「最高の人生」なんて、生きなくていいよ

どんな人生を生きても後悔はつきものだし、後悔そのものが悪いわけじゃない。

「我あやまれり」と歯ぎしりしながら息を引き取るのも人間らしさに違いありませんし、幸せでなくても、最高でなくても、最後まで生きられたら、それだけで上等じゃないでしょうか。

「最高の人生」なんて追い求める必要はないです。

物が散乱した押し入れをちゃんと整理する方がずっと大事です。

正直、人間ってさ、死にたくない時に死ぬものなのよ。スティーブ・ジョブズみたいにね。

自分の納得するタイミングで死期が来て、「余は満足であった」なんて大往生できると思ったら大間違い。

なんで、このオレが。なんで、このタイミングで。……という時に、死に神に出会うんだよね。

いつ、どんな形で、なんて、誰にも分からない。

もしスティーブがあの世からツイートできるなら、多分、こう言うと思うよ。「最高の人生でなくてもいいから、あと一日でも長生きしたかった」と。

生きる、って、そういうことよ。

この身体、この心、目が、耳が、鼻が、口が、世界を感じ取ることに意味があるのよ。

たとえ今、生きることに意味なんか無い、と、ふてくされている人でも、明日不治の病で死ぬと分かったら、朝日がどれほど眩しいか初めて分かると思う。明日も、明後日も、一年先も、この光を見ていたい、と思うだろう。

何をも成せなくても、不満だらけでも、「生きて、そこに在る」ということが一つの恵みみたいなもの。

よりよく生きる努力をするのも大事だけど、今のご時世、「今日食べる」というだけでも、みんな、たいがい頑張ってるんじゃないですか? 自分の力で食べて行ける、って、それだけでスゴイことなんだけど。今は特に。

それにさ、自分一人で「最高の人生」を生きても意味ないし。

自分では「サイコー」と思ってても、周りに「逝ってよし!」とか思われてたら、つらいし。

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