21-3 科学と事業と自然への敬意 

ヴァルターが潜水艇の実況パイロットとして公聴会の演壇に立つ。
メテオラ海丘の麓で土着生物が見つかった為に、ウェストフィリアは特別保護区に制定され、国際宇宙開発機構の監視下に置かれるかもしれなかった。
開発公社からはドミニク・ファーラーの懐刀と呼ばれたクレイブが代表に立ち、鋭く反論する。

 女性委員長が、開発公社の設立までの経緯、探鉱の目的、事業計画などについて質問すると、クレイブ氏もウェストフィリア開発が幾多の企業の融資によって支えられた国家戦略的な事業であり、一般的な資源エネルギー会社とは格が違うことを力説した。
 だが、「生物」に話が及ぶと途端に口調が険しくなり、
「あんな虫の為にウェストフィリア全体の企業活動を制限するなど横暴もいいところだ。そもそも、発見されたのは水深三〇〇〇メートルの海底じゃないか。そんな深みに棲息する、たった数センチの生き物の為に国際宇宙開発機構の監視下に置くと? だったら、ティターン海台の採鉱プラットフォームは何だ? 海台クラストの採鉱はOKで、ウェストフィリアは不可とする根拠は何なのか、誰もが納得できる理由を提示して頂きたい」
「ですから、今、その是非を審議しているのです、クレイブさん」
 女性委員長は気圧されながらも冷静に答えた。
「国際宇宙開発機構は、アステリア生物圏の調査を第一に考えています。わけても、ウェストフィリア島にも土着生物が生息する可能性が極めて高いことはイーサン・リースのレポートからも明らかであり、実態が把握できるまでは厳重な保護下に置かれるのは当然の措置です。もちろん、ローレンシア海域やティターン海台も例外ではありません」
「もし、他の土着生物が見つかったらどうするのです。アステリアでの産業活動を全て停止するおつもりか」
「それは、その時々の状況によります」
「調べようと、調べまいと、国際宇宙開発機構にそこまでの強制力はないはずだ。アステリア開発にどれほどの資本が投入されていると思うんだ。開発公社だけではない、海運、造船、道路、通信、化学工業、様々な企業が社運をかけて進出している。一日操業が止まっただけでも大きな損害を被る会社も少なくない。生物の保護というが、企業活動の保護も同じぐらい重要なはずだ。もし、これで企業活動が制限され、会社が倒産し、従業員が路頭に迷うような事になれば、どう始末をつけてくれるんだ。そもそも国際宇宙開発機構など名ばかり、問題が生じた時だけしゃしゃり出て立派な理屈を並べるが、生物をどうするか、産業活動をどうするかは実際に現場で活動している者が決めることだ。もし、どうしてもウェストフィリアを特別保護区に制定し、企業活動を厳しく制限するというなら、それなりの保障もして頂きたい。人命に関わる災害が起きたならともかく、まだ何の影響も生じてないではないか」
 傍聴席の半分以上で同意の拍手と歓声が沸き起こり、場内は騒然となった。

一方、ヴァルターは、女性委員長から「調査場所を南のマウンド群に変更したのは何故か」と聞かれ、「科学的好奇心」と答える。

「なにが科学的好奇心だ、最初から開発公社を攪乱するのが目的じゃないか」
 再びクレイブ氏が口を挟むと、女性委員長も厳しく窘めたが、クレイブ氏は反発するように立ち上がった。
「この際、はっきり言わせてもらおう。深海調査への口出しはもちろん、頼まれもしないのに、ウェストフィリアの広報や海洋情報ネットワークを手がけているのは、MIGとティターン海台の採鉱事業を優位に導く為だろう。君がアル・マクダエル社長の飼い犬みたいに物事の深部に首を突っ込み、あちこちの企業や行政機関に働きかけているのは知っている。『公のため』などと、おためごかしを口にするのは止めてもらいたい」
 だが、彼は飄々とした表情で、
「クレイブさんは『誰もが私利私欲のために働く』と本気で思っておられるのですか? それとも開発公社やファルコン・マイニング社には、そういう人材しか集まらないのでしょうか」
と答酬し、一部から笑いがもれた。
 クレイブ氏の顔が明らかに侮辱に歪んだが、彼は再び女性委員長に向き直ると、
「本当にMIGの採鉱事業に肩入れしたければ、情報開示に努めたりしません。企業の扉を固く閉ざし、何でも隠密に進めるでしょう。現にそうやってニムロデ鉱山もウェストフィリアも、科学的発見が長年封印されてきました。その結果、企業も社会も幸福になりましたか? 技術の新芽を摘むところに真の豊穣はありません。人々の無知と無関心もまた技術の進歩を阻み、社会の不正に対する問題意識を鈍らせます。それを痛感すればこそ、海洋情報ネットワークの構築を働きかけ、深海調査の実況を試みました。今も『オーシャン・ポータル』を通じて、海の基礎知識やアステリアの海洋開発史、現在、ローレンシア海域で繰り広げられている海洋産業などについて紹介しています。それで大利を得るなら、世界中の企業が同じ事をやるでしょう。しかし、現時点で、こういう取り組みをしているのは俺だけです。それをどうしてMIGの利益誘導と決め付け、むきになって非難するのか、俺にはさっぱり理由が分かりません。それとも、マイニング社や開発公社の広報力は一個人の声にも劣るのですか?」

