を差し出す。
リズは心から礼を言い、「ミッションの成功、おめでとう」と彼をねぎらう。

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Product Notes

ニーチェの思想のどこに惹かれたかというと、生の怨念、いわゆる『ルサンチマン』に対して『自己肯定』という一つの答えを示したからです。

ルサンチマンを現代にたとえると、「あんなウソツキが専務に・・」「一生懸命に働いているのに、少しも給料が上がらない」「要領のいい奴ばかりが取り立てられてて、自分みたいな人間はカノジョもできず……」みたいな、理不尽で、納得いかない現実に対する怒りや恨みですね。

救いの一つの手立てとして、『宗教』があげられます。

神の教えを信じ、神の教えの通りに生きれば、いつかは天国に迎えられ、永遠に幸福ですよ。

といった話です。

それも一つの救いではあるけれど、時に、『神』に過剰に生の規範や価値観を求めることは、自己の喪失に繋がる。
いやいや、「生きる」というのは、もっと地についた、泥臭いものではないか……という疑問から出発して、最後に辿り着いた境地が『自己肯定』の考え方です。

そして、その究極の形が、「もう一度、この人生を生きてもいいと思えるほど、自分自身とこの生を悦ぶ」、すなわち、「これでOK」と思える気持ちです。

ここでも、一度は自分というものを捨て去るけども、やっぱり社会に無関心ではいられない。
たとえ嵐が来ようと、危険なミッションであろうと、全力で向かっていくし、それが「自分」という人間だと納得する場面なのですが、上手く伝わりましたでしょうか(^_^;

今はニーチェの漫画本などもたくさん出ていますが、私の一押しはコレです。
70年代風のサイケデリックなイラストと、ジョークのセンスがぴかいち。

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