オランダ人船長

3-9 さまよえる潜水艇のパイロット

2016年9月6日

念願叶ってプルザネの海洋技術センターに採用されたヴァルターは、有人潜水艇『プロテウス』のパイロットとして研鑽を積む。

 一回の潜航調査にかかる経費は莫大だ。綿密にスケジュールを組んでも悪天候に泣かされ、三回の予定が一回しか実施できないこともある。
 遠い外国からどうにか時間と予算の都合をつけてやって来る研究者にとっては、一回一回の潜航が「人生にただ一度」のチャンスだ。そのチャンスを生かす為にも、真っ暗な深海で的確に目標地点に到達しなければならない。また目標地点に到達したからといって、必ずしも予想通りの地質や生物があるわけでもなく、その場その場で状況を判断し、臨機応変に調査場所を移動するのも重要な仕事だ。
 とはいえ、電波も通じず、光も届かない超水圧の世界でプロテウスを自在に操るのは容易いことではない。
 深海では人間が歩くほどの速度しか出ないし、視界もわずか一〇メートルほどだ。また搭載できる酸素量は限られており、耐圧殻にはトイレや水道やベッドなど居住設備もない為、一回の潜航時間も四~六時間が限界で、海底を一〇キロも移動できればいい方だ。
 さながら懐中電灯一本で夜のカルデラ火山を探査するようなものである。
 それでも遠隔無人機のハイビジョンカメラではなく、自らの目で熱水の湧き出る様を観察したい。深海底にどのような地層が存在するのか、岩石の色は、形状は、この海底面の隆起は何を意味するのか、等々、研究者の情熱は計り知れない。
 そうした要望に全力で応え、限られた潜航時間の中で科学的に重要なものを探し当て、人生にただ一度の潜航調査を有意義なものにする。それがパイロットの役目だ。
 たとえ科学的な大発見に繋がっても、パイロットの顔と名前がサイエンス誌の表紙を飾ることはないが、海洋学を陰で支える手応えは何にもまさる。
 それに大深度の潜航では何よりも安全性が求められる。
 物見遊山の深海ツアーと学術調査の違いは、前者は前もって安全が確認されたコースを回るが、後者は未知の深海に赴き、必ずしも安全が保証されているわけではない点だ。
 いろんな安全対策が施されているとはいえ、深海で自船の位置を見失い、身動きがとれなくなれば、救助される可能性は深いほど低くなる。一三〇時間を過ぎれば酸欠と低温で間違いなく命を落とすだろう。
 また、超水圧の深海では、微細な亀裂でも瞬時にして船体を破壊する恐れがあり、機械や電気系統のトラブルに対して冷静かつ的確な対処ができることも肝要だ。
 大学生が自家用潜水艇で海底火山を見に行ける時代になったからといって、誰もが水深数千メートルの深海に潜航できるわけではないのだ。

仕事の合間は、GeoCADで『リング』を描いたり、復興ボランティアの仲間とメッセージや情報のやり取りをしたり。

家財も持たず、誰かとじっくり向き合うこともなく、船を住処に西に東に飛び回る。

そして、それでもよかったのだ。

フェールダム臨海都市計画が持ち上がるまでは――。

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Photo : https://www.encyclopedia-titanica.org/recovery-of-the-submersible-nautile.html

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