オランダ人船長

3-4 ドラッグの誘惑 帰る家もなく

2016年9月5日
オランダ人船長

ある日、ヴァルターは学校の空き地で上級生のマルコに声をかけられる。
他の同級生とは異なる庶民的な雰囲気と親しみやすさからヴァルターも気を許し、勧められるがままにハーブシガレットを口にする。

 そんなある日。マルコは制服のポケットからシガレットケースを取り出し、「よかったら、君も一本どうだ?」と勧めた。彼はすぐさま首を振ったが、
「害毒を心配してるんだね。でも、これは大丈夫。ニコチンフリーのハーブシガレットだ。ほら、外箱の成分表にも明記されているだろう。原材料はワイルドレタス、パッションフラワー、ミント、シナモン、etc。『神経を鎮め、口臭予防や消化促進に効き目があります』って。ここでふかしている連中も、口にしているのはハーブシガレットだ。それも普通のタバコの何倍も値の張る高級シガーさ。まあ十代には早すぎるけど、月に一、二本、気分転換に吸うぐらい、どうってことないだろ」
 マルコは肩をすぼめて笑い、彼も(そうだったのか)と少し納得した。
「君も試しに吸ってみろよ。全然怖くないよ」
 それでも彼は首を振ったが、
「いいじゃないか、一口ぐらい。気分がすっとするよ」

彼は疑念を感じながらも、好奇心と自棄の気持ちからハーブシガレットを口にし、抵抗もなくなってしまう。
その後、マルコは『清涼剤』を持ち出し、「ハーブシガレットをより楽しむ為の香辛料」と説明する。
それは「清涼剤」とは思えぬほど爽やかで、夜もぐっすり眠れる、魔法の粉薬だった。

そんな中、ヴァルターは母と継父の夫婦関係を知り、ひどくショックを受ける。

 日も暮れて、マルセイユの波止場に足を運ぶと、きらびやかなフェリーが外洋に向かって出航するのが見える。
 俺も遠くに行きたい。
 奴隷の母子みたいに金持ちに囲われて卑屈な思いをするのではなく、自分の力で生きて行きたい。
 ふと水面を見ると、背も高くなり、顔つきもいっそう男らしくなった自身の姿が映っている。 一時期、ジーンズがずり下がるほど痩せて、トレーニングで鍛えた足も山羊のように細くなったが、ラクロワ邸に暮らし、お腹いっぱい食べるようになってから肉付きもよくなり、背もいっそう高くなった。それについては感謝もするし、母が社会的な保護を得て、衣食住にも困らず暮らせるなら、それが一番と思う。
 だが、それ以外には何もない。
 優しい抱擁も、笑いも、心に染みる教えも。
 本当の家に帰りたい。
 でも、どこに帰ればいいのか。

母親を口汚く罵ったことで、彼もまた継父から詰られ、ある晩、「清涼剤」を大量に口にする。

病室で、ぼろぼろに傷ついた息子の姿を見ながら、
「どうしてもここで暮らすのが嫌なら、一緒にフェールダムに帰っていいのよ。お母さんが間違ってた。あなたの望み通りにすべきだった」
と母は言うが、彼は背を向けるだけだ。

「どうしてもここで暮らすのが嫌なら、一緒にフェールダムに帰っていいのよ。――お母さんが間違ってた。あなたの望み通りにすべきだった」
 だが彼は背を向けたまま、
「今更、何所に帰るというんだ。家もない、町もない、思い出の品も、みな流された。何も無いのに、どうやって帰るんだ」
「ヴァルター……」
「どうせ何所に行っても、同じ事の繰り返しだ。俺には自活する力もないし、俺を養うとなれば母さんだって苦労する。それなら母さんだけでも、ここに居ればいい」

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