Notes of Life

「ネカマ裁判」とネットの居場所

2015年11月4日

ネカマ裁判

「ネカマ裁判」って知ってます?

読んで字のごとく、ネカマ(女を装った男性ネットユーザー)が出会い系で男のターゲットを釣り上げ(多くはエッチ目的)、メールやチャットのやりとりをウェブサイトで晒すという、90年代末のネット黎明期にかなり流行ったブラック芸です。

中でも『ネカマ裁判』はトップクラスの笑いと品質を誇ったアングラサイトの雄で、「ネカ裁のゆん様」といえば、知らない人はなかったんじゃないですかね。(皆が目標にしていた)

これも閉鎖されて、二度と閲覧できないと思っていたら、なんとキャッシュを取って保存している人がいるらしい。

サンプルを紹介します。内容はエロ満載なので、ブラック芸を解さない方、お上品な方、18歳未満はアクセスしないでください。(私、かなり強固にセキュリティかけてますけど、今のところ、不審なウイルスなどは出てません)閲覧する場合はURLをコピペしてください。

被告人・古代文明男(ファラオを名乗る調教希望メール)
http://web.archive.org/web/20040606004933/http://www.nekasai.com/sanae10.htm

被告人・盲腸男(頭カラッポ大学生)
http://web.archive.org/web/20040606005539/http://www.nekasai.com/ryouho05.htm

Googleはネットに何をしたか

2000年半ばのブログブーム(WEB2.0で盛り上がってた頃)や、スマホ+SNSをきっかけにネットに足を踏み入れた方には、これの何が面白いのか、さっぱり理解できないだろうと思います。(そうでなくても、ブラック芸に嫌悪感持ってる人にははなはだ不愉快なコンテンツでしかない)

今時の立派な人に言わせたら、人権侵害も甚だしいかもしれません。

でも、当時は、一つの芸として確立していたわけです。

大きな理由は二つあります。

一つは、Google以前(機械的な検索エンジン)、こうしたサイトは決して人目に触れず、口コミでじわじわ広まっていたこと。わかりやすく言えば、本当にブラック芸に興味のある人しか見なかったし、存在すら知りようがなかったんですね。

二つ目は、当時のネット民にしか分らない暗黙の了解があったこと。他人の領域を侵さず、いやなものはスルーで終わる、それが徹底していたということです。今みたいに「通報しました」「全体に晒して、コイツを潰そう」という動きはなくて、いやなら見ないし、勝手にやってれば、という所で落ち着いていたわけです。

もし、ネットの歴史書を作って、そこに大きな大転換期をマーキングするとすれば、私は迷わず『Googleの登場』にピンを立てます。

Googleはネット世界に何をしたか?

一見、茫漠としたネットの平原を巨大ブルドーザーで掘り返し、ネコの死骸とか、ゾンビの足とか、見たくないものまで地中から引っ張り出し、白日の下に晒した事です。

それまでウェブサイトの存在は人の手を介して知れ渡るものでした。

当時、ホームページ管理人にとって最高峰の栄誉といえば「Yahooディレクトリに登録されること」。

「目利きのYahooサーファーがおすすめする、厳選されたホームページ」のリンク集です。

これに登録されるのは至難の業でした。よほど特異なコンテンツでもない限り、申し込んでも落とされるのが当たり前。専門性の高いHP(ホームページ)はともかく、個人の日記とかフォトアルバムなんて超絶・狭き門。何万分の1の競争率だったように思います。

それゆえ、自サイトがYahooディレクトリに登録されたら、その事実をトップページに高らかと掲げ、管理人はみな鼻高々でしたよ。なんかもう、市井のおじさんが紫綬褒章でも受章したようなはしゃぎよう。

そこまでいかないにせよ、誰かのリンク集で紹介してもらえるのは有り難かった。

こちらは「ネカマ裁判」で検索してた時、見つけたのだけど、昔ながらのリンク集です。

こんな風に自分の好きなサイトを熱く紹介して、それを辿って、ユーザーも他のホームページの存在を知ったわけ。

「耳かきさん」?
http://homepage1.nifty.com/mimi_kaki/link/omosiro.html

ネカマ裁判


ハト係長さんの「グリーンガイド・ハトの穴」
http://www001.upp.so-net.ne.jp/hato3/michelin.htm

ネカマ裁判

ここで紹介されている「侍魂」も超有名ですよね。特に「先行者」。今もホームページが残っていますので、興味のある方はどうぞ。こちらはエロでもネカマでもなく、大爆笑のコンテンツです。

http://www6.plala.or.jp/private-hp/samuraidamasii/tamasiitop/robotyuugoku/robotyuugoku.htm

