書籍と絵画

にほん昔話と日本人の懲罰好き

2017年2月16日

外国の絵本を眺めていて、つくづく思うことがあります。

日本昔話は、やたら懲罰的なストーリーが多いということ。

『かちかち山』『おむすびころりん』『さるかに合戦』『はなさかじじい』『舌切り雀』……etc。

いずれも「良いおじいさん(おばあさん)」と「悪いおじいさん(おばあさん)」が登場して、最後は必ず悪い人が懲らしめられます。

私も日本に居た頃は、こうした物語を当たり前のように受け止め、「子供の道徳教育にいいかも」とか思ってましたけど、最近、すっかり現地の社会環境に馴染んでしまったせいか、にほん昔話の懲罰性に疑問を感じるようになってきたんですね。

「現地の社会環境」というのは、数百メートルおきにカトリック教会があり、日曜日は礼拝者が沿道を埋め尽くし、町中にはパチンコ、カラオケ、風俗、24時間コンビニ、タバコやドリンクの自動販売機、売春系の張り紙など、青少年を堕落させるものはほとんど目に入らず、TVで放映されるCMや番組は非常にエイジング・コントロールが厳しくて、日本では割と普通に流される「芸人の頭をしばいて、笑い物にする」「デブやブサイクを嘲弄する」「男性が女性を馬鹿にする」「未成年アイドルがミニスカートで踊る(成人女性のセクシーダンスは有り)」「子供向けの漫画やアニメで性行為や殺人が描かれる(目安は15歳以上)」「被害者や加害者のプライバシーが大々的に報道される」といったことがタブーにされている環境です。

私も子供の頃は『ゴレンジャー』とか『キューティーハニー』とか『北斗の拳』とか『宇宙戦艦ヤマト』とか、当たり前に受け止めてきて、面白いと感じてきたけども、そういうエロ&戦闘がほとんど目に入らない社会に馴染んでしまうと、「日本のエンターテイメントって、エロと暴力が過ぎないか」と思うようになってきたんですね。

似たような意見をメディアで目にして、「外国の文化と日本の文化を一緒にするな、キーッツ」と感じた人も多いのではないでしょうか。クールジャパンで押して、海外にも熱心なヲタ・ファンがたくさんいるのは本当だけども、反面、日本は暴力とエロの垂れ流しと感じる人が多いのも本当。それを無視して、「日本のアニメは格好いいから、ぜひゴールデンタイムで流して下さい」と売り込んでも、難色を示すところが多いだろうし、絵やストーリーの修正を求められるんじゃないかと思います。(個人的にコミックやDVDを観る人はあるけども、国民的なキー局で流すことはない)

その続きで、ふと思ったのが、にほん昔話の懲罰の多さ。

『かちかち山』にしても『花咲かじじい』にしても、やたら「懲らしめる」という設定が多いでしょう。

それも子供向けの絵本に、そういう場面が堂々と描いてある。

初めてうちの娘にこれを見せた時、「悪いキツネやな」と言ってね。

「なんで?」と聞いたら、「タヌキをいじめてる」。

「でも、タヌキはおばあさんを殺したんだから、仕返しされるのは仕方ないんじゃないの」と説明したけども、娘の目から見れば、「やり過ぎ」って。

ちなみに「アリとキリギリス」も、「悪いアリやな」と言ってましたわ。キリギリスが助けてと言ってるのに、追い返すアリは無情だと。(最近の絵本では、仲よく食事を分け合うハッピーエンド・バージョンがあるそうです)

そもそも、子供向けの絵本に、なんでこんな残酷な描写があるかな、と。

そう考えたら、

こっちの絵本はこういうのが大半。

アヒルや猫、農家のおかみさん、妖精、王さまと王女さま、ほのぼのした話。

もちろん、イソップ物語のように懲罰的なストーリーもあるけど、どちらかといえば「善人 VS 悪人」より「賢者 VS 愚者」のニュアンスが強いですよね。小賢しいだけの愚か者が一攫千金を狙うけど、真に賢い者の知恵に破れて、カスを掴む話です。

