21-4 社会の破滅と悪魔の思惑

公聴会の答弁が原因で、ウェストフィリア開発公社の探査が国際宇宙開発機構の監視下に置かれると、ファーラーはヴァルターへの憎悪をつのらせる。
だが、レイモンはどこ吹く風、第二、第三の手を画策する。

 レイモン・マクダエルは足を組み替えると、ファーラーのグラスに赤ワインを注ぎ足した。
「ウェストフィリア探鉱の完全停止を命じられたわけではない、当面、宇宙開発機構の監視が付くだけの話ではありませんか」
 確かにその通りだ。
 ウェストフィリア開発公社は、他に先駆けて、宇宙開発機構の調査委員会から回答書を受け取った。だが、内容は予想していたほど厳格ではない。今後一年、今後一年、宇宙開発機構から派遣された専門家が開発事業に立ち会い、データの一部は内外の研究機関やオンブズマンと共有される。併せてローランド島に宇宙開発機構の支局を開設し、トリヴィア政府を介さず、直接、監察や指導を行うとのことだ。それだけならば、事業に直接支障をきたすことはなく、上手く取り込めば、多少の不都合にも目をつぶらせることができる。
 問題は、組織や経営体制はもちろん、事業計画、財務、資材の調達から末端の労働環境まで、逐一、監査の対象となることだ。その規定の細かさは「植民が始まった未開地の管理レベル」に匹敵する。既に経済自治区として政治も福祉も十分に機能し、観光客も呼べるほどになっているアステリアで、これほどの規定を求められることは、事実上「監視」に他ならない。見ようによっては、「信用ならぬ」とリマークされたも同然で、名だたる大企業が合同する公社にしては、非常に恥ずかしい処遇とも言えた。

レイモンはアルに最も近い親族でありながら、悪魔のように冷徹で、金の力で人間と社会を翻弄する。

 年齢は五十五歳、アル・マクダエルより五歳年下だが、目の覚めるような金髪碧眼で、祖父ノア・マクダエルの端厳とした面影をそっくり受け継いでいる。
 だが、その目に人間らしい輝きはなく、まるで壁に空いた二つの孔のように無機質で、奥から得体の知れない何かが覗き見ているような不気味さであった。
 レイモンが有する情報は、MIGやマクダエル家の内情にとどまらず、一流企業や大物政治家、ガードが堅いことで有名な投資会社や金融機関の津々浦々に及び、一体どこで知り得たのかと背筋の寒くなるような要人のスキャンダルまで把握している。
 レイモンは、いわゆる個人投資家で、ローガン・マクダエルの遺産を元手に、株取引や不動産投資、短期トレードなどで着実に資産を増やし、玄人筋では知らない者がないほどの成功を収めた。ノア・マクダエルの直系の孫で、マクダエル姉弟に最も近い血縁でありながら、表舞台には一切顔を出さず、地下の金脈で暗躍している。従兄のアル・マクダエルが賢哲の人と称えられるのとは対照的に、非常に狡猾で、義理も情けも通用しない『マンモン』と揶揄する者もいる。

ヴァルターを「口の立つ忠犬」と揶揄し、「負け犬には餌をやろう」と、マクダエル一家の信頼関係を壊すことを画策する。

一方、アルは病に伏せり、リズは父の病状を案じる。

これまでの功績や年齢を思い、一日も早く後進に任せて、のんびり余生を過ごして欲しいと願うが、病床のアルはなおアステリアの未来を憂う。

「今、こうしている間にも、第二、第三の勢力が虎視眈々と既存社会の瓦解を狙っている。ペネロペ湾の南側で進んでいたサンシャイン・タウン計画を覚えているか。湾の南側に開けた約十五万平方メートルの裸地を庶民向けの住宅地に当てようと、区の土地開発部で準備を進めていた。順調に運べば、再来年の春には造成工事に着手できる見通しだった。だが、最近になって、このエリアの臨海側までモノレールを延長する計画が浮上した。まったく必要性のない新駅の計画だ。それを見込んで周辺の土地を買い占め、意図的に土地価を吊り上げた者がいる。その結果、区の財力では到底工事できぬほどの高値になり、裸地は五つのエリアに分割され、複数の業者に転売された。転売が完了した途端、新駅の計画は白紙撤回され、もはや一つに統合することはない。五つのエリアは、コンドミニアム、高級分譲住宅地、オフィスや商業施設に利用されるそうだ」
「そんな……」
「まるでハゲタカだ。トリヴィアの属領で、区政に強い権限や財力が無いのをいいことに、巧みに土地を買収、転売し、巨額の利益を得ている。条件のいい場所は庶民の手の届かぬ高値にし、トリヴィアやネンブロットの富裕層を呼び込むためだ。アステリアには経済特区ゆえに様々な優遇制度がある。新規事業者には心強い反面、蛇には抜け道だらけだ。ペネロペ湾を中心に蛇の巣ができれば、次に何が起こるか容易に想像がつくだろう。トリヴィアと同じだ。一部の特権階級と富裕層が全てを牛耳り、政治、経済、文化、科学、あらゆるものを支配するようになる。後から力の弱いものがいくら叫んでも、ひとたび固定された社会構造は簡単には変わらない。アステリアのように小規模な社会ではひとたまりもないよ。こんなことなら、ローランド島の開発を急ぐのではなかった。あと十年、着手が遅かったら、その間に区政の基礎固めをし、自治権を強めて、監視の目も行き届いたかもしれない。これではまるでトリヴィアやネンブロットの二の舞だ。若芽は潰され、科学も捩じ曲げられ、連中の食い物にされる」

リズは、こんな時こそ彼を信頼し、意志を託すよう促すが、アルは「誰かの為では駄目なのだ」と、あくまで彼自身で選び取ることを期待する。

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Product Notes

古今東西の神話や宗教に登場する『悪魔』。

その種類も凶悪・残忍なのから、イタズラ・レベルの地下の精霊まで、実に様々。

昔の人はそれだけ想像豊かであり、「悪」を通して、「善」を為そうと強く意識していたのかもしれません。

西洋美術を愉しむなら、キリスト教の理解は必須。

あのエピソードや小道具にはこんな意味があったのだと分かると、絵の印象もいっそう深まります。

これも一見、マンガ本みたいですが、美術書の専門が編纂しているだけあって、中身は手堅く、キリスト教をはじめとする、様々な宗教知識が織り込まれています。(私ももってる)

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