そんでもって、ネット黎明期、個人の日記やエッセーを主体とした「読ませるHP」は「テキストサイト」と呼ばれていたんですよ。

そして、「侍魂」の頃に確立したのが「ウェブ文体」です。

「紙の文体」(新聞、論文、雑誌など)とは異なり、「ウェブで読ませること」を前提とした独特の言い回し、センテンスの切り方、見せ方(太字、カラーフォントなど)が、テキストサイト興隆の中で磨かれていったわけです。

それまで「紙の文体」しか触れたことのなかったネット民にとって、このウェブ文体は素晴らしく新鮮でした。

生まれた頃からネットがあって、もしかしたら紙の文体よりウェブ上の文章を読む機会が多い世代には、その違いが分りにくいかもしれませんが、紙の文体とウェブ文体って、言葉のリズムからして違うんですよ。今はその垣根も曖昧になってますけど。

そして、これが一番肝心なのだけど、人的なリンク集って、基本的に自分の好きなHPしか紹介しないのね。
また、見る人も似たような趣味の持ち主しか見ない。ポエム系HPは、同じようにスウィートなHPしか取り上げないし(ましてネカ裁など・・)、見る人も同じようにポエムな世界が好きで、同好の士でがっちり固まってたわけです。
ゆえに、ポエムとネカ裁がネット上でバッティングするなど有り得ない。
うっかりリンクを踏んでも、イヤと思えば基本は素通りで、それ以上関わることは無かったわけです。

ところが、Googleは、見たくもないネコの死骸やゾンビの足まで地下から掘り出して、白日の下に晒すから、否応でも目に入るし、際限というものがありません。

それ以前は、茫漠たるネットの平原をのんびり一人歩きし、「こんな所に金貨が。あそこにはキノコが」と、自分の見たいものだけを拾い歩きできたのに、今は地下から掘り起こされたものがネットの平原を埋め尽くし、選別の機会すらない。(変なシェア記事が回ってきて負担に感じてる人も多いでしょう)

それまで路地の隅っこでひっそり花開いていたものまで「ここにポエム脳がいるぞ」と誘導するので、非同好者でも野次馬で覗きに来ます。

今はそれに「いいね」や「ツイート」が加わるので、伝わるスピードも爆速です。

こうなると個人の趣味も心の世界も暇つぶしのネタか晒し者でしかない。

そんな中で、自己開示など無理ですよね。

常に目に見えないマスを意識して、晒し者にされないよう表現も抑えなければならない。

その結果、当たり障りのないことしか書けなくなって、だんだん画一化された、お上品で、無難な世界になっていく。
読む方も書く方も退屈して、ますます「ネタ探し」にヒートすることになる。
今、その飽和点に来ているのではないかと思います。

ネカマ裁判みたいなブラック芸が地下のじめじめした裏小路で発酵し、同好の士を呼んでさらに異様な世界に変容し、そこからまた独特のウェブ文体や表現手法が誕生するような土壌は、もう二度と戻って来ないでしょう。(検索エンジンを完全にブロックした、100パーセントクローズドなアングラ世界では続いているのかもしれませんが)

「立派なこと」や「正しいこと」は発展しても。

自己開示と自己PR

Google以前──人が見たいものだけを見ていた頃は──誰もが安心して自己開示できました。

自己開示は、自己PRとは違います。

セルフブランディングではなく、ありのままの自分を、素直な言葉で表現することです。

そして、多くの人は「ホームページで稼ごう」とか「功名を立てよう」とか全く考えなくて、ただただ自分のことを書くのが楽しかった。(そもそもウェブコンテンツで収益という発想がなかったからね。一銭にもならないの事をせっせと続けている物好きの集まりでしかなかった)。

仕事の愚痴。

恋の悩み。

生きる目的。

ボクの存在意義。

今まで誰にも打ち明けられなかったこと、誰かに言いたくてウズウズしていることを、みな身構えることなく、もっと気楽に書き綴ってた。

そこに『匿名』という黄金の楯があり、書き手はみな守られていたのです。

たとえば、タクシーの運転手さんが「今夜のお客様」との会話を紹介し、「は~、どこの会社も大変ですね。こういう話を聞くと、切なくなりますね(´д`)」と、今まで決して誰にも語れなかったことを綴って、自分の知らない社会の様相を教えてくれたり。

コンビニでアルバイトしているお姉さんが、「なんで最近の客はこんなに行儀が悪いんだ! 手に取った商品はちゃんと元の場所に戻しとけよ!」と愚痴れば、「そうそう、オレも青い看板の店だから分ります。なんか、学生バイトというだけで舐められません?」みたいに共感を得たり。

女子高生が教師への疑問や学業の悩みを切々と綴って、同じ年代で励まし合うメルマガもあれば、同業者にしか通じない特異なジョークで盛り上がる○○業界の暴露話もありました。

