私が体験した最も低い気温は、マイナス24度である。
高緯度のポーランドでも、そうそうある事ではなく、その年は非常に強い寒気団が北極からおりてきて、シベリアから東欧にかけてすっぽり覆い尽くしたため、暖冬傾向のポーランドでも、マイナス20度近い厳寒になったのだ。
マイナス24度にもなると、寒いというより、「痛い」。
息を吸い込むと、喉や肺の粘膜が凍りつきそうだし、頬や鼻先など、露出している部分は細かい針で突かれたようにピリピリ痛み、次第に感覚もなくなってくる。
それでも、さほど深刻なダメージを受けなかったのは、透き通るようなアイスブルーの晴天で、風も、雪も、無かったからだ。
もしこれが吹雪だったら、息をすることもままならず、外を歩くことすら考えもしなかっただろう。
道行く人々が、どこかこの厳寒を楽しんでいるように見えたのも、風ひとつない好天だったからこそなのだ。
しかしながら、マイナス24度、いやそれ以上の厳寒の中を、不十分な装備で行軍を強いられた人々がいた。
青森第五連隊と弘前第三十一連隊の兵士たちである。
時は、明治。
ロシアとの不穏な空気を前に、軍の上層部は、来るべきシベリアでの決戦と青森湾の封鎖を想定して、青森第五連隊と弘前第三十一連隊に八甲田山での雪中行軍を提案した。
実質的に指揮を執ることになる神田大尉と徳島大尉が断れるはずもなく、二人は、「今度会う時は、八甲田のどこかで」を合い言葉に、それぞれ行軍の準備にとりかかる。
士官を主力とした少数精鋭の編隊である徳島大尉の弘前第三十一連隊とは対照的に、神田大尉の青森第五連隊は、大隊本部の随行を伴う、210名にものぼる大掛かりなものであった。
そこには、神田大尉の上官で、弘前第三十一連隊との競争を意識した山田少佐の意向が強く働いていた。
大きな不安の中、神田大尉率いる青森第五連隊は、徳島大尉の弘前第三十一連隊に遅れる形で出発するが、山田少佐が村人の案内を断ったこともあって、隊はたちまち雪の中に立ち往生してしまう。
観測史上最悪の大暴風雪が接近しつつあったのだ。
ここでも、神田大尉と山田少佐の間で指揮権をめぐる確執があり、神田大尉の申し出をまったく聞き入れない山田少佐は、兵士達が疲労と空腹で朦朧としているにもかかわらず、真夜中に雪壕を出て出発することを命じる。
そして、最初の犠牲者が出た。
一人の兵士が突然奇声を上げて衣服を脱ぎ、雪の中に倒れ込んだのだ。
汗で濡れた衣服が寒さで凍りつき、そのショックで発狂したことが原因であった。
退路を見出すこともままならず、行軍はますます深い雪の沢に迷い込み、凍傷者や死亡者が続出する。
もはや行軍は全滅にも等しかった。
そうして、ようやく八甲田入りした徳島大尉ら弘前第三十一連隊が、大荒れの雪原に見たものは、過酷な行軍を物語る累々たる屍であった……。
史上最悪の冬山遭難事故として今に語り継がれる八甲田山の事件は、現代、新田次郎氏の傑作小説『八甲田山 死の彷徨』で再び注目され、次いで、高倉健、北大路欣也、三國連太郎、加山雄三といった豪華キャストを配し、日本映画史上最も過酷なロケを敢行した映画『八甲田山』で広く世間の知るところとなった。
公開当時は、吹雪に立ち尽くす神田大尉の名台詞、『天は我々を見放した』が流行語となり、私の小学校のクラスメートでも、駆けっこに負けたり、忘れ物をして先生に叱られたりすると、「天はワレワレを見放した~」と叫んで、地面に突っ伏すワルガキが少なくなかった。
私が映画『八甲田山』を鑑賞したキッカケは父で、「映画に行こう。山の映画だ」と言うから、てっきり、キタキツネかシベリア犬でも出てくるような大自然感動物語かと思っていたら、兵士は発狂してバタバタ死んでいくし、主演格は吹雪に巻かれて身も心もボロボロになるし、小学生の身には非常に堪えた。
(父はきっと自分が観たかったんだよね^_^;)
とりわけ、凍傷にかかった兵士たちが、手に血しぶきをあげて崖を滑落してゆくシーンは、その後も何度も夢に見るぐらい、脳裏に深く突き刺さった。
そのくせ、「感動の名作」として心に残っていたのは、高倉健、北大路欣也をはじめとする主演格の演技があまりに見事で、
涙なくして観られなかったこと、脚本が非常に素晴らしく、CGや特撮に一切たよらぬ、凄まじいまでの臨場感が心を打った為である。
そして、二十数年後の今、何かの折りにモーレツに観たくなり、日本から映画DVDと新田次郎氏の原作を取り寄せ、再び八甲田山の世界に身を投じたわけだが、子供心に受けた衝撃と寸分変わらない、底冷えするような物語がそこにはあった。
「恐ろしい」──それは決してホラーの意味ではなく──本当に恐ろしい出来事だったのだ、と改めて痛感した。
無神経に観ていたら、
「神田大尉は弱すぎる。なぜ指揮官として、もっと強く進言しないのだ」
と思うだろう。
だが、一度も同じ立場に立って苦しんだことがない者に、とやかく批判できることでは絶対にない。
間違いと分かっていても、黙って従わなければならないこともある。
言いたいことがあっても、ぐっと喉の奥に呑み込まなければならないことがある。
それは『日本の組織』を経験したことのある人なら、誰でも身に覚えのることではないだろうか。
なぜ聡明にして果敢な神田大尉が、浅はかとしか言いようのない山田少佐の判断に、なぜもっと強く抵抗もできなかったのかは分からない。
だが、人は時として個人であることより組織人としての立場を優先してしまう。
個よりも全体、自身の栄達よりも隊全体の成功を思えばこそ、波風立てないことを第一に動いてしまったのかもしれない。
「何か言いたいことがあるのかね?」と山田少佐

