21-6 示談の解消と悪魔の囁き

結婚指輪を手にしながら思い惑うヴァルターに、ロイヤルボーデン社から示談の解消が持ちかけられる。
不審に感じながら、ヤンに故郷の現状を尋ねると、緑の堤防や36年前の締切り堤防の補強案に関する地元住民の不満が高まっているらしい。

「緑化堤防や人工地盤の造成が進むにつれ、人々が『緑の堤防』を思い出しつつある。あれはお前のアイデアなのに、なぜロイヤルボーデン社がそっくり同じものを作るのかという疑念だ。だが、再建コンペのウェブサイトを見ても、いまだに『緑の堤防』はロイヤルボーデン社の意匠を盗用して入賞を取り消されたという文言が残っている。そのくせ、ロイヤルボーデン社が再現しようとしているのは、まさに『緑の堤防』だ。どっちが盗用か、怪訝に感じない方がどうかしている。オレも人に聞かれる度に、例の『Zivilisation』の宣伝用パースと『緑の堤防』を並べて見せて、これのどこが盗用だと主張してきた。先月は、土木専門家の会合で両者のパースをを比較し、大勢の意見を問うたけど、みな感じることは同じだったよ。これを盗用といわれたら、世界中のデザイナーはみな食い上げだって。ジャーナリストのリロイ・ファン・デル・サールも、自身のウェブログで取り上げ、何の予備知識もない人間を突然本社の一室に呼び出して、その日のうちに示談書にサインさせるなど悪質だと告発してくれた。それで、ますます異議を唱える人が増加し、ロイヤルボーデン社も看過できなくなったんだろう。先月末には、オレとクリスティアンとイグナスが再建コンペの関係者を交えて話し合いを持った。どうやら、示談の件はウデル・ローゼンブルフが一人で勝手に仕掛けて、周りはそんな企てがあったなど気付きもしなかったらしいよ。もっとも、彼らの言い分がどこまで本当か、怪しいものだが。ちなみにローゼンブルフは、あの後、東南アジアに栄転し、今は関連会社の社長に収まっているらしい。ロイヤルボーデン社が問い合わせても沈黙を決め込み、あの場に同席した法務担当のティム・ヨンク弁護士も、この年明けに退職している。そういう理由もあって、余計な火の手が上がる前に、示談の解消に応じることにしたんだろう。どのみち、再建工事は続行されるし、誰も責任なんか取らない。ロイヤルボーデン社にしてみたら、示談の解消で火の粉が防げるなら安いものだろう」

いろんな疑念を感じながら、ロイヤルボーデン社のフェルトマン副社長と個人的に面談する。

「しかし、どういう経緯で示談の解消という流れになったんです?」
「君は、リロイ・ファン・デル・サールというジャーナリストを知ってるかい?」
「ええ。直接話したことはありませんが、洪水やフェールダムの復興に関する記事をいくつか読んだことがあります」
「実際、彼の記事はよく読まれている。フェールダムの再建工事が急ピッチで進み、再び内外の注目が集まっているからね。自治体や企業としては宣伝にもなるから、必ずしも損とは言えないのだが、リロイの記事には往々にして曲解というか、我見というか、読む人に誤解を与えるような扇情的な表現が数多く見受けられる。それを真に受けた読者からおかしなクレームが届くようになって、我々も困惑しているんだよ」
「具体的にどういう事ですか」
「クレームの内容は大きく二つ。一つは『ロイヤルボーデン社こそ緑の堤防を盗用した』という言い掛かり。もう一つは『堤防決壊は人為的事故』という誤解だ」
「つまり、当時、治水研究会が堤防補強を建言していたにもかかわらず、自治体や企業関係者がそれを無視して、予算を川向こうの可動式大堤防に回した、という疑義ですね」
「そうだ。治水研究会の提案はもっともかもしれないが、可動式大堤防が優先されたのは、決して陰謀や私欲の類いではない。国際自転車競技を控え、可動式大堤防の方が緊急性が高かったからフェールダムは後回しにされたまでだ」
「でも、あなたも当時の様子を直にご存じではないですね。年齢からして、当時、あなたは二十代後半だ。既にロイヤルボーデン社に入社していたとしても、自治体の水管理の上層部で何が話し合われていたか知る術もない」
「それはまあ、そうだが」
「では、なぜそのように言い切れるんです? たとえ、あなたはご存じなくても、当時のことを鮮明に記憶している関係者は少なからず存在します。リロイ・ファン・デル・サールは、そうした生き残りを訪ね歩いて、証言を集めていると聞きました。ロイヤルボーデン社や自治体の関係者から伝え聞いたあなたとは訳が違います」
「今度はわたしに喧嘩を売るのかね?」
「洪水の時、あなたが何所におられたかは知りませんが、あの災害で家や家族を失ったものの無念は計り知れません。リロイ・ファン・デル・サールの記事が被災者を中心に支持されるのも、事実に基づくからでしょう。人気取りの為にセンセーショナルに書かれた記事なら、むしろ被災者の感情を害し、批判の対象になるはずですよ」
「ともあれ、君に悪意がないのは確かだし、当社の広告用パースに強い影響を受けたにしても、画像をそっくりトレースしたり、スキャンした訳ではないのも明白だ。まあ、当社としても、これ以上の面倒は避けたいし、ロイヤルボーデン社こそ『緑の堤防』を盗用したと誹謗され、おおいに迷惑している。君と和解することで双方の嫌疑が晴れ、故郷は地元住民の願い通りに再建、当社は無事に工程を終えることで良しとしたいのだが、君の考えはどうかね?」
 つまり、それは裏のからくりを調査することもなければ、彼に多大な精神的被害を与えたことを償うわけでもない、「盗用の件は不問にするから、永久に口を閉じよ」という、したたかな駆け引きでもある。

社のやり口に違和感は拭えないが、これ以上、争っても、双方に何の益もないと判断し、示談の解消に応じることにする。

だが、それには「帰郷」が前提だった。

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Product Notes

私の中で、オランダは世界で一番素敵な所です。(きれいな国ではなく)

料理はあまり美味しくなかったけど、運河とか、堤防とか、なんでこんな場所に住むかなー、みたいな低地に家屋が密集していたりして、そうまでこの地にしがみつく(?)人の気持ちが不思議に感じたほど。

普通、何度も水害に遭ったら、移住しそうなものだけどね。

それならそうで、よし、堤防強化! 運河拡張! 何が何でも、その地に住み続ける(水をコントロールしてでも)精神が興味深い。

MINI KTE Holland 2012

でも、海はきれいですよー。海岸線が平らで、見渡す限りの海! という感じ。

Holland

そんでもって干拓地(農地)には、いっぱい牛がいて、運河沿いの細長い舗道を自転車に乗った人がビュンビュン走っていくイメージ。
すごいなーと思いながら、ぼんやり眺めていると、いきなり向こうから身長2メートル以上の大男(冗談ぬきで)がやって来て、「げっ」と驚く。

IMG_6052 Holland

チューリップもそんなに綺麗なのかなー、と半信半疑だったけども、春のシーズンの「一面リューリップづくし」は本当に圧巻です。
見渡す限り花の絨毯、よくこれだけ国土という国土にチューリップを植えまくったもんだと感心せずにいないほど。
写真では「きれいだなー」ぐらいにしか感じないけど、実物は息を呑むスケールですよ。

Tulip field - Holland

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