うちの三姉妹は、そろいそろって本の虫であり、マンガ愛好家でした。
(姉がお嫁入りした時、荷物の1/3は本だった)
「ベルサイユのばら」を筆頭に、「エースをねらえ」「ポーの一族」「日出処の王子」「SWAN」「パタリロ」「風と木の詩」「ガラスの仮面」..etc
少女漫画の名作と呼ばれるものは全巻そろってましたし、これに加えて、「キャプテン翼」「ブラックジャック」「花の慶次」「野球狂の詩」「愛と誠」など、少年・青年劇画の傑作も多数そろえており、
『しまいに天井が抜けるから、これ以上、本を買うな』
と父親に叱られるぐらい、私たち三姉妹の本のコレクションは壮絶だったのです。
なぜ、そんなにハマったかと言いますと・・
実家は昔ながらの髪結いで、物心ついた時から、母も、祖母も、住み込みのお手伝いさんも、家の一部を改装したお店で忙しく働き、学校や幼稚園から帰ってきても、母や祖母が、居間でのんびりお茶をすすっているような事って、ほとんどありませんでした。
休日は、月曜日だけ。
土曜も日曜もずっと働きづめでしたから、子供だけで過ごす方が圧倒的に多かったんです。
でも、それが当たり前の生活でしたから、淋しいとも退屈とも思わず、毎日、一歳年上の姉や、近所の同年代の子供たちと楽しく遊んでいたし、町内のおじさんやおばさんにもたっぷり可愛がられて、元気に育ちました。
そんな私たち姉妹の最大の楽しみと言えば、本とレコード。
ヒマさえあれば、好きなレコードを聴きながら、何時間でも本を読み耽っていました。
それに関してはいっさい干渉されなかったので(「この曲を作曲したのは誰?」とか、「読むなら夏目漱石がいい」みたいな、お勉強色を持ち込まれなかった)
やがてそれは、初めて手にした少女漫画『ベルサイユのばら』を皮切りに、マンガ、アニメの世界にも大きく広がりました。
「ゴレンジャー」「キューティーハニー」「魔女っこメグちゃん」といった子供番組も、TVにかじりついて見ましたし、「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」の劇場映画も長い行列に並んで見に行きました。
音楽でも、小説でも、マンガでも、素晴らしい作品に出会うことが、この上ない悦びだったんです。
しかし──。
それに輪をかけてハイパーな世界に行ってしまったのが、五歳年下の妹でした。
私と姉は年子だったこともあって、「一人になる」ということはほとんど無かったのですが(本を読んだり、レコードを聴くのも一緒)、妹はちょっと年が離れていたこともあって、幼稚園の頃から、一人縁側で「どらえもん」や「コロコロコミック」を読み耽っているようなタイプでした。
ぶつぶつ独り言を言いながら、想像の世界で何時間でも楽しく一人遊びできるような、独特の感性と集中力の持ち主だったんです。
そんな妹が「絵を描く」という才能を発揮しだしたのが、小学生の頃。
妹の絵は次々とコンクールに入賞し、先生も「すごい感性だ」と舌を巻くほどでした。
それはやがて「マンガ」になり、中学生の頃には、オリジナルとみまごうほどの、見事なキャラクターの模写が出来るようになっていました。
そして、高校生になると、近所のオタク娘の影響で、「アニメージュ」や「ニュータイプ」のようなアニメ雑誌を購読するようになり、やがて自分でも同人誌(アニメの二次創作)に寄稿するぐらいの腕前になっていたのです。
一度、妹の書いた小説をコッソリ読んだことがあるんですけど、そりゃもう、姉の私が戦慄するような文章力だったんですよ。
そんな妹が、アニメの仕事に興味を持たないはずがありません。
高校卒業したら、行きたい学校はただ一つ、『アニメ学院』です。
さりげなく親に打ち明けたこともありました。
でも、親の答えは、
あんなもん、バカの行く所や。
そんなとこ行って、何すんの。
妹の「希望」はあっさり否定され、妹もそれ以上、食い下がることはありませんでした。
そして、そこそこの短大に通い、中小企業に就職して、しばらくは真面目に働いていたのですが、やはり忘れられなかったんでしょうね。
そうこうするうち、妹が、どんどんウツっぽくなってきたのです。
自分が本当にやりたいことを無理矢理抑えつけ、親が良しとする路線に必死に合わせようとしている様子がありありと分かりましたが、心の奥深いところまでは気がついていないようでした。
私も、何度も、「あの子はアニメの学校に行って、アニメの仕事がしたいんよ。行かせてやり」と進言しましたし、妹も一度だけ、親に打診しましたが、やはり答えは同じ。
