子育てコラム

無言療法(癇癪に対する)

2006年1月19日

子供の癇癪(1歳半)で悩んでいた時、子育てサイトで見つけた情報です。

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ソニー教育財団 内藤先生の育児相談室

「夜、なかなか寝付いてくれません」という質問に対し、

内藤先生

ただ、非常に寝つきが悪いわけですから、理由が必ずあるはずです。

お母さんは、昼間、お子さんにいろいろ語りかけていらっしゃいますよね。

お母さん

はい。

内藤先生

語りかけはもちろん必要なことですが、それも度が過ぎますと、お子さんの眠りが浅くなる原因になってきます。

お母さん

それはどういうことでしょうか。

内藤先生

お母さんたちは気づいていないでしょうけれど、お母さんというものは、お子さんをあやすにも、「すごい、すごい」とか「できたね」とか言って、ついつい言葉を多くかけてしまっています。

そのうえ、お子さんのためと思われて、例えばボール遊びをする時でも、「これは赤いボール、こっちは青ね」のように、言葉を使って教え込もうとしている姿も見うけられますね。

お母さん

ええ、まさに私もそうです。何でもどんどん吸収している時期だと思うと、いろいろなことを教えてあげなくては……と思っていました。

内藤先生

この時期のお子さんの脳細胞は活発に動いていますから、お母さんの言葉を理解しようとすると、軽い脳の興奮が起きます。

そうしますと、興奮しているわけですから、夜の寝つきが悪くなりますし、眠りも浅くなります。

眠りが浅いとイライラしてきますし、機嫌も悪くなります。

また、怒りっぽくなったり、泣きやすくなったりもします。

お母さん

そういえば、よく泣きます。

内藤先生

こういう時は、一週間で良いですからお子さんに言葉をかけることをやめてみましょう。

まなざしだけで、お子さんと会話してみてください。

お子さんの目を見ながら、ジェスチャーだけでやっていただくと、すごくありがたいですね。

私は、それを「無言療法」と言っています。

それでも、お母さんたちは結構、声をかけているものです。

言葉かけをしすぎないように意識するだけでも大切ということですよ。

実はね、私も似たようなことを考えていたんです。

息子の癇癪に直面するにあたって、これまでの自分の態度とか考え方を改める必要があるのも本当ですが、反面、「さあ、変わろう」と決意して、いきなり変わるものでもない。

今度は、「変えなきゃ」プレッシャーで、自分自身が切羽詰まってしまうおそれがある。

それなら、一日10分でもいいから、穏やかな気持ちで抱きしめられる時間を増やしてみてはどうか・・と思ったのです。

これなら、簡単ですよね。一日10分の努力ですもの。

その間は、話しかけもせず、遊びもせず、何も考えず、ひたすら抱きしめる。

そういう穏やかな時間を増やせば、母子ともに落ち着いてくるんじゃないかなー、なんて考えたのです。

そんな折り、「無言療法」の概念を知って、「あ、こういうやり方もあるかもしれない」と思いました。

この内藤先生のコメントに、次のようなものもあります。

なぜ、核家族のお子さんのアトピーが直りにくいのかというと、お母さんの意識がお子さんに集中してしまい、その影響で、お子さんの神経が少し過敏になりやすいからと言えます。

もちろん、そのほかの原因もたくさんありますが、お母さんと一対一でいる時間が多いものですから、つい、お母さんが世話を焼き過ぎること、心配をし過ぎること、そしてもう一つ、いろいろと話しかけ過ぎて、お子さんが”言葉の地獄”に陥ることも考えられます。

例えば夜遅くなると、『まだ、お父さんが帰ってこない、どうしたのかしら』と、お子さんに話しかけてしまったりと、お母さんが難しいことをおっしゃるんですよね。

そういう状態が続いてしまうと、お子さんは、『お母さんが言っているのは何だろうか』と頭を使い過ぎて、言葉の地獄に陥ってしまうというわけです。

このようなことが、特に日本の場合は多いようです。

お母さんの言葉の意味の理解に、お子さんがあまりに神経質になって、疲れて、そして眠りが浅い、ということになります。

ですから、どうか言葉の代わりに笑顔を見せてあげていただくと、本当にお子さんの心が落ち着きます。
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通常、育児といえば「語りかけ」、それをやらなきゃ母親じゃない!
みたいな風潮がありますよね。

でも、自然にいろんな言葉かけが出来るのならともかく、どこか、意識して、話しかけている自分もいると思うのです。

うちの息子は機関車トーマスの絵本が好きで、ただ、ぱらぱらと絵を見て楽しんでいるだけなのですが、私の方はどうしたって、

「ほうら、これがトーマス、こっちがパーシーね。パーシーちゃんは、何をしているのかなー」

なんて、教えるような話し方をしてしまう。

やはり、言語教育だの、知能開発だのを、どこか意識しているのです。

食事の時もそう。褒めさえすれば、たくさん食べてくれると思って、一口、口に入れるたびに、「わー、スゴイ、かしこいねー」なんてやってる。

もしかしたら、子供にとっては、ウルサイだけかもしれないのに。

たとえそれが真心からのものであっても、子供にも子供のペースがあって、親がどこかでプラスアルファを欲張っている限り、それは心に届いているようで、届いていないのかもしれない。

そう思うと、「無言の育児」――ただ心だけで抱きしめる時間――というのが、案外、何かの転機になるのではないか、と閃いたのでした。

私は元々、お喋りが苦手で、日頃から非常に口数が少ないタイプです。

この私に、こっこクラブに載ってるような、「すごいねー、えらいねー、クマさん、カワイイね~」みたいなお喋りは、ほとんど拷問に近いんです。

自分が喋っていて拷問に感じるような会話は、子供にもそりゃあ退屈でしょう。

なら、私には私に合ったやり方があるかもしれない。

何かを教え込もうとして、合わない喋りをするよりは、無言でニコニコ微笑みかけ、抱きしめる方が、息子にはもっと快適かもしれない。

そう思ったのです。

もちろん、「話しかける」という行為は大切ですし、急に無言を貫こうとは思いません。当然のことながら。

ただ、私も無理するのは止めた。欲張るのも止めた。

息子が、トーマスの絵を眺めて、それだけで楽しいなら、そうしよう。

そして、息子が、絵を指差して、何か聞いてきたら、答えるようにしてみよう。

ま、ちょっとした工夫です。

食事の時も、然り。

当分、わざとらしい褒め言葉はやめて、ニコニコ作戦でやってみます。

保育園から帰ってきて、癇癪が始まった時も、取って付けたような声かけはやめて、ただ、身体を撫で撫でするだけ、というのも、やってみたいと思います。

こうなりゃ、いろいろ試してみるよ、私は。

いつまでも凹んでられるかい、って感じです。

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