それまで既存の新聞や雑誌では知り得なかった「市井の声」が一気に表に飛び出して、とても新鮮であると同時に、であると同時に、有名作家のナニナニさんは絶対に書かないような、もっと身近で、等身大の話題が満載だったんですね。

ネット民が夢中になったのは、手軽で、無料だからじゃない。

そこに虚栄も、誇張もなく、自分に正直な世界が広がっていたからです。

ネットなら、素直に弱音も吐けるし、愚痴だって言える。

人によっては、自己開示できる唯一の場所だったのです。

ところがさ。

今は自己PRが主流になってるでしょう。

いかに自分がすごいか、他と違っているか、どれくらい成功しているか、それを強く印象づけるためにプロフィールを盛り、ええ格好を言い、お上品に繕い、常に「ネットの皆からどう思われるか」を意識して振る舞ってる。

一見、斜に構えたようでも、必ずそこには計算があって、常に「見られる自分」を意識しているんですね。

それはもはや「個人」ではなく「芸人」です。

タクシーの運転手さんやや女子高生が切々と綴っていた、生身の声ではない。

もちろん、それはそれで良いんですよ。

それで仕事が順調に回り、月収も増え、人間関係も広がって、現実生活が充実するなら、それも一つの手段です。

が、一方で、「正しいこと」と「立派なこと」だけが世間から受け入れられ、そうでないものが晒され、無視され、馬鹿にされ、皆が皆、取り繕った事ばかり言うようになれば、それはもはや表現の世界じゃない。単なる自己PRです。

それをいち早く感じ取ったのが、ネットを自己開示の場として親しんできた名も無きユーザーではないでしょうか。

「書くこと」

本来、「書くこと」は、自身を解放し、頭に散らばった思考を一つの形に織り上げ、形而上的なものを可視化する、素晴らしい行為です。

それが愚痴であれ、弱音であれ、文章化し、自身でも客観視することで気持ちも整理され、浄化されてゆくものです。

ところが、それに嘘、ええ格好、他人の目(とりわけ攻撃)を意識した作為が加われば、本来の素直さや生き生きした躍動感は失われ、どこかで見たような画一化されたものになっていきます。

また、取り繕ってる自分自身にも嫌気が差すでしょう。

常にギャラリーを意識して、いい風に取り繕うのは職人や芸人の領域であって、自己開示としての書く行為はまた異なるし、皆が皆、職人や芸人になってしまえば、チャンコ鍋の楽しさも失われるでしょう。

恐らく、今、SNSでも、メールでも、一日一行も「テキストを書かない人」というのはかなり少数で、みな、何かしらメッセージを書き、コメントを書き、朝から晩まで文字を綴っているのではありません?

でも、それは本当に自分の本音ですか?

自分の気持ちや考え方を正直に表していますか?

あなた自身を解放し、楽にしていますか?

書いても書いても満たされないとしたら、それは本来の目的から外れているのかもしれません。

最近は、ネットにさえ居場所がない。

その気持ちも分ります。

自慢できる経歴もなければ、堂々と晒せるプロフィール写真もない。

趣味の世界で天下一というわけでもなければ、仕事がノリノリなわけでもない。

ほんと、この社会においてはペンペン草の一本で、特技といえば、大半のHTML構文をリファレンスなしで書き綴れるぐらい。target_”blank” 。

ホームページ素材の世界では結構有名です!

そして世間では何食わぬ顔でクリニックの受付とかやってます♪

プロフィール写真? 何の罰ゲームよ。

でも、そんな人でも輝ける世界がネット、だったはずなんですね。

正しいとか、立派とか、関係ない。

愚痴や弱音や不満を等身大の言葉で正直に書いて、それを理解してくれる人だけが集まって、ワイワイやれる、ほっこり温泉のような雰囲気です。

それすらも通りがかりのユーザーに罵られ、晒され、意味不明に攻撃されたら、普通の人では続かないですよ。

私みたいに、一日アクセス数「20」しかないホームページを17年間も黙々と続けられるメンタリティがありませんと。

そうしてネットからも駆逐され、撤退してしまう人を、決して弱虫とは思わないし、むしろ、こういう人たちから居場所を奪ってどうするんだ、結局、ネットの平原を「立派なこと」や「正しいこと」で埋め尽くして、どこか息苦しい、気疲れする場所にしてるのは、こっち側の人たちではないかと思ったりもします。

ノスタルジーも多分にあるにせよ、個人の日記らしい日記とか、また読みたいなぁ、と思います。

(管理人のつぶやき)「私なんか、居ても居なくても同じなんだろな・・」

人間、そういう時もあるよ(._.)

通りがかりに、そっと肩を抱きしめたくなるような。。。

そんでもって、安心して自己開示できる場所を無くし、不満や怒りばかりが募れば、人はどうしたって攻撃的になるのです。

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