オランダ人船長

3-7 故郷の惨状と復興ボランティア

2016年9月5日

大学の工学部のキャンパスで、ヴァルターは「God schiep de Aarde, maar de Nederlanders schiepen Nederland(世界は神が創ったが、ネーデルラントはネーデルラント人が作った)」というポスターに目を留める。アムステルダム工科大学の有名な大学教授の講演会の案内だった。

講演では壊滅した故郷・フェールダムの大洪水も取り上げられた。

「現在、ネーデルラントでは老朽化した堤防や排水施設を中心に『第二次デルタ計画』が進み、未来に向けた新しい国づくりが始まっています。いつの日か、この堤防も再建され、美しい干拓地が蘇るでしょう。ゼーラント州の紋章に刻まれた『Luctor et Emergo(私は闘い、水の中から姿を現す)』のモットーのように。『水を治め、大地を現す』ということは、自らの手で『La vie(life=人生・生活・生命)』を勝ち取ることなのです」

大学の講演会がきっかけで故郷と向き合う勇気をもったヴァルターは、幼なじみのヤン・スナイデルが学生中心の復興ボランティア・グループ『デ・フローネン』を立ち上げ、瓦礫の撤去や土壌改良、植樹などに取り組んでいる事実を知る。

六年ぶりに帰郷すると、以前からは想像もつかないほど荒れ果てた風景が広がっていた。

ヤンの話では、総面積一二〇平方キロメートルのうち九〇パーセント以上が冠水し、特に盛り土堤防が崩壊した北西沿岸部から西の湖畔にかけては、ほぼ全域が水中に完全に没したという。
 水が引き、車両の乗り入れが可能になっても、大半の田畑や牧草地は大量の土砂(ヘドロ)と瓦礫に覆われ、まったく使い物にならない。かろうじて瓦礫の流入は避けられた箇所も、深刻な塩害によって農地としての再生は非常に難しく、ほとんど壊滅状態だ。
 町中も大半の家屋が一メートル以上の床上浸水により甚大な被害を受け、特に北西部沿岸から西の湖畔にかけては全壊・半壊した家屋は三〇〇棟を超えるという。
 かろうじて残った建物も損壊が激しく、電気やガスなどインフラ復旧のメドもつかない為、多くの世帯が帰郷を断念し、七千人の人口のうち、戻ってきたのは十パーセントにも満たない。
「もう町としては完全に終わったよ」
 ヤンは苦渋の表情を浮かべた。
「これから再建するにしても、いったい、何をどう再建するのか、あれほど豊かだった牧草地も大半が土砂で埋まって今では荒れ地のようだし、農地にも草一本生えてない。かろうじて建物は無事だった内陸部の住宅地も大半が浸水して、とても生活できる状態じゃないよ。住人が戻ってくるなら復旧工事のしようもあるが、誰も戻ってこないから、そのまま放置されて、ゴーストタウンのようになっている。それに時が経てば経つほど、避難先での新たな生活が『第二の人生』になるからな。今更、廃墟と化した町に戻ろうなどと誰も思わない」

「悔しい気持ちはオレも同じだ。だが、大地は残った。オレ達にはまだ出来ることがある。一緒に来い。お前に見せたいものがある」

そんな苦難の中でも、調査や実験を兼ねて、懸命に土壌改良や植樹に取り組むヤンとボランティア仲間。

「それは分かるけど、なぜデンボンメルの森なんだ? 他にもっと植樹しやすい場所があるだろう?」
「それはな、六年経った今も大部分の土地は再利用のメドが立ってないからだよ。エイセルスタインさんの農場みたいに速やかに法的処理がなされて、自治体が買い上げたり、他者に譲渡された所は手入れできるけど、多くの土地や家屋は、いまだに所有者と連絡が取れなかったり、所有者が分かっても売却に同意しなかったりで手付かずのままだ。瓦礫を撤去しようにも法的にタッチできないのさ。全壊しても他人の持ち家であることに変わりないからな。その点、デンボンメルの森はもともと自治体の土地だから、駐車場にしようが、更地にしようが、自治体の自由だ。だからオレたちも植樹や瓦礫撤去のボランティアができるんだよ。いろんな調査や実験を兼ねてね」
「元住民の大半が生き残っているのに、いっこうに復興が進まないのは何故だ?」
「お金の問題もあるし、社会的合意が得られない部分もある。意見が真っ二つに割れてるんだ。昔のままの干拓地を再建したい声と、水没した一帯を埋め立てて新しい臨海都市を築く案と」
「埋め立て?」
「そうだ。この辺りは塩害がひどくて、昔のような豊かな農地を再現するには何十年とかかる。以前は夏のシーズンになると、国内外から何十万という観光客が訪れて、海水浴やクルージングを楽しんでいたけど、フェールダムの宿泊施設や飲食店は壊滅して再開の目処もつかないし、湖畔のマリーナやショップも観光客が減少して、どこも悲鳴を上げている。だから、何十年もかけて農地を再生するような、まどろっこしい方法ではなく、一気に町を作り替えて、モダンな臨海リゾートを作るのが地元経済界の希望なんだよ。そうすれば観光客も呼び戻せるし、自治体の財政も立て直せる」
「馬鹿馬鹿しい。治水に失敗した地区にモダンなビルを建て直して、いったい何の得になるんだ。再び水害で往生するのが目に見えてるじゃないか」
「だから元住民や地元民は強硬に反対してるよ。フェールダムに必要なのは、より強固な堤防と護岸対策であってレジャー施設じゃない。あれは数百年後に一度の災害だからといって、次の大洪水も数百年後とは限らないんだからな。かといって、自治体に十分な復興予算はないし、今さら壊滅した故郷に戻ってくる人もない。それで、いつも話が二転、三転して、いっこうに前に進まないんだよ。正直、フェールダムは見捨てられたようなものだ。農地跡ぐらいにしか思われてない。どうせ住民の数より牛の数の方が多かったけど」

彼もまた必死で瓦礫を片付け、土を耕し、苗木を植えるうち、胸の痛みも和らいだ。

「創造的であることが、あらゆる苦悩から我々を救ってくれる」という髭の教授の言葉を深く噛みしめ、暗く沈んだ水の底にやっと光が差したような気持ちになる。

PDFで読む

「フルスクリーン」をクリックすると、ブラウザの全画面にPDFが表示されます。
レスポンシブル・デザインなので、スマホやタブレットでも手軽に閲覧できます。(ズームイン、ズームアウトなど)
Google Drive で公開しているPDF一覧はコチラです。

フルスクリーンで見る


Product Notes

写真はあくまでイメージです。

復興ボランティア
Photo : http://goo.gl/hR4EcI

洪水 復興ボランティア
Photo : https://georgiaabout.com/2015/06/18/about-tbilisi-tbilisis-deadly-flood/

You're here


Navigation