ライフハック  痛みを愛する

人間って、いかなる時も前向きに、最短距離で結果出して、まわりにも認めてもらって、うん、満足満足、で生きて行かねばならないものなのかしら。

人生に絶望しきってる人、悲しくて何もする気になれない人、ただただ淋しい人、何かしたいけど何をしたらいいのか分からない人、苦しい恋で心がいっぱいの人、etc。

人生には、「何もできない」「何をやってもツイてない」「モヤモヤするばかりで先が見えない」なんて時期が、何年か続いてもおかしくないと思うの。

若い時は余計でそう。

そりゃもう、20代前半ぐらいで開眼菩薩の人もあるかもしれないけれど、そうじゃない人の方がきっと多い。

でも、若い時は、悩むにも怠ける失うにも意味があって、人生のドン底とがっぷり向き合う時期も大事だと思うよ。渦中にいる時は早く脱出したいと思うけども。

正直「悩む」とか「落ち込む」は若者の特権だよ。

もう40も過ぎると、いちいち悩めなくなるの。

この世の事ってたいていはどうにでもなると分かってくるし、ある程度の所で開き直る知恵も付くから。

だから地獄の底みたいに悩んだり落ち込んだりできる時期に──ある意味、自分以外に失うものがないから、そこまで自分の悩みに没頭できるという側面もある──みっともないほど地獄の思いをしてみる、というのも、価値あることだと思うけど。

私なんか、あの地獄の日々が懐かしかったりするよ。

今から、もう一度、地獄の底まで悩みたい! と思っても、もう無理だもん。知恵ついちゃったから。

明るく、前向きに、スタイリッシュに生きたい気持ちも分かるけど、同じくらい、人生の闇も大事にして欲しいわ。早く抜け出したら永久に幸せになれるというものでもないし、悩める時に悩み、落ち込める時に落ち込んでおかないと、二度と、そんな未熟な時代って体験できないからね。

おそらく、きっと、「あれもいい、これもいい」と試し試すうちに、地球を一周して、結局、元の地点に帰ってくると思うわ。

その時、何を追いかけてたんだろう、と空しくならなきゃいいけど。

人生にはもっともっと先がある。

自分のダメな部分と楽しく付き合えてはじめて、心から「イエス」と言えるような気がするんだけどな。

そうそう、「痛みを愛する」ってやつよ。

若いうちに考える「よりよい人生」って、なんだかんだで、成功の人生なんよね。

誰が見てもカッコいい、「俺、充実してます!」てな生き方。

でも、ある時期を過ぎると、闇を知っていることの素晴らしさが分かるようになる。

「我が生涯に一片の悔いなし!」が素晴らしいと思ってたけど、悔いる、そのこと自体に味があってさ。最後まで何かを悔やみながら生きて行くのも人間らしい姿なんだな、って。むしろ、そこに光を照らしたくなってしまう。

本当に必要なのは『文学』なんだけどね──。

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