結局、仕事を辞め、知り合いの有名美容室に見習いで再就職し、現在に至るのですが、、、
あとはコメントアウトです。
中には、「そんなものは自分次第、親が原因じゃない」と主張する人あります。
でも、そういう人は、骨の髄まで親に支配され、物の善悪や人生観まで徹底して刷り込まれた子供の、哀れなほどの無力感、親の価値観に背く恐怖を理解してないんです。
「一人で横断歩道を渡るんじゃない」と徹底して教え込まれた子供は、信号が青になり、他の車がちゃんと停車していても、横断歩道の手前で足がすくんでしまいます。
車が怖いからではなく、「一人で渡るな」という親の命令に背くことが怖いからです。
今でも、アニメの世界では下積みで終わる人の方が圧倒的に多いでしょう。
(そんなこと言い出したら、どこの分野もそうだけど)
でも、人生って、成功が全てでしょうか。
「名無し」のクリエイターで終わることは、負け犬なのでしょうか。
たとえ、宮崎駿のような大物にはなれなくても、好きなアニメの仕事に心を燃焼させて、同じ趣味や感性をもった仲間と創作に打ち込むのも、楽しい人生だろうと思います。
スタジオ・ジブリの映画だって、宮崎監督が一から十までアニメの彩色を手がけるわけじゃなし、やはり大部分は名無しの作画担当者や下請け会社のアルバイターなんかで持ってるわけですからね。
よく「子供の好きな道を行かせてやりたい」と言う──。
でも、親の大半は、「安定している」「世間体がよい」そういうことを前提に言っているケースが大半じゃないでしょうか。
確かに、今のご時世、ワケのわからない専門学校を出て、定職にも就かず、30過ぎてもフリーター、行き着く先はネットカフェ難民──という心配をされる気持ちもよく分かります。
でも、それは、ちゃんとした学校を出ていたってそうなるかもしれないし、逆に、安定した仕事に就き、人並みな生活を送ることができたとしても、それが魂の充実感に直結するとは限らない。
どの道が何処に繋がってるかなんて、誰にも分からないんです。
私が親なら、妹に好きな道に挑戦して欲しかった。
アニメの学校に行って、1年でも2年でも現場を経験して、「どういうものか」を肌で感じさせてやりたかったです。
それで芽が出なければ諦めもつくし、「やってみたかった」で終わるより、「頑張ってみたけど、やっぱりダメだった」の方が、人生に納得がいくでしょう。
それが早ければ早いほど、やり直しのチャンスもあるし、どこからまた出会いがあるか、わからんですからね。
失敗して恥ずかしいのは、表面だけで頑張るからです。
一年、ちょろっとやってみて、思うような成果が出なければ、「もう、やめた」。
そして、他の人にも、「あんな仕事、やめとけ」と、キツネのすっぱいブドウみたいに言い訳してる。
その程度の情熱で取り組むから、失敗がマイナスにしか受けとめられないんです。
本当に好きで、死にものぐるいでやってる子って、新人賞やオーディションに何回落ちても平気なんですよ。
成功だけが全てじゃない、って知っているから。
たとえスポットライトを浴びることなく終わったとしても、「やるだけ、やった」という充実感は心に残ります。
そこまで懸けられる目標を持てた……というだけで、もう十分、幸せなんですよね。
親になると、マンガやアニメを遠ざけようとする人が多いけど、今、世界に名を轟かせているようなアニメーターや漫画家で、
「子供の頃は、マンガもアニメも親に禁じられていましたが、30過ぎてから親しむようになり、たまたま新人賞に応募したら入選して、有名漫画家になりました」
なんて希有でしょう。
みんな、子供の頃から、ガンダムやトランスフォーマーに夢中になって、「よし、自分でも作ってみよう」という気持ちから始まっているんじゃないでしょうか。
ぼーっとアニメに取り込まれるのではなく、
「メカの動きは、この角度の方がかっこいいんじゃないか」
「オレなら、物語のオチはこうするけどな」
って、作り手の立場から作品を分析できるタイプなら、多少、TV漬けになってたとしても、大きな目で見てあげればいいと思うんですけどね。
もしかしたら、マッド天野さんみたいに、ジョージ・ルーカスの工房にスカウトされて、ハリウッドで活躍するようなクリエーターになるかもしれないんだし。
世界名作文学やお子様エンクロペディアだけが、子供の知性や情緒を発達させるわけじゃないと思いますよ。
同人誌も、嫌がる人がけっこう多いですけど、彼女たちの行動力や吸収力って、決してバカにできないものがあります。
