フォルトゥナ号

1-3 Lactor et Emergo わたしは闘い、水の底から姿を現す

2016年9月1日
フォルトゥナ号

再建コンペのプレゼンテーションに現れたヴァルター・フォーゲルは、海洋技術センターのしけたプロフィール写真とは全く異なる、雄々しい若者だった。

「大地こそ永続する社会の礎」
「緑なくして未来なし」
「くに作りは百年の計」
「大地は何度でも水の底から姿を現し、生きる力を与える」

壇上のヴァルターは、『Lactor et Emergo (わたしは闘い、水の底から姿を現す)』ゼーラント州のモットーになぞらえ、洪水で壊滅した故郷の再建を力強く訴える。

アルはメールの返信から居場所を突き止め、採鉱システムに関する仕事をオファーするが、ヴァルターの返事は素っ気ない。
持ち金も底をつき、不法滞在で逮捕されるのも時間の問題という中、身の上を案じたアルは、調査員に命じて、彼のPCと『水を治める技術のアーカイブ』を監視させる。

その過程で知り得た『リング』と呼ばれる海洋都市のデザインこそ、アステリアの社会を根本から変えるビジョンだった。

この男と『リング』が未来の曙光となるか、アルはフォルトゥナ号で一路、彼の元に向かう――。

『リング』は二重の円環ダムに仕切られた海底の干拓都市*1だ。
 鳥瞰図に添えられた解説によると、外周ダムの直径は十五キロメートル。幅一〇〇メートルの鋼製ケーソンを連結して構築し、海水の浸入を防ぐ。その内側にもう一つ、重力式コンクリートダムを建造して内部の海水をドライアップし、現出した海底面に都市を築くアイデアだ。
 内周ダムの法面には緑化を施し、心理的な威圧を緩和すると共に、花壇や菜園として活用し、雨水の吸収や空気の浄化に役立てる。
 一方、都市部には運河と排水設備を張り巡らせ、土壌改良を施して、ネーデルラントの干拓地のような町並みを作り出す。そこにはオフィス、工場、集合住宅、サッカースタジアム、様々な建築物が可能だ。
 外周ダムに浮体式の海上構造物を連結すれば、船舶の係留や物資の保存、エネルギープラントなど、様々な機能を付加することができる。また、鋼製ケーソンの内部を水力タービンやパイプライン、産業廃棄物の処理に利用することも可能で、その拡張性は計り知れない。
 そして、一つ成功すれば、二つ、三つと、リングを増設することも可能であり、惑星表面積の九十七パーセントを海洋で覆われたアステリアにも「百万人が暮らす自治市(シティ)」を構築することができる。
 夕陽はほとんど地平線の彼方に沈み、いつもの夜が訪れようとしている。
 地上では無数の家に明かりが灯り、その一つ一つに家族の円居がある。
 学ぶ者、働く者、惑う者、悩める者、それぞれに人生があり、存在する理由がある。
 こうして空の上から平たく見れば、誰の人生も貴いものだ。
 一人一人に魂があり、幸福を掴む権利がある。
 だが、その中から一人を選ぶとすれば、心の強い者がいい。
 朴訥でも、一事を成し遂げるだけの粘りと情熱の持ち主――。
 アルはヴァルター・フォーゲルの身上調査書にもう一度目を通すと、窓の方を向いた。
「本当に使えるのでしょうか」
 セスが心許なそうに訊ねると、アルは窓の外に目を留めたまま、「会ってから決める」と答えた。
 宇宙に幾多の星が瞬くように、海の底にも数え切れないほどの光の萌芽が眠っている。
『いまだ光を放たざる、いとあまたの曙光あり*2』
 インドの古典『リグ・ヴェーダ』の一節を胸に浮かべながら、アルはシートに深く身を沈め、未だ見ぬ光の萌芽を思った。
 陽は落ちても、また立ち上り、永遠に海を廻る。
 アルが本当に掘り出したいのは海底に眠る鉱物資源ではなく、未だ浮かび上がる術を持たない、あまたの光の萌芽かもしれない。
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Product Notes

海面より低い位置にあるネーデルラント(特に南の沿岸、ゼーラント州など)は、古来より幾度となく大水害に見舞われ、その度に、堤防を築き、排水設備を強化し、田畑を耕して、国土の再建を図ってきました。
コンピュータも重機も無い時代、あの手この手で治水に努めてきたのです。
日本の土木技術も、オランダに多くを学んだそうです。

私も一度、旅行したことがありますが、ホントに水ばっかり。
運河の下のトンネルに車道が走っていたり(通常、車道の橋は川の上を走るもの)、バスより運河を航行するボートの方が位置が高かったり(町中の道路より運河の水面の方が高い)、びっくりすることだらけでした。
それだけに土木技術もすごいです。憧れますよね(*^^*)

ゼーラント州の州章。『Luctor et Emergo』は私の大好きなモットーです。
干拓地の歴史と地元民のスピリットをよく表現しています。
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