一度死んだ価値観はそう簡単に蘇らない

『道徳』の授業が好きだった。
別に先生の話を聞かなくても、ノートを取らなくても、ぼ~っとホン(教科書)を読んでいるだけで、一時間が過ぎてゆくからだ。

『道徳』は国語算数理科社会で埋め尽くされた時間割に、一点花咲くオアシスだった。
文系はともかく、理数系になるとたちまち立場を無くすヒカルにとって、脳みそを使わない道徳の授業は、唯一の息抜きだった。

ただし道徳の教科書には、尻が痒くなるような美談が多く、ちょっとスクエアな感覚の持ち主であるヒカルには堪え難い部分もあったが。

しかし、今となってはあの臭さが懐かしい。

美しい話など、滅多に聞かせてもらえるものではない。

愛や努力や誠実を嗤いながらも、結局は、そこに行き着かざるをえないのだ、人間は。

なのに、今の小学校や中学校は、道徳の授業をやらないとか。
というより、『道徳』という言葉自体が、死滅しかかっているとか。
そして世間は今更のように道徳の復古や宗教的教育の重要性を説いている。
少年の凶悪犯罪の増加は道徳の欠如が原因だ~! とか言っちゃって。

「神は死んだ」とニーチェは言った。
「おれたちが神を殺したのだ」と。

じゃあ、道徳を殺したのは誰?
誰がその価値を抹殺したの。

そこで道徳復古を叫んでいる、リベラルな父ちゃん母ちゃん方。
死んだ人間が生き返らないのと同様、一度殺した価値観はそう簡単に蘇りませんぜ。