ついで、土着生物とウェストフィリアの保護についてどう思うかと聞かれ、ヴァルターは「少なくとも基礎的な事が明らかになるまでは、ウェストフィリア一帯──特にメテオラ海丘とマグナマテル火山は厳重な保護下に置くべき」と発言する。

クレイブ氏は強く異議を唱える。

「マグナマテル火山は探鉱の要だぞ」
 クレイブ氏が声を荒げた。
「硫化ニムロディウムをはじめ、金、ニッケル、コバルト、チタン、バナジウム、豊富な有価金属の鉱床が期待されている。一刻も早く調査を進め、鉱業評価を行うことが地元経済界の希望だ。知的な高等生物でも棲んでいるならともかく、ミミズに手足が生えたような生き物の為に、莫大な投資や収益をふいにしろと言うのかね」
「ウェストフィリアは、元来、土着生物の世界です。人間は後から割り込んだインベーダーに過ぎません。人間が介在しなければ何億年とかけて独自の進化を遂げ、それこそ、あなたが言うような、真に保護すべき高等生物に成長するはずです。その進化を妨げてもいい理由は、俺にもあなたにもありません」
「屁理屈を言うな。そんなことは事業と何の関係もない」
「屁理屈ではありません。科学的事実です。体長数センチにも満たない生物でも、この惑星のメカニズムの一端を担う存在です。人間にはそれと分からぬだけで、これらの土着生物が織りなす化学変化や食物連鎖のサイクルが酸素、二酸化炭素、水、ナトリウム、マグネシウムなど、アステリアの海や大地に様々な物質を供給し、居住可能な惑星にたらしめているのです。あなた方が欲している鉱物資源やガスや石油も同様です。その仕組みを理解もせず、万一、主要な生物種を絶滅させるような事があれば、それは回り回って自然の均衡を破壊し、我々、人類にとっても致命的な影響を及ぼすでしょう。地上からミツバチが消滅すれば、花が実を付けず、農業に壊滅的な打撃を与え、世界的飢餓の原因になるのと同じです。事業の発展と自然のバランスを保つことは、まったく別次元の問題です。そして、俺が重要視しているのは、自然のバランスを保つ方です」

話の流れでクレイブ氏に『緑の堤防』の盗作のことを揶揄されるが、彼はきっぱり否定する。
そして、会場の全員に向けて、力強く発言する。

「俺の盗用問題は横に置いて、今一度、アステリアの海について真剣に考えて下さい。それぞれに立場と役割があり、大きな収益を得ることは誰しもの願いでしょうが、一方で、人間社会のスケールでは計り知れない宇宙の恵みもあります。とりわけメテオラ海丘のマウンド群で見つかった生物は、宇宙開発史はじまって以来の『海の土着生物』です。ステラマリスの生命が海から誕生した経緯を裏付ける大きな証拠にもなるでしょう。それらが解明されたところで、港湾会社にもIT企業にも一銭の得にもならないかもしれない。でも、生命がどこから来たか、この海に何があるのか、事実を知ることは人間の意識を少なからず変えます。人間の意識が変われば、社会もまたその様相を変える。即効性はなくとも、十年、二十年とかけて、科学や産業の礎となるでしょう。その為の海洋情報ネットワークであり、全海洋観測システムです。一部企業の損得の為に創設するサービスではありません。One Heart, One Ocean――国境のない海で、共に栄え、共に生きて行くことが、俺の一番の願いです」

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生命の起源にもいろんな説があります。

隕石、噴火、熱水噴出孔、等々。

こちらも地球の成り立ちから生命誕生を描いたドキュメンタリー。
数十億年の時の積み重ねが感じられます。

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