暇つぶしに読んでいるような子ならともかく、「作り手」に回って、全国に通販を展開しているグループなんて、大人顔負けの企画力と販売能力を持っていますし、月に何万、何十万と売り上げるような人気者になると、高校生でも、ものすごいスキルとカリスマ性を身につけていたりするんです。
絵や文章は言うに及ばず、装丁やレイアウトなんかすごく凝っていて、よく高校生や女子大生の集団で、これだけクオリティの高いものを作るなぁ、って、感心するぐらいですよ。
しかも彼女たちの枝葉の広げ方はハンパじゃなくて、たとえば「ベルばら」の二次創作を手がけている子なら、マリー・アントワネットやフランス革命に関する本格的な歴史書を読みあさったり、フランス語を独学したり、当時の文化やファッションに精通したりと、十代とは思えない博識ぶりだったりします。
そして、それを足がかりに、ホントにその道に進んじゃったりするんですよ。
実際、池田マンガの影響で、大学でロシア語を履修したり、ドイツに留学したり、本当にパリに移住しちゃったような人、少なくないんですよ。
彼女たちはそれこそ寝食を忘れてマンガを描き、二次創作の小説を書くことに没頭する。
そんなことしたって誰かが褒めてくれるわけではないし(むしろ白い目で見られる)、プロの漫画家や作家になって大成するわけでもないけれど、少なくとも、一瞬一瞬を燃焼し、何冊もの同人誌を完成させている。
それは、本屋に平積みされるようなベストセラーでなくても、青春の軌跡、心の財産として一生残るものです。
親の目には、くだらないボーイズラブのエロ小説に映っても、仲間と明け方まで創作に打ち込み、一冊の本に仕上げて、コミケで売り上げる手応えは、確かに、彼女たちにしか味わえない幸せなのです。
もし、子供が、親の目から見て、くだらない事に熱中していたとしても、まずはその本気度を測り、それが『生き甲斐』と言えるレベルまでパワーが高まっているのなら、余計な忠告や心配は控え、とことんやらせてあげて欲しいと思います。
人生は「どれだけ評価されたか」ではなく「どれだけ納得できたか」で決まるんですから。
たとえ名無しのクリエーターで終わったとしても、一つのことに完全燃焼した手応えだけが、あの世に持って行ける、ただ一つの魂の財産ではないでしょうか。
最後に、オタク三兄弟の話──
うちの近所に年の近い三兄弟がいました。
どの子も筋金入りのアニメオタクで、特に、長男の「銀河鉄道999」と「キャプテンハーロック」に対する熱の入れようはハンパではなく、「オレは大きくなったら宇宙海賊になる」と、真顔で言うような少年でした。
クラシック音楽に限定されていた校内放送で、『宇宙戦艦ヤマト』のサウンドトラック・レコードをかけ、生徒からは拍手喝采、先生からは大目玉をくらった伝説の人でもあります。
やがて松本零士の描くSF世界に心酔した彼は、コンピューター・ワールドに憧れ、学年きっての秀才だったにもかかわらず、当時、不良のふきだまりと言われていた最低レベルの工業高校に進学しました。市内で情報工学を教えていたのは、この高校だけだったからです。
周囲は「進学校→国立大情報工学部」というコースを強く薦めましたが、もう一日たりと待てなかった彼は、迷わずこの高校に決め、情報工学の世界に飛び込んでいったのです。
インターネットはおろか、家庭用パソコンだって誰も目にしたことがない、想像すらできなかった昭和50年代の話です。
窓ガラスが割られ、オートバイが校庭を走り回るような学校で、彼は黙々と勉強を続け、在学中から企業にラブコールを送られるほどの実力を身につけました。
そして、世界的な有名な一流企業にヘッドハンティングされ、今では「20年後」に発売予定の、最先端の技術開発に取り組んでいます。
子供の頃、彼が語る松本アニメのコンピューター・ワールドは、笑いの対象でしかありませんでしたが、今やそれは現実のものになり、宇宙旅行も遠い先の話ではなくなっています。
今、親にどやされながら、TVアニメにかじりついている男の子。
次に、世界のクリエーターとして名を成すのは、その子かもしれません。
TIPS;
子供が親の目から見て好ましくないものに異常にハマったら・・・
とにかく日常生活とのバランスを取ることが大事です。
バカにし、否定し、取り上げるよりも、食事、着替え、入浴、睡眠をはじめ、勉強、交友関係など、現実生活と両立できるコントロール力を鍛える方が、後々、その子の為にもなると思います。
