公聴会

21-5 結婚指輪とこの地で生きていく覚悟

2017年1月5日
公聴会

公聴会の後、海洋情報ネットワークをめぐる様々な動きがあり、トリヴィア政府も興味を示して乗り出してくるが、既に中核メンバーから外れたヴァルターには何のチャンスもない。
産業省の上級役員と話もするが、「ご苦労だったね」の一言で終わってしまう。

「でも、あまり期待はしないで」とメイファン女史は言う。「産業省は情報政策の一環として新たに構想を練り直したいそうよ。『海洋観測およびオープンデータ・システム推進委員会』が手がける案をベースにシステムを構築するのか、それとも、まったく新しい形でゼロから始めるのかは分からないけれど」
「つまり、トリヴィア政府直轄の情報共有サービスになる――という事ですか」
「そう。最初にあなたが提案した通りよ。皮肉なものね。こんな形で実現するなんて」
「……」
「もし、あなたが発案者としての権利を手放さなければ、チームに参画するなり、ロイヤリティを得るなり出来たでしょうに。私もその事をもっと強く言うべきだった。でも、あなたはここに残る心づもりもなければ、最後まで責任を全うする気もないのかと思って、なんだか言いそびれて……」

一方、ゾーイは、「水と光のレーザーショー」の構築に加わるために、一足先にローランド島に発つ。
これまでの顛末を知るゾーイは、「あなた、本当に一人で大丈夫なの?」と彼の先行きを案じる。

「君まで俺の身上を心配か? ずいぶん情けない人間に成り下がったものだ」
「だって、本当の事じゃない。これから昇り竜みたいに出世するのかと思えば、突然腰砕けみたいになって、仕事もなく、ポジションもなく、どうやって生きていくつもりなの」
「そういう約束で契約したんだ。何とかするさ」
「でも、ひどいわ。人を雇っておいて、『仕事は自分で考えろ』なんて、労働法違反も甚だしいわ。私なら犬みたいに噛み付いてやるのに」
「いいんだよ、ゾーイ。傍目には理不尽に見えるかもしれないが、何の責務もしがらみもないという事は、何でも出来るチャンスでもある。俺は良い方に捉えたい」
「純粋ね。だからこそ心配するの。いいように利用されないか、って」
「あなたの彼女はどうしたの? 黙って見てるだけ?」
「それとこれとは別だよ。彼女の立場を利用して、実入りのいい仕事に有り付こうなどと思わない」
「夕べもTVに出てたわ。有名な議員や経営者を交えて座談会ですって。まるで女王様ね」
「彼女だって好きでやってるわけじゃない」
「そうかしら。私には十分好きでやってるように見えるけど。あなた、本当に平気なの? 彼女と結婚したら、一生、彼女の太鼓持ちよ」
「それも分かって自分が決めたことだ。太鼓持ちで終わるかどうかは俺次第だろう」
「そんな単純に割り切れるものかしら。芸能人でもいるじゃない。売れないお笑い芸人が人気女優と結婚したけど、やっぱり釣り合いがとれなくて離婚したなんて話。実際に一緒に生活したら、彼女とは合わないような気がするわ」

完全に行き詰まったヴァルターはセスに呼び出され、改めてローランド島行きと、ペネロペ湾のアイデアコンペへの参加を打診される。
この状況に耐えられなくなった彼はセスに「仕事が欲しい」と申し出るが、セスの意見は否定的だ。