「悪人」と「愚者」は似て非なるもので、にほん昔話は「道徳的な悪」にフォーカスし、こっちの物語は、英知に相対する罪悪として、愚者の無知や大欲を描いている。

「魔法使い」や「意地悪な継母」にしても、道徳的に間違いというよりは、「邪悪な知恵や欲望に取り憑かれた、反キリスト者」みたいなキャラクターです。

キリスト的な考えというのは、「人間はみな無知で罪深い。過ちを犯すのはアダムとイブの時代から同じこと。それを許し合って、みなで天国に行きましょう。罪人も悔い改めれば救われます。改悛しない人は最後の審判で地獄に落ちます」。

だから、殺人犯といえど、こちらは犯人の顔写真が新聞に載ることはありません。顏や手錠にはモザイクが入ってます。

いつか改悛した時、更生の助けになるようにとの配慮です。(アメリカなどは大々的に報じられますけどね)

日常的な面倒にしても(レストランで子供がジュースをこぼす、店員がオーダーを取り違う、事務員の手が遅くて窓口で待たされる、等々)「人間が過つのは当たり前。オレも誤るし、あんたも誤る。だからお互い、許し合おうや」みたいな価値観があるから、ベビーカー云々で炎上することなど、まあない。

隣人の悪口も言わないし(腹の中でムカっと感じても、人間なんて、そんなものという開き直りがある)、細かい事でイライラすることもない。

対して、日本社会は「悪い事をしたら、それ相応の懲罰を受けるべき」という考えが強いように感じます。

かちかち山のタヌキや、舌切り雀の悪いおばあさんみたいに、たっぷり懲らしめて、相手が泣いて謝るまで許さないという、因果応報の物語ですね。

私もそれが当たり前と受け止めてきたけど、最近、時々、思うんですよ。

やり過ぎじゃないか、と。

先日も、動画サービスで、子供アニメのにほん昔話を見たのですが、これでもか、これでもか、というほど相手を痛めつけ、相手がボロボロになって反省したら「めでたし、めでたし」みたいなストーリーが本当に多いな、と。

確かに、子供に道徳を教えるのは大切だけど、「勧善懲悪」というのは果たして絶対正義なのか、相手を懲らしめて、めでたし、めでたしで本当にいいのか、最近、ちょっと感じ方が違ってたりします。

日本でいうところの『道徳』と、キリスト教的な『善悪』の概念はまた別で、それは突き詰めれば、「仏教」と「キリスト教」の価値観の違いなのでしょう。

なんにせよ、日本社会の規範を維持するにあたって『懲罰(勧善懲悪)』が非常に重要な指針となっているのは疑いなく、幼少時から「かちかち山」や「舌切り雀」を見て、「悪い奴は、同じくらい、あるいはそれ以上、懲らしめて構わない」という価値観が刷り込まれると、大人になった時、釣り勘定を間違えたコンビニ店員に土下座させたり、担任教諭が引責辞任するまで非難したり、芸能人が記者会見で泣いて詫びるまで炎上したり、、、というのが『当然』という感覚になってしまうのかもしれません。

*

ちなみに、うちの子たちは『ごんぎつね』に物凄いショックを受けてました。

旦那も「これ、本当に子供向けの絵本なのか。動物を鉄砲で撃ち殺す物語が児童文学なのか」と絶句してましたわ^^;

いや、それが日本的美学なんだよ、と説明しても、何がどう美しいのか、さっぱり分からないらしい。

まあ、ホント、文化の違い、価値観の違いって、理屈で乗り越えられるものじゃないですよ。

ウォールの写真はこちら。国語の教科書にも載っている名作なんだけどなー(;´Д`)

文中の絵本はこちら。

この絵本を選んだ理由は、手描き、パペット、切り絵、アニメ、など、いろんなタッチの絵が描かれているから。
一貫して手描き風より、いろんな絵があった方が退屈しないからね。

私が一番好きなのがコレ。

きつねのお母さんに感動しますよ。

文章も柔らかくて、絵も『雪の平原』の描写がとても綺麗です。きつねの毛並みのふわふわ感も。

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