天才・竹宮恵子の『地球へ・・』の先見性 ~コンピュータの支配する社会~

少女時代に読んだマンガで、読後、陶然となって、何日も食事が喉を通らないほど感銘を受けた作品の一つに竹宮恵子の『地球へ・・』がある。

竹宮女史は、「やおい」や「ボーイズラブ」が市民権を得る20数年前から、当時のとしては非常にショッキングな少年同士の性描写で話題を呼び、今もカルトな人気を誇る『風と木の詩』をはじめ、若い読者が史実と勘違いして歴史書を求め歩くほどリアルで真に迫った『ファラオの墓 』など、「天才」としか形容しようのない独創性と物語性、何より、哲学と豊かな教養に裏打ちされた芸術的ネーム(台詞)で多くのコアなファンを惹きつけてきた。

私も竹宮作品には強い影響を受けた一人であり、上記の代表作は今でも頭から全ページが抜けないほど衝撃を受けたものだ。

そんな竹宮作品の中でも際だつ存在が『地球(テラ)へ・・』。

男性マンガ家顔負けの筆致で、少女漫画とはまったく無縁だった男性読者までも引き込み、アニメ映画化もされたSF大作である。

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時はS・D(スペリオル・ドミネーション)の時代。

地球の壊滅的な危機に瀕し、人類が選んだのは、徹底的に管理された社会の実現であった。

S・D社会においては、学業も、職業も、結婚も、生き方も、妊娠・出産までもが「マザー」と呼ばれるコンピュータ・ネットワークに管理され、それに従うことが義務づけられている。そして人間も、すべての意志決定を「マザー」に委ねることで心の平和を得、迷いのない、安全確実な人生を享受していた。

が、一方で、人工授精を管理するラボラトリーでは、かなりの高確率で「ミュウ」と呼ばれる突然変異種が誕生していた。

盲目や聴覚障害など、元々、肉体の不備をもって産まれた彼らは、15歳の時に強制的に行われる『成人検査』によって、念力や透視力、予知能力といった超人的な能力を持つようになり、いつしか「人類の敵」として人間社会から追われるようになった。

彼らの願いはただ一つ。地球(テラ)に帰還し、人類と共存することだ。

ミュウ一族を率いるソルジャー・ブルーは、最強の力を誇っていたが、迫り来る肉体の死を前に、次の長にふさわしい人物を捜し求めていた。

そんな彼の目に適ったのが、ジョミー・マーキス・シン。

普通の人間でありながら、強靭な精神力をもった彼は、ソルジャー・ブルーとの出会いにより能力を開花させ、ブルーの死後、ソルジャー・シンとしてミュウを率いることになる。

一方、人間社会においては、特殊教育を施された「メンバーズ・エリート」の一人であるキース・アニアンが、次代の統率者として将来を嘱望されていた。

思いがけなく邂逅したジョミーとキースは、どこか心を通い合わせながらも、お互いの立場から敵対せざるをえなくなる。

だが、ジョミーとの出会いにより、今まで自分が受けていた教育も、コンピュータによる管理社会も間違いではないか──と思い始めたキースは、ジョミーと火花を散らしながらも、いよいよコンピュータ・ネットワークの頭脳「グランド・マザー」との対決の場で思いがけない行動に出る……。

*

この作品が発表された時、一般人にとって、コンピュータなんてものはSF小説の産物でしかなかったし、ましてインターネットで世界中が繋がれる日が来るなど夢にも思わなかった。

それだけに、コンピュータで徹底的に管理され、どんな仕事に就き、誰と結婚すべきか、ということはもちろん、「今日は何をして過ごすべきか。朝はコーヒーか、紅茶か。」といった日常行為に至るまでコンピュータの判断にまかせ、そうすることで苦しむことも迷うこともなく、ただただ快適で安全な人生を享受する──という設定は、あくまで「マンガの世界」であり、だからこそ読者も想像の翼を羽ばたかせ、竹宮ワールドで思い切り遊ぶことができた。

「そんなこと、起こるわけがない」

それが前提だからこそ、ミュウと一緒にS・D社会を批判し、ジョミーとともに闘い、揺れ動くキースの心情に共感することができたのである。

だが、今はどうだろう。

コンピュータに管理されてない……と言い切ることができるだろうか。知りたいことがあり、Googleにキーワードを打ち込めば、それに即した情報を返してくれる。

それも個人個人の検索履歴や興味に応じて、微妙にカスタマイズされた情報だ。

アクセス解析を覗けば、個人名まで特定されないにせよ、いつ、誰が、どんな情報を求めて、どんなパターンで行動しているか分かるし、SNSにアクセスすれば、ログインの履歴はもちろん、誰と繋がり、どんなコミュニティに属しているかも分かる。

こちらは一人でモニターに向かっているつもりでも、向こう側では、個人のありとあらゆる情報──居住地や性別、年齢だけでなく、どんな趣味をもち、どんな好みをもち、いつ、どこから、どんな端末でアクセスして、どんなサイトを閲覧したか、etc を収集し、人物像を分析して、その人が求める情報を広告や検索結果といった形で提供している。

ユーザーが意識しないだけで、かなりの部分を「情報を提供する側」──Google、Amazon、Facebook、Twitterといったサービスに影響されているのだ。

「あなたにおすすめの本はこれですよ」「あなたにお似合いの友達はこの人ですよ」「あなたの探している答えはこれですよ」……。

「日常の些細なことまでマザーに知られることに何の違和感も持たなくなる」S・D社会の住民と、どこが違うといえるだろう。

我々にはまだ「決定の自由」があるというだけで、コンピュータによる「情報収集、分析、提供」のシステムにがっちり組み込まれている現実は同じではないだろうか。

「マザーコンピュータの申し子」と呼ばれたキース・アニアンは叫ぶ。

『二度と俺の意思に触れるな』と。

日常に氾濫する様々な情報の中で、あなたは本当に感化されていないと言い切れるだろうか。

それは本当に「あなたの意思」なのか、時に問いかけ、立ち止まることも必要だろう。

「地球へ」が描かれたのは30年以上も前だが、もはや『SFマンガ』と一笑できないところまで来ているように思う。

§ 竹宮恵子の作品

漫画家・竹宮恵子の天賦の才をまざまざと見せつける永遠の名作。
今後、これを凌ぐ「性愛」をテーマにしたマンガは出ないだろうし、今ドキのボーイズ・ラブなど足元にも及ばない。
のっけから少年同士のベッドシーンで始まるため、馴れない人が読んだら目が点になるかもしれないが、それが本来のテーマでないことはすぐに分かる。
ネームも美しいし、絵のセンスも、30年以上前の作品とは思えない。
人によっては立ち直れないほどショックを受けるかもしれないが、少女漫画ファンなら一読すべき。

年若い読者から「元ネタとなった歴史本はどこで買えるのですか?」という質問が殺到したほどリアルに描かれた、エジプトの歴史もの。
随所に架空の壁画を取り入れ、まるで実在の人物や戦闘であるかのような演出が素晴らしい。
4人の主要人物の恋と葛藤も読み応えがあり、最後は文句なしに泣ける。

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