婦人公論【2006/04/07号】
EPO(ミュージシャン・セラピスト) 『愛されることを諦めた日 人生が始まった』より
物心ついた時から、私には母の笑顔の記憶がほとんどなく、怒り、私を非難する姿ばかりが浮かんできます。
「親が娘にこんなことする?」と首をかしげてしまうような理不尽な言動が、母にはたくさんありました。
でも、「理不尽」と言えるのも今だからで、かつての私は、「これはしつけである」「お母さんは私のことを思ってやっているんだ」と全てを受け入れてきました。
そのことが、近年までずっと私を混乱させ続けるのですが……。

私の手には小さな火傷の痕が、今もうっすらと残っています。
子供の頃、母から火のついたお線香を押しつけられた痕です。
父の飼っていた金魚がいなくなった時、「あんたが野良猫に金魚をやったんでしょ」で線香をジュッ……。
「財布のお金を盗ったでしょ」など、そのたびに線香による”しつけ”が待っていました。
身に覚えはないけれど、「やった」と認めるまでは放免してもらえません。
熱さと痛さで、ついには泣きながら、「私がやりました」と答えていました。

母にとって、自分のやっていることは、すべて「正義」です。
あなたのためによかれと思ってやっているのだから、私の行為は間違いないと、その正義は揺るぎません。
それはあまりに独りよがりな価値観だと、大人になった今はわかりますが、親から拒絶されると生きていけない子供は、どんなにひどい正義でも受け入れざるを得ないんです。

うちの家が普通の家とはかなり違っていることに、私は長い間気が付きませんでした。
そもそも何が正常で何が異常かもわからなくなっていたんです。
日々、異常な出来事が起こる中で、それを異常と感じていたら、心がもたない。
すべては私のためにしてくれていること……。
親の言うことを聞かなければ愛を得られないと思っていた私は、成人してからも自分を抑え、言いたいことを主張せず、理不尽なことをされても揺するのが愛の基本と信じて疑いませんでした。
だから、ミュージシャンとして多忙な毎日を過ごす一方で、人間関係ではいつもストレスを抱え込んでいましたね。
どんなに働いてもギャラを払ってくれない事務所の社長に対してさえも、「あぁ、私に問題があるんだ」と思ってしまう。
自己評価が低く、それゆえ人との付き合いでは相手の顔をうかがい、ディフェンスばかり。
そんな調子ですから、20代前半で長くつきあっていた恋人と別れた時、それまであまりに精神的に依存しすぎていたため、一人になると何もできないことが露呈しました。
母との問題も相変わらず続き、行く所も帰る所もない。
自分で自分の人生をコントロールできない、家族からのサポートも受けられない……。
極度の緊張に襲われて、パニック症候群の発作も体験します。

30代にかけては、ロンドンに住んだり、さまざまな国で音楽活動をしたりするうち、いろんな価値観に触れ、「母が言っていることは違う」と気付く機会も増えてきます。
とはいえ、「私の言うことを聞かないと、あんた、大変なことになるわよ」と、母の「正義」は恐怖支配にも似たものでしたから、私はまだまだ縛られていましたし、いったん心の奥深くに作られたトラウマからはそう簡単には抜け出せない。
どんなに大人になっても……です。
30代後半に作った曲には、そんな私の心情を書いたものもありました。
私はあなたが逝くとき 涙を見せるかわからない
それほど深く傷ついている今ここにひとり 私に似た少女がぐずりだして
私を困らせる
扉のなかから叫んでいる
ここから出して ここから出して
母は母なりのやり方で私を愛してくれていたんだろうと思います。
だけど、それは私が願った形の愛し方ではなかった。
考えてみれば、母にもかわいそうな面はあります。
子供の頃、働きに出ていた両親にかわって、長女として妹たちの面倒を見なければならなかった。
親に甘えられず、愛され方を知らない母は、自分が親になった時に娘の愛し方がわからなかったんでしょう。
父との不仲も、母を追い詰めていたかもしれません。

心のプログラムが変われば、見えてくる世界が変わる。
それなれば起きる現実もまた変わってきます。
私はここで初めて「自分が悪いなじゃいんだ」と思えるようになりました。
運命だと諦めていたことも、乗り越えられそう。
なんだか新たな人生を与えられた感じでした。
母に私を理解してもらうことをもう諦めよう--そう思えるようになったのは、まさにこの数年のこと。
45年生きてきましたが、母との距離を置こうと気持ちを切り換えた今、ようやく自分の人生を生きていけるような気がします。
本来、家族は最愛のもの。
その家族を諦めることは本当につらく、悲しい。
生きている中で、いちばん大変なチャレンジかもしれない。
けれど、この先は、自分が幸福になるために手放さなければならないものがある。
そう決めたら、なんだかとても楽になりました。