「つまり『仕事が欲しい』と。エンタープライズ社の職員みたいに、あれして、これして、ポジションはここ、というのが欲しいわけだね」
「そういう事だ。数ヶ月でいい。安定した仕事が欲しい。今のままだと、まるで腰掛けだ。どうせローランド島に行くなら、具体的な任務が欲しい。港湾の荷役でも、倉庫番でも、やれと言われたら何でもやる。だから、そのように理事長に取りなしてもらえないか」
「それは止めた方がいい」
「どうして」
「早い話、時間稼ぎだろう。あれもしながら、これもしながら、三つも四つも股をかけたところで、ものになるとは思えない。取っ掛かりは大変でも、どっしり腰を据えて、一つの事に傾注した方がいい」
「……」
「将来に備えて、もっと稼ぎたい気持ちは分かる。でも、目先の小銭にとらわれて、本来の目的から逸脱するのは賢明じゃない。何にせよ、契約が切れるまで、あと一年二ヶ月じゃないか。その間、もうちょっと踏ん張って、本当にやるべき事を考えたらどうだ」
「あんた、一体、どっちの味方?」
「僕は誰の味方でもないよ。第三者の立場で率直な意見を口にしているだけだ。もし、僕が君の立場なら、ぎりぎりの手取りでもラッキーと受け止めて、次にやるべき事をじっくり考える。本当に最悪というのは、ここも解雇されて、住まいも収入も失うことだ。でも、今の君には月々の基本給も支払われるし、安価な宿舎もある。本物の失業者が聞いたら歯ぎしりするよ」

そんな中、オーダーしていた結婚指輪が届くが、とても彼女に差し出せる心境ではない。

アステリアの未来を思うと暗澹たる気持ちがするが、それ以外に選択肢はなく、これでいいんだと自分に言い聞かせる。

 彼は軽く溜め息をつくと、ここでの未来を思った。
 ここに住むなら、自分の子供も、その子供も、この地に生きていくのだろう。
 ただでさえ用地不足や乱投機、社会の分断など、多くの問題が山積しているのに、本当にこんな小さな島で伸び代のある平和な社会が維持できるのだろうか。その上、パラディオンが実作されれば、権力と財力をもった富裕層が一気に流れ込み、社会の様相はまったく違ったものになる。いずれロバート・ファーラーやフランシス・メイヤーのような人間が幅を利かすようになり、なまじ品や良識のある人間は社会の隅っこに追いやられていくのだ。
 彼の眼前にフェールダムの風景が浮かび、今さらのように望郷の念が突き上げた。
 鳥は謳い、魚は泳ぎ、果てしない緑の大地を伸び伸び駆け回る。
 そこでは何ものにもなれなくても、どれほど心安らかな暮らしがあるかしれない。

PDFで読む

「フルスクリーン」をクリックすると、ブラウザの全画面にPDFが表示されます。
レスポンシブル・デザインなので、スマホやタブレットでも手軽に閲覧できます。(ズームイン、ズームアウトなど)
Google Drive で公開しているPDF一覧はコチラです。

公聴会   フルスクリーンで見る


Product Notes

エンゲージリング、マリッジリング、共に、オーダーメイドが人気ですね。

オーダー形式にも、フルオーダーとセミオーダーの二種類あって、自分でデザインを思い付かない方はセミオーダーがリーズナブルかもしれません。

カタログを見るだけでも楽しい。

こちらは一世紀にわたるエンゲージリングの変遷を描いた動画。
だんだん小さく、スタイリッシュなデザインに好みが変わってきているのが分かります。

一方、「給料三ヶ月分」のダイヤに秘められた悲惨な現実を描いた作品もあります。
映画『ブラッドダイヤモンド』はレオナルド・ディカプリオが、偶然、大粒のピンクダイヤを見つけたアフリカ人のソロモンと、熱血ジャーナリスト、マディと共に、生き地獄からの脱出を図る傭兵を熱演していました。
この作品でも、マディが「結婚指輪の真実」を語っています。

こちらは本物のドキュメンタリー。「それでもまだ、あなたは結婚指輪が欲しいですか」がキャッチコピーです。

重厚な社会問題をテーマにしながら、銃撃戦のアクションもたっぷり見せる良質な作品です。
下手にマディとの絡みを入れなかった点で好感度大。

You're here


Navigation

You Might Also Like