『Karol』 ポーランドの歴史がわかるヨハネ・パウロ2世の伝記映画

映画「Karol」ヨハネ・パウロ2世 伝記

ポーランドを旅すると、教会や町の広場はもちろん、土産物屋の店頭、カフェの入り口、公民館、民家、郵便局、空港、至る所に、前ローマ法王『ヨハネ・パウロ2世』の肖像画や彫像を目にすると思います。

「ポーランドの世界的有名人」と言えば、日本では一般にショパン、コペルニクス、マリー・キュリー夫人、最近ならワレサ議長あたりが思い浮かびますが、地元民にとって、ポーランドが世界に誇る偉人といえば、『ヨハネ・パウロ2世』をおいて他ありません。

私も、最初、ポーランドに来た時、「これでもか、これでもか」というくらい、町のあちこちにヨハネ・パウロ2世の肖像が掲げられ(「ヨハネ・パウロ2世」という名前の道路や公園も至る所にある)、TVでも暇さえあれば「今日のヨハネ・パウロ2世」みたいなニュースを繰り返し報道するので、「まああ~、ポーランドの人って、本当に敬虔なクリスチャンなのねえ」なんて思っていたのですが、実はそうではない。

地元民は、キリスト教とか、ローマ法王とか、宗教的な意味合いを超越した次元で、ヨハネ・パウロ2世という「人間」を尊敬し、愛してやまないのですね。

その理由は、法王の逝去後、2005年に公開された伝記映画『Karol』を見ればよく分かります。

『Karol』は、ヨハネ・パウロ2世の本名、Karol Józef Wojtyła に由来するタイトルで、学生時代からローマ法王に就任するまでの過程を描いた第一部『Karol: Człowiek, Który Został Papieżem(法王になった人間)』と、法王に就任してからの活躍を描いた第二部『Karol: Papież, który pozostał człowiekiem (人間であり続けた法王)』から構成されています。

とりわけ、若き日のヨハネ・パウロ2世を描いた『第一部』は、いくつもの言語に翻訳され、欧州全土はもちろんアメリカでもDVDが販売されています。

第二次大戦勃発から終戦、ソビエト共産主義の支配と労働者のレジスタンスという激動の歴史を横軸に、一人の平凡な学生だったカロル・ヴォイトワがいかに神の教えに目覚め、ポーランドの人々の精神的支えとなり、法王の道を歩み始めたかをドラマティックに描いたこの作品は、ヨハネ・パウロ2世という人柄を理解する上ではもちろん、戦中・戦後のポーランドと、過酷な状況に置かれた人々の暮らしや生き様を知る上でも大きな手掛かりとなるもので、少しでもポーランドに興味のある人なら必見です。

残念ながら、日本語には翻訳されておらず、英語字幕が頼りになりますが、わりと平易な英文なので、英語がそこそこいける方なら十分に理解できると思います。

もちろん、映像だけでも心を打つものがあるので、下方に一部紹介しておきますね。

§ STORY

物語は、ドイツ軍の空爆を受けて、カロル・ヴォイティワとその仲間が急襲の鐘を打ち鳴らす場面から始まります。

すでに母と兄を亡くしているカロルは、たった一人の肉親である病身の父を連れてクラクフから脱出を試みますが、ドイツ軍の攻撃は容赦なく、道の途中でも子供を含めた多くのポーランド人が傷ついて倒れます。
(道行く人々に、沿道の民家がパンや水を分け与える場面がポーランドらしいですね)

Karol Part1 ドイツ軍の侵攻
/video/karol1.flv

ほどなくクラクフは陥落し、ナチスの占領が始まります。
クラクフのシンボルであるヴァヴェル城と礼拝堂はドイツ軍将校らに抑えられ、多くのユダヤ人がゲットーに閉じ込められます。
ナチスの目的は、ポーランドの領土はもちろん、信仰も、文化も、言語すらも根絶やしにし、生まれ来る子供はドイツ人として育て、完全なドイツの属国にすることにありました。
しかし、カロルの友人で、神父でもあるトマシュは強い信仰心を支えに抵抗を続け、人々の精神的支えとなる一方、ドイツ軍将校らにユダヤ人の惨状を訴えます。

ナチスの弾圧はますます激しさを増し、カロルのユダヤ人の友達も次々に連行、殺害されていきます。

カロルの一番の女友達のハンニャは、ようやくカロルに再会を果たしますが、あまりの惨状と度重なる悲劇に心を深く傷つけられ、

「神はどこに・・?」

と泣き崩れます。

Karol Part2 ナチスの弾圧とハンニャの嘆き
/video/karol2.flv

ナチスの支配下にあっても、ポーランドの文化を根絶やしにするまいと、地下劇場でポーランド語の戯曲を演じ、ナチスの支配下を懸命に生き延びようとするカロル。
そんな彼が偶然出会った神父は『愛』の重さを説き、ドイツ軍将校の懺悔を聞く、友人で神父のトマシュ・ザレスキもまた、力による抵抗ではなく、『愛』による解決を彼に示唆します。

