褒める育児

育児に関する記事を読んでいると、必ずといっていいほど「褒める」という言葉が出てくるのですが、『何について褒めるか』という事はあまり取り上げられてないですよね。

「褒めること」には二つの意味があると思います。

一つは、「子供の自尊心を高める」。

もう一つは、「この世で価値あることは何かを示す」ことです。

お母さんの言う通りにして、お母さんを満足させた時、一番褒めてもらえる子は「お母さんに従うこと」が一番価値あることだと思うだろうし、クラスで一番になった時、一番褒めてもらえる子は、「優秀であること」に重きを置くようになるでしょう。

一口に『褒める』と言っても、「何について褒めるか」がとても重要ですよね。

言うなれば、『親の価値観』を植え付けることですもの。

褒めるべきことで褒めないで、親の都合の良い事だけ褒めていると、子供も誤ったプライドを持つようになり、最終的に子供を苦しめるだけだと思います。

そういう意味でも、親が「この世の優先順位」をしっかり把握していることが大切だと思います。

うちは年子ということもあって、やはり自分の欲しい気持ちをぐっと堪え、お菓子やオモチャをもう一方と分け合った時に一番褒めているような気がします。

3歳や1歳の「欲しい、欲しい」の盛りの時期に、クッキー1かけでも相手の為に差し出す姿を見ると、とても健気に感じるし、「ああ、努力してるなあ」って感心するんですよね。

子供にとって「自分のことを我慢する」って一大事件ですもの。

そして、褒めた時に、ぱあっと輝く誇らしい顔。

小さな子供でも「自分は良い事をしている」と理解できるんですよね。

その時、「良い事をするから、いい子」と刷り込むのではなく、「良い事をしたら自分の気持ちがいいでしょう」と教えるんです。

他人から「いい人」と思われたいがために優しくするのと、自分の人間としての誇り、真の思いやりから優しくするのは根本的に違いますから。

そこで「いい子」の評価を貰うことが目的になってしまうと、「褒め育て」に失敗してしまうのではないかと思います。

他にも、

「一人でパンツが脱げた」
「トイレでウンチが出来た」
「『ありがとう』が言えた」

褒めることって、いっぱいありますよね。

子供にとって一番哀しいことは、「出来て当たり前」と思われること。

主婦だってそう。

「家事はやって当たり前」「育児は出来て当たり前」と思われて、誰にも何も言われなかったヘコむでしょう。

「出来て当たり前」とみなされる事は、人間としての努力をいっさい無視されるのと同じことなんですよね。

とはいえ、中には「褒めるのが苦手」という方もあるかと思います。

「今さら、白々しい」とか、「何を褒めていいのか分からない」とか。

が、そもそも、子供が際だって優れているから褒める訳ではなく、まして「このように褒めればいい子に育つ」という意図もって褒めるものでもないでしょう。

「子供を褒める」ということは、「おお、こんな事も出来るようになったのか」
という成長の喜びですもの。

「褒める」ということを特別意識しなくても、「ああ、成長したなあ」「頑張ったなあ」という気持ちで顔がほころべば、それで十分、褒める行為になっているのではないかと思います。

口下手さんには口下手さんなりの気持ちの伝え方があるはずですよ、きっと。

子供の中に美しい面や優れた力を発見することは、母親として産み育てる喜びを見出すことだと私は思います。

意図された褒め言葉ではなく、また子供を操縦する為の武器でもなく、子供の努力や成長を一緒に喜べる存在でありたいものです。

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