音楽

宇宙の美しさは『ぎゃーとるず』=かまやつひろしに教わった

2017年3月2日

子供の頃、土曜の夜のスケジュールは下記のように固定されていた。

午後6時半 = タイムボカン ヤッターマン

午後7時 = 仮面ライダー(人造人間キカイダー)

午後7時半 = キューティーハニー まんが日本むかし話 

午後八時 = 八時だよ、全員集合

午後九時 = Gメン75(アイフル大作戦、バーディー大作戦)

午後十時 = ウィークエンダー(←家族で見るな、ってーの^^;) 影同心 金田一耕助シリーズ

※昔の子供って、朝から晩までTV漬け+漫画漬けなんだよね。今みたいに「子育てにTVの見過ぎは厳禁! 1日2時間まで!」なんて言わないし。

そして、いつの頃からか、午後7時~7時半の枠は「はじめ人間ギャートルズ」に固定され、エンディング『やつらの足音のバラード』が流れる頃には家族の夕食も済んで、母は台所で洗い物、父は銭湯、子供たちは引き続きTVの前に座り込み、カトちゃんや志村けんのギャグに爆笑すると。

土曜の夜に誰かが欠けることもなければ、定番のTV番組がころころ変わることもない。

その時間、そのチャンネルに合わせれば、いかりや長介が元気に手を上げて、「八時だよっ! 全員集合~!!」と呼びかけてくれた。

番組中盤には、決まって青少年合唱隊があり、お決まりのように志村けんが「東村山三丁目」を歌う。この流れ、このタイミングで、必ずそれが出てくると分かっても、毎回面白くて、土曜の夜はTVを楽しむ為に存在するような感じだった。我が家のみならず、社会全体に。

それでも、子供にもストレスはある。

たくさんの宿題。

いやなことばかり口にする同級生。

新学期のこと。

面倒くさい学級委員に、おもしろくもない学芸会の練習。

カレーが食べたいのに、今夜もまたすき焼き。

洋子ちゃんの家はいいな。夕食の後に、必ずプリンやゼリーが出てくるって。

うちは甘い物厳禁。みかん2個。

段ボール箱の底で腐ってるやん。

おやつは無いんかい。

etc…

そんな中、かまやつひろしが歌う『やつらの足音』は、子供心にやさしかった。

地球上に何も無かった頃――学校も、宿題も、ロッキード事件も、ベトナム戦争も、何も無くて、日が昇れば起き、日が沈めば眠り、誰もが裸みたいな格好でマンモスを追い回していた頃――人々は満天の星を見上げながら、何を考えていたんだろう、と、思いを馳せた。

なんにもない なんにもない まったくなんにもない

生まれた 生まれた 星がひとつ 暗い宇宙に生まれた

星には夜があり そして 朝が訪れた

なんにもない大地に ただ風が吹いてた

くどい修辞ももなければ、力強い思想もない。

ただ淡々と地球が生まれた頃の風景を歌っているだけなのに、目の前に宇宙が広がり、あまりにいろんなものを持ちすぎた人間社会のことを、どこか愚かしく感じたものだった。

生きるって、本当はとてもシンプルで、香ばしいマンモスの肉と、面白い父ちゃん、母ちゃんがいれば、それだけで幸せなんじゃないかと。

そして、いつか人類が滅んでも、太陽は変わらず昇るし、大地には四季が訪れる。

人間、人間と、声高々に叫んだところで、大宇宙の目から見れば、居間に迷い込んだ一匹の蚊に過ぎず、それがパチンと叩かれて死んだところで、宇宙は悼みもしなければ、同情もしない。

物理の法則に従って、淡々と変化するだけだ。

そこには「死」や「誕生」という概念すらなく、人間も1個の原子に戻るだけのことだと。

だとしても、この胸の中には宇宙よりも広い観念の世界が広がり、その価値は、少なくとも自分にとっては、大宇宙よりも尊い。

宇宙の中に「私」が居るのではなく、私の中に「宇宙」がある。

たとえ、宇宙が私の生や死に気付かなくても、今、この一瞬、「我」を思う我は、かけがえのない存在だ。

それがどこから来て、どこに去っていくのか、実体は分からなくても、私の中の宇宙は、あの星空よりも遙かに広大で、時には神のように何かを創りだすことができる。

今ここに存在すること、それ自体が一つの奇跡であり、チャンスだと、つくづく。

当時はこんな言葉で己の内側を語ることはできなかったけれど、ムッシュかまやつの歌を通して感じたのは、大体こういうこと。

「宇宙を感じることは自分を感じること」とは本当によく言ったものだ。

そして、そのムッシュかまやつも世を去り、歌だけが前と同じ調子でPCのスピーカーから流れている。

誰かがUPしてくれたYouTube。こんな気持ちで耳にするとは思わなかった。

著作権侵害は分かってるけど、強制削除しなくてありがとう。この場がなければ、いつか忘れ去られ、新しい時代の人が親しむこともないだろうから。

この曲は、永久に地上のどこかで流れるべきだし、百年後に聞いても、二百年後に聞いても、人はきっと深い感銘を受け、遠い原始の時代や、この星を生み出した宇宙の意図に思いを馳せるだろう。

それは本当に単純な歌詞だけど、私たちが『世界』と認識するものの本質を歌っているような気がする。

CDはこちら。

※ 前にこのテーマで書いたことがあるのですが、私の操作ミスでデータベースから消えてしまいました。時がたってからのリライト。でも、前の方がはるかに良かった……。やっぱ文章は思い立ったその時にぱっと書いたのが一番いいね。

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