そんでもって、そこから何を掴み取っているか、時々、確認しましょう。
もしかしたら、その「くだらないゲーム」を通じて、親友とかけがえのない友情を育てているかもしれないし、「エロ小説」で小遣いを貯めて、同人誌の販売で生計を立てるということを、本気で画策しているかもしれない。
彼のアニメ仲間には、強い意志を持った漫画家志望の子がいて、良い影響を受けているかもしれないし、その「くだらないアニメ」から人生哲学を学びとっているかもしれない。
それは子供とちゃんと話し合わないと、見た目だけでは分からんですからね。
ダラダラと暇つぶしに見ているだけなら、叱ればいい。
でも、何かを掴もうとしているなら、信頼しましょ。
それを見極めるのが、『鍵』だと思います。
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Comments
こんばんは、いくこです。
まりさんの文章って 本当に毎回 感心させられます。
私自身が、中学生位から漫画にはまり
私の家にも 床が抜けると言われるぐらい漫画や本がありました。
結婚するとき あまりに多いので 実家に帰ったとき 読めばいいわと思い、置いて行きました。
で、阪神大震災です。
実家は、全壊。私の漫画コレクションも 崩壊です。
今 長男が 漫画にはまって バイト代で せっせと漫画を買い集めてます。
あの頃の自分自身を見てるようです。
私が、集めた漫画を 読ませてあげたかった。。。
うちの3息子達は、絵を描くのが 大好きです。
私には、絵の才能はないのですが、旦那さんの遺伝子なのでしょう。
旦那さんは、子供の頃から 絵が上手く コンクールとかで入賞してたそうですが、
まりさんの親御さんと同様 「絵なんて」と言われてたみたいです。
そのことがあるからか、子供達には 好きな道に進んで欲しいと思ってます。
長男は、市立工芸高校に進学し デザイン系の方へ進みます。
次男も、長男の後を追ってます。
旦那さんも、子供達が 絵に関する学校に進んで 大喜びしてます。
好きなことで、生計が立てて行けたら どんなに 幸せなことか。。。
まだまだ 途上ですが、親として 少しでも 協力できたらなぁと思ってます。
自分の好きなことだったら、多少 苦労しても 続けていけるでしょうしね。
そうですか~!!
それは頼もしいし、ご両親ともども、夢をもって将来を見つめることが出来て、本当に素敵だなぁ、って思います。
確かに、資格のない芸術関係の仕事は難しいです。
看護師や会計士みたいに、資格試験に合格すればプロとみなされて、就職先もそこそこにあるような職種と違い、
見る側の感性や時代の求めるもの、いろんな要素が噛み合わないと、認められない世界ですもんね。
でも、10年は腰を据えて、粘りに粘る気持ちがあれば、きっとどこかに道は開けると思います。
「自分のやりたいことがはっきりしている」というだけで、もう90パーセント、成功したも同然ですよ。
私も応援しています。ほんと、頑張ってくださいね☆
私の親友に、優秀なご両親に育てられた女性がいます。その子は幼いころテレビを見せてもらえなかったんです。その子の家にはテレビがありませんでした。その反動で成長してからのテレビへの執着はただならぬものがありました。親が良かれと思ってしたことでも、子どもによっては心の傷にまでなることがありますよね。
ちょっとトピックと違う話で失礼いたしました。
一方の私は、りぼん、なかよし、少女コミック、コロコロコミック、ジャンプ、マガジンに囲まれて思う存分漫画の世界を楽しみつくし、まともな読書などしない人間なのに、「文章が上手だね、これは随分読書をしてきた人だってわかるよ」なんて大学で言われました。
なんでも【反動】ってありますよね。
極端に抑えつけると、かえって意識に組み込まれて、タガが外れた途端、爆発しちゃいますもんね。
子供のTVやゲーム教育も難しいですよ。
正論は分かっていても、キチキチ制限することにどんな意味があるのかな、って。時々思います。
うちはテキトーに緩めてますが(親の私が見たい時もあるので^_^;)
私たちの世代の漫画家は、並の小説家より美しいネームを書く人が多かったから、
私もずいぶん勉強になりましたよ。
自分からは絶対に手を出さなかっただろう文学や芸術も、池田理代子や竹宮恵子のマンガで教わりました(笑)
サブカルチャーって、教育の敵のように思われますけど、やっぱ、内容によりますよね。