ワル・不良・ヤンキーVS泣き虫先生 ~「人を育てる」ということ

その昔、「伏見工業高校」と言えば、このビデオにあるように「手の付けられへんワル」が集まる学校で、中学の受験生の間では「公立に行けへん子がとりあえず行く学校」と認識していたし、親は恥ずかしくて子供の通っている高校の名前が言えないこともありました。

そのくらい「あかん学校」やったのが、突然、「ラグビー部全国優勝」を達成した時は地元の者でもビックリしたし、生徒の指導に当たった山口先生のことがTVで報じられたり、書籍になったりすると、子供の素行に頭を痛めている親は吸い寄せられるように彼の言葉に耳を傾けたものです。

それぐらい当時の「非行」は深刻だったし、一方で、「働きかければ応える」だけのエネルギーもありました。

いわば、心と行動が噛み合わず、燃えるようなエネルギーを持て余しながら、善と悪が背中合わせで呼吸しているような若者が「ヤンキー」もしくは「不良」と呼ばれる生徒たちだったのです。

校内での喫煙やアンパン(シンナー)遊びはもちろん、授業のボイコット、制服の改造(女子はくるぶしまで隠れるロングスカート、男子はボンタン(私の中学ではそう呼んでいた)と呼ばれる3プリーツのダボダボズボン)、髪の毛の脱色、靴の踵を踏みつけるようにして履いて(時に自分の足より短いミュール)、ペタンコに押し潰した革のカバンには教科書も入れず、蛍光マーカーで「仏恥義理(ぶっちぎり)」とか「トシ命」とか書き込んで、集団でぞろぞろと繁華街を徘徊するので有名でした。

それでも、「ワル」を自称する子たちは、外見からして堅気の世界と区別していたし、こっちからちょっかいを出さない限りは堅気の子には手を出さないという自尊心もあり、そういう意味では分かりやすく、秩序のあるワルだったのです。

少なくとも、「誰でもいいから殺してみたかった」というような、何を考えているか分からない、内にこもるような心の歪みはありませんでした。

それだけに、そういうワルの吹きだまりだった伏工が全国で優勝するような快挙を成し遂げた時は、「不良」と呼ばれる子達に対する世間の見方も変わったし、何より、「不良」を持つ親も希望を見出すことができました。

「うちの子も良くなるかもしれない」

それは、我が子がどんどんワルになると分かっていながら、手も出せず、助けもなく、舐められるようにして過ごしてきた親にとって、一条の光明だったのです。

今の「キレる子」と違い、昔の「ワル」には、れっきとした理由があり(親が離婚して心が傷ついているとか、勉強についてゆけなくてどんどん自暴自棄になったとか)、助ける側にも「とりつく島」がありました。

彼らは腫れ物みたいに難しい存在ではあったけれど、一度取っ掛かりを見つければ、そこから徐々に打ち解け、こっち側の堅気の世界に連れ戻すことができたのです。

そして、伏工の快挙というのは、その一つの道筋を証した出来事でもありました。

これは単なるガンバリズムではなく、親子、そして学校に対する可能性の物語なのです。

人を育てるにあたって一番大切なのは、いい子に育てるためのノウハウではなく、その関係にどこまで希望が持てるか、そしてお互いに信じ合えるか、この一言に尽きるのではないでしょうか。

エピソードの前半、生徒達に練習試合をボイコットされ、相手チームの監督に誘われて居酒屋で飲んでいると、山口先生は言われます。

子供達を教えることは簡単じゃない。辛抱しろ

ちょっと手当てしたぐらいでコロコロ変わるほど人間は単純ではないし、誰が相手であっても「人を育てる」ということは機械をいじくるように理屈通りにはいかないものです。

一年でも二年でも腹を据え、結果を急がず、子供のことをとことん信じて向かい合う覚悟があってはじめて、子供も心を動かされ、大人の方に振り向いてくれるのかもしれません。

