今日も火星に一人

人のお喋りを聞くのも、自分のことを話すのも煩わしい。

どこか、人の言葉の聞こえない国に行ってしまいたい……と願っていたら「海外移住」という形で半分かなえられてしまった。

CMじゃないけど、「なに言ってんだか」。

誰かが何かで怒っていても、動物のわめき声にしか聞こえないので、時に愉快痛快だ。

たとえば、バスの後ろの席で、口の悪い女子高生が「あいつ、ムカつく~」「カワイー」みたいな、ほとんど単語の羅列みたいな会話とか、老人クラブと化した診療所での病気自慢に嫁の悪口、いっぱい手当もらってんのに「国はもっと保障すべき」みたいな文句とか、TVのお姉ちゃんのすっとんきょうな喋りとか、『聞きたくもないこと』を聞かされるのって、けっこうなストレスでしょう?

どんなに耳に栓をしていても、言葉として認識する以上、どうしても意味が分かってしまうから、どうにも逃げようがない。

その点、外国語だと、たとえ目の前で「×××」と罵られても、自分の母国語じゃないから痛くも痒くもない。

「は~、なに言ってんだか」

どんな言葉もノイズにしか聞こえないのは、ある意味、心の救いになる。

さて、1998年の話。

インターネットを使い覚えて、首までどっぷり浸かっていた頃、ほとんどひきこもりのような生活をしながら思ったものだ。

ああ、これからの時代は、ネットを繋ぐだけで、誰とも話さず、誰とも会わず、欲しいものも全部ネットショップで注文して、部屋の外から一歩も出ることなく生活することが可能になるんだな、と。

その通り、ネットを唯一の窓口に、自室に閉じこもって暮らす人が増えたし、そこまでいかなくても、「人と直接(意味のあることを)話す機会が減った」「何かとオンラインで済ますようになった」という人も多いだろう。

映画『マトリックス』みたいに、外部と遮断された繭の中から一本のケーブルで繋がって、意識だけの世界で生きて行く。

これも技術が作り出した新しいライフスタイルに違いない。

私がよく考えること。

それは火星でたった一人で生活したら、どんな気分になるかということだ。

NASAがいよいよ火星移住計画を実行するにあたり、完全閉鎖循環システムが人間の心身にどのような影響を及ぼすか調べるために実験体を募集する。

実験体には、十分な水、食糧、オーディオやビデオ、電子ブックのような娯楽が与えられ、一日中何をしても構わない。義務といえば、一日一度、自己の状態をNASAにレポ-トすること。それもQ&A方式で、メールで送信するだけだ。

そうして完全に一人だけの空間で、好きなことだけをして、何年、何十年と暮らすわけだが、それでも人は誇りや幸せを実感できるのか? ──というのが、この計画の狙いだ。

そんな生活が本当に可能なら、3年ぐらいはやってもいいかな、と思う。

煩わしいことはいっさい抜きにして、自分の好きなものだけに囲まれ、好きなことだけをして生きて行く人生。

最初の半年ぐらいはさぞかし楽しかろう。

でも、現実的な話、オンラインだけの人間関係なんていつか飽きるだろうし、誰の温もりも感じることなく何年も居ることなど不可能だと思う。

ネット繋がりの「ともだち」が1000人いても、一人の友人と一緒にお茶する一時間には、多分、かなわない。

朝からマンガ読み放題でも、ビデオ見放題でも、一方的に享受するだけの生活に誇りなんてあるのか?

どんなヒネクレ者でも、周りに認知されたい欲求はあるものだし、人間の能力は創造的なことに使われてはじめて意味を為す。

好きなものだけに囲まれ、好きなことだけして生きて行くのは楽しいが、そうとは自覚しない人にも「高潔な精神」はどこかに宿っているもので、それゆえに、こんな引きこもりの生活は、自尊心も持てず、誇りも持てず、みじめに自分を押しつぶすだけだろう。

生きることも、死ぬこともできない状態。

火星の一人暮らしは、あまり羨ましくない。

今日も火星に一人暮らしながら、私は誰? なんのために生きてるの? と考える。

大声で叫んでも、立派なことを言っても、誰にも聞こえない。

究極の一人相撲。

それでも「好きなこと」は魅力的だろうか。

「好きなこと」って、「嫌いなこと」が対極にあるから、「好き」と思えるのかも。

今日も火星に一人暮らしながら、地球の人のことを思う。

「人の間」と書いて、人間と読む。

その「間」がなかったら? 

それでも人間たる暮らしがあるのだろうか。

もし、自分以外の誰も居なかったら。

朝から晩まで「好きなこと」だけ出来るとしたら。

それでも強気を通して、幸せと言い続けることができるのだろうか。

今回はオチなし。

つらつらと書いてみました。

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