彼らの『愛』と『信仰』に心を打たれたカロルは、自らも聖職の道を選ぶことを決意し、非合法の地下神学校にて勉学に励みます。

しかし、そんなカロルに新たな悲報がもたらされます。

カロルが交通事故に遭った時、搬送に手を貸したドイツ人将校が射殺され、将校の精神的支えであり、処刑の場に立ち会ったトマシュもまた銃殺されてしまったのです。

Karol Part3 トマシュの死
/video/karol3.flv

その後、カロルは、いっそう信仰を固くし、『愛』による救済を実践しようとしますが、ドイツが敗戦し、ナチスが逃走した後、ポーランドに侵入してきたのは、ソビエト共産主義という新たな脅威でした。

共産主義政府はカロルを強い監視下に置き、若い学生のアダムをスパイとして、講義、ミサ、懺悔など、すべての言動を盗聴させます。

そんな中、自由と権利を求める労働者のプロテスタントはますます激しさを増し、ポズナンで大きなデモ行進が行われますが、共産主義政府は労働者に向かって容赦なく発砲し、子供を含む多くの死傷者が出ます。

Karol Part5 ポズナンの労働者デモ
/video/karol5.flv

それでも、武力ではなく、『愛』による救済、そして自由の尊さを学生たちに説き続けるカロル。

彼の言葉は、スパイであるアダムの心さえ溶かし、カロルは彼の過ちを優しく赦します。

Nowa Hutaの工場では、労働者たちが教会の建立を求めてプロテストし、銃口を向ける政府軍の前にカロルが立ちはだかります。

Karol Part6 Nowa Hutaの抵抗とアダムの改心
/video/karol6.flv

やがてカロルの活躍はバチカンの知るところとなり、ヨハネ・パウロ法王の急逝を受けて、ついにカロルが法王に選出されます。

弾圧の続くポーランドの人々にとって、これほど大きな希望と支えはなく、法王就任を喜ぶ人々の歓声で街中が湧くのでした──。

映画「Karol」ヨハネ・パウロ2世 伝記

§ 映画『Karol』の見所

この作品の見所は、何と言っても、ポーランドでのオールロケと当時の暮らし(服装や食器、インテリアなど)が忠実に再現されている点でしょう。

ポーランドを舞台にした映画はハリウッドにも幾つかありますが、『Karol』は、まさにポーランドの町中および民家で撮影しているのがありありと分かるほど、リアリティに富んでいます。(役者さんの着ている服が一目でポーランド製とわかる)

また、ハリウッドが大好きな派手な戦闘シーンや流血シーン、ユダヤ人迫害の場面などが最小限に抑えられているため、ドンパチの嫌いな人でも安心して見られるし、ドラマそのものに集中することができます。

シンドラーのリスト」や「戦場のピアニスト」が『個人の正義』を描いているのに対し、この作品は、「戦争」や「弾圧」といった絶対悪に対し、力なき者はいかにあるべきか──という全体の問いかけに一つの明確な答えを提示しており、そういう意味でも、哲学性に富んだ良作だと私は思います。

そしてまた、この作品は、「ヨハネ・パウロ2世万歳」のプロパガンダではなく、第二次大戦がなければ、地元の劇団で戯曲を書きながら、平凡な一市民として終わっていたかもしれないカルロ・ヴォイティワの人生、もしかしたら、レジスタンスに参加し、とっくにドイツ軍の凶弾に倒れていたかもしれない一人のポーランド人の運命を率直に描いており、だからこそ、「武力による復讐」ではなく、「愛による闘いと救済」を選んだ過程が説得力を持つのでしょう。

歴史と伝記の中に、さりげなくキリスト教的なメッセージを織り込んでいる点でも、脚本の質の高さが十分に伺えます。

今でこそ、ポーランドも、マクドナルドとスターバックスの国になりつつありますが(先日は、あのマドンナもコンサートを開きました)、ほんの20数年前まで、日本の若者からは想像もつかないような弾圧社会があったことを、今さらのように教えてくれる作品でもあり、同じ頃、「8時だよ、全員集合」や「オレたちひょうきん族」を見ながらゲラゲラ笑っていた私なんかは、ここで大手を振って暮らしていることに、少なからず罪悪感というか……複雑な気持ちを抱かずにいません。

『平和』とは何なのか。

『自由』にはどんな意義があるのか。

この作品を通じて、戦争や弾圧で肉親や親友を失う人の痛みが分かったら、答えを得たも同じことだと思います。

Tweet about this on TwitterShare on FacebookShare on Google+Share on TumblrEmail this to someone

コメントを残す