「京都一のワル」と言われた男子生徒が立派に成長し、今では教師として子供達の指導に当たっている姿を見た山口先生の気持ちはまさに親そのものですね。

本当に、おめでとう。みんなに、おめでとう。

そんな言葉が自然に湧いてくる感動の物語です。

※動画なし


ところで、この伏工に自ら選んで進学した知り合いがいます。

近所に住む三兄弟の長男で、学年きっての秀才だった姉の同級生です。

彼はまた比類なきアニメおたくで、松本零士の世界に心酔し、ヤマトと999について語らせたら右に出る者はいないほどでした。

そんな彼の夢は、松本零士の世界を実現すること。

私たちが中学生の頃は、コンピューターもスペースシャトルも携帯電話さえも「SF小説の産物」で、「そんなものあり得ない」というのが一般的な感覚でした。

しかし、彼は、SFさながらの世界に突き進むことを志し、どんな有名私立も狙えるほどの秀才でありながら、自ら選んで伏工に進学したのです。なぜなら、当時、高校で情報工学を教えていたのは、京都市では伏工だけだったからです。

周囲は唖然とし、「考え直したら」という人も多かったようですが、彼は「専門的に学ぶなら一日でも早い方がいい」と意志を変えませんでしたし、お母さんも「本人が勉強したいんだから間違いない」と大らかに構え、バイクが走り回るような学校に息子を送り出しました。

結果、専門的な指導の元に彼はますます才能を伸ばし、高校を卒業する頃には情報工学の分野で名を馳せるほどの力量を身に付け、ヘッドハンティングされてその分野では一流と呼ばれる企業に就職しました。(パソコンやインターネットが家庭に普及する何年も前の話です)

今では、「20年後に発売予定」の新機種の開発に取り組む、トップエンジニアとして活躍しています。

よく「いい大学に行かないと伸びない」:と言いますけど、本当の天才はバイクが走り回るような環境でも黙々と勉強して頭角を現すものだと思います。

言い換えれば、天才と呼ばれるものには二種類あって、その多くは「他人に天才にしてもらう」ケースが大半ではないでしょうか。

子供に確固たる意志と情熱があれば、不利な条件であっても、必ず道を切り開いていくものだと思います。

子供のアニメ熱にぶつぶつ文句を言いながらも、それを信じたお母さんはホントにすごいと尊敬しています。
(どこにでもいる、フツーのおばちゃんなんですけどね)

*

それにしても、かつてサングラスにリーゼントでつっぱらかしていた高校生が、今では堅気な社会人になっているというのもいいですよね。
興奮すると、ついつい昔の口調が飛び出すのが笑えますが。

私の同級生にもボンタン履いて、タバコやシンナーを吸い、授業をエスケープするようなワルがいましたが、その子も美容師として仕事を始めた途端、めきめきと頭角を現し、30代前半には美容室チェーンの支店を任されるような大物になりましたね。

あの頃の「ワル」って、裏を返せば、ものすごいパワーの持ち主だったりするんです。

たまたま回路の繋がりが間違って悪さとかしますけど、回路がきちんと繋がれば、並の人間より力量があったりするんですよね。

「京都一のワル」って、今時、そんなパワーもってる子供も稀でしょう。

悪さするにも小粒で、誰かに見つからないか、非難されないかとビクビクしながらやっているような感じで、それがイジメの陰湿さにつながってるんじゃないでしょうか。

一口に「悪い」と言っても、「本物の悪」と「ワルぶりっこ」と二種類ありますしね。

その子の中に信じられるものがあるうちは、「悪い、悪い」と頭ごなしに否定せず、辛抱強く可能性の花が開くのを待つべきなのかもしれません。

§ 関連する本

もっと愛をこめて夢を語りつづけよう!
子どもたちがもっとドキドキし、もっとカッコよく、もっと自分らしく生きるために、親や教師はいま何をすべきか?
子どもに迎合せず、必要ならば手をあげることもいとわない――泣き虫先生と教え子の「汗と涙の熱き思い」

ラグビーが培った教育論・子育てに喝!
●見逃してしまいがちな小さな成功を、子どもと一緒に感動しながら喜ぶ
●期待に応えようとしない人間が、いちばんアカンのや
●子どもに迎合するな。が、熱い気持ちをこめて接しろ
●子どもの体温を感じとることが、いちばん大事なこと
●やるべきことをやって初めてまかせることができるのだ
●夢を語りつづけることが子どものやる気を引き出す
●自分が強くなければ、ほかの人にやさしくできない
●自分を大事にしろ。自分を信じられるような生き方をしろ

山口先生の最近の著書。
上記の中で一番好きなのは、「やるべきことをやって初めてまかせることができる」ですね。

「スクールウォーズ」の原作となった著書。
改訂前は『俺がやらねば誰がやる』というタイトルで出版されていた。
なぜか我が家にもあった本。
山口先生の一所懸命が心に響きます。

Site Footer