そこまで言葉が出ながら、何も言えない神田大尉

かくして、青森第五連隊は、指揮系統を混乱させたまま、雪山のなんたるかを知らない大多数の兵士を引き連れ、雪の吹きすさぶ八甲田へ踏み込んで行く。
兵士達が提携した握り飯や餅はあまりの寒さに凍結してしまう。
竹の皮にくるんで肌身に触れるようにして持ち歩いていたものだけが、凍結を免れた。
だが、そうした工夫は、子供の頃から雪山に暮らし、経験として得ていた者だけの知恵であった。
青森五連隊では、こうした教育も何らなされていなかった。
食料の凍結により、兵士の疲労は極限となる

それでも、神田大尉は、雪中行軍を成功させるべく、持てる知識を総動員して、大隊の指揮に当たろうとする。
しかし、神田大尉の撤退要請や荷物放棄は山田少佐によってことごとく拒否され、ついには、「田代へ行く道を知っている」と言う一人の上官の当てずっぽうな意見に振り回されて、峡谷へと迷い込んでしまう。
あと2キロで宿営予定地の田代温泉──という所まで来ていたにもかかわらず、彼らはついにその道を見出すことが出来なかった。
切り立つ崖から次々に滑落する兵士たち。私のトラウマになった場面(T^T)

発狂して大笑いしながら衣類を脱ぎ捨てる兵士。多くの兵士が幻覚や幻聴の中に息絶えていった。

退路も進路も見いだせないまま、雪中行軍は地獄絵図と化してゆく。

一方、案内人を従えて、着実に行路を進んで行く徳島大尉と弘前第三十一連隊。
映画では、この女案内人(秋吉久美子)に捧げ筒して敬礼する場面があるが、新田次郎氏の原作では、小銭を渡して冷たくあしらう展開になっている。
映画の方は、やはりドラマ色の強いものになっている。
生き生きと案内をつとめる村の女

新田次郎氏の原作の興味深い点は、映画では描かれなかった、女案内人への冷遇をはじめ、決死の覚悟で八甲田を案内した村人に対する非情な仕打ち、軍や世論の反応、雪地獄を生き抜いた者たちのその後を、リアルな筆致で綴っていることだろう。
彼らの犠牲は、軍の宣伝に良いように利用され、生き残った者も結局はシベリアの戦地に駆り出され、二年後には命を落とすことになる。
原作の巻末に、
寒冷地における人間実験がこの悲惨事を生み出した最大の原因であった。
第八師団長をはじめとして、この事件の関係者は一人として責任を問われる者もなく、転任させられる者もなかった。
すべては、そのままの体制としで日露戦争へと進軍して行ったのである。
とあるように、新田氏の文章からは、戦争、そして、国民を過った方に導いた軍上層部に対する、深く静かな批判が感じられ、それは、その後の、第一次大戦、しいては第二次大戦へと連なっているように思う。
「怖い」というなら、もちろん、雪山もそうだけど、いっさいの反論を許さず、ただ上から下への命令だけで、何千、何万という国民を道連れにする政治体制ほど恐ろしいものはないだろう。
命令されたら、下の者は、ただ黙って付いて行くしかない、たとえ彼らが道を誤っていても、運命を共にして心中するしかない。
それは戦中に限らず、この現代社会においても、相通じるものがある。
中間管理職のセミナーでは、リーダーシップのなんたるかを学ぶ為に、この作品に目を通すことがすすめらているそうだが、これはリーダーシップというより、硬直した組織の恐ろしさという気がしてならない。
ここで学ぶべきことは、リーダーたるもの、強い発言力をもって、部下を率いるべし──というものではなく、一つの過った判断とそれに抗いようのない無力感が、結果として組織を滅ぼす……ということではないだろうか。
「組織の風通しを良くする」といっても、現実には良くなるものではない。
風穴を開けようとするものは、必ず他からの力によって封殺され、相変わらず同じ力が幅を利かせる。
変化を望む声ほどに、変化は望まれないものなのだ。
ともあれ、神田大尉をはじめ、道連れになった兵士たちの無念さは察するに余りあり、せめて、こうして後世に語り継ぐことで、魂の慰めにならぬものかと思う。
映画のラスト、美しい夏の八甲田から、荒れ狂う雪の八甲田に移り変わる場面で幕を閉じるが、今なお、こうして、人間の進入を許さぬ厳しい自然があることが、改めて、雪中行軍の無謀さと犠牲になった人々の悲劇を思わせずにいないのである。
涙腺が爆発する、神田大尉との別れ。

厳冬の八甲田に挑んだ空前絶後の超大作。猛烈な吹雪を観ているだけで、兵士達の苦しみが伝わってくる。
芥川也寸志の哀しみに満ちた重厚な音楽も素晴らしい。
もう二度とこんな作品は作れない、演じる役者もいないだろう。
従卒の一人に到るまで非常に丁寧に描かれ、過酷なロケに耐えた役者魂にはただただ頭が下がる。
なんといっても、暴走上官、山田少佐を演じる三國連太郎のキレっぷりがいい。
私も健さんに「貴様」と呼ばれてみたい。
映画を観てから原作を読んだので、衝撃も薄まってしまったが、映画を観ずに原作を読めば、あまりの酷さに言葉を失うと思う。
兵士達の置かれた状況が非常にリアルに描かれており、「酒も凍る寒さ」に胸を衝かれるはずだ。
また、映画では描かれなかった、事件後の軍や世論の反応、生き残った兵士達のその後、命を懸けて道案内した村人7名の境遇も細かく記述されており、犠牲となった人々の無念さがいっそう強く伝わってくる。
自然を舐めた人間への警告、「軍隊」という硬直した組織への怒りと、それに振り回された人々に対する哀れみの気持ちが深く静かに込められた名作。
企業コンサルタントによる遭難事件の分析とリーダシップ論が展開された本。
八甲田に興味があるなら、一読の価値あり。
☆その他
八甲田山から還ってきた男―雪中行軍隊長・福島大尉の生涯
11日間にわたる凄まじい雪中行軍を成功に導き、その2年後、日露戦争に散った福島大尉の伝記。
カスタマーレビューも上々なので、より理解を深めたい方におすすめ。
誰かが行かねば、道はできない -木村大作と映画の映像-
壮絶な八甲田山のロケを成功に導いた撮影監督による制作秘話。
映画『八甲田山』ファンサイト
管理人さんの濃厚な想いがガンガンに伝わってくる力作。
今なお、新鮮な関連情報をUPし続けている熱意に脱帽。読み応えあります。
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