やりたい職業がなければ、どうやって生活してゆくか考えよう

たまたま下記の記事を見つけたので、思ったことを幾つか。

【キャリア相談 Vol.40】 高校生、なりたい職業が見つからない

今高校生で来年受験です。でもやりたい職業がなくて、困っています。理系なのですが、選択は物理と化学のため医療系は厳しいです。教育系に進みたいと思っていましたが、自分にそんな実力がなくあきらめました。何をするにも不安で、向いていないと思い込み、なりたいと思えません。また、職業の嫌なところが見えてしまって、すぐになりたくなくなってしまいます。
 私は偏差値50くらいで得意科目は数学や化学です。面倒くさがりでネガティブですが、人と触れ合うのは好きです。小さい子は苦手です。
 なにか向いている職業はありませんか?

これといって、やりたい事もない。

得意な事もない。

夢もなければ、希望もない。

何していいか分からない。

だったら、せめて、これからどうやって生活してゆくか──家賃、食費、光熱費、保険料、等々、この社会で人間一人が生きて行く上で必要なお金をどうやって稼ぎ続ければいいのか、そこにフォーカスすればいいと思います。

高校生にもなれば、この社会で家賃の相場がいくら、月々の食費がいくら、親が年金や健康保険に幾ら払ってる、等々、分かると思います。

そこから、人ひとりが住まいを構えて、三度の食事にありついて、洋服や家具も買って、たまに温泉旅行も楽しめるような生活をするには、幾ら掛かるか。真剣に考えて、自分がそれだけ稼ごうと思ったら、どういう仕事について、どんな風に生活を立てて行けばいいか、具体的にイメージすることですよ。

分からなければ、それこそご両親に聞いてみて下さい。

自分たちの暮らしに、どれだけ生活費がかかっているか、現実を知れば、「この社会で生きて行く」というのが、決して青春ドラマではないことが分かると思います。

そして、その情報を得るための手段は、今、いたるところにあります。

私も高3ぐらいから、しょっちゅう新聞の求人欄や、アパート・マンションの賃貸情報など見てましたけど、それだけでも世間の厳しさが分かりますよ。

ああ、自活って、大変だな。

私にこれだけ稼げるかな。

じゃあ、月々、○○万稼ぐには、どんな手段(仕事)がある?

それは一生安泰?

結婚や出産で戦線離脱せねばならなくなった時、次の一手はどうなる?

「会社やめたらタダの人」にならないか。

何を身に付ければ、自分の一生の糧として、生活を支えてくれるだろう?

夢も自己実現も、宿と三食があればこそ、です。

稀に、「ホームレスから年商100億の社長に!」みたいな人もありますけど、それは本当にレアケース。

多くは、持ち金が尽きると共に、人生も倒壊するんですよ。

「親が金持ち」「有力者の叔父さんがいる」「家賃収入や利子だけで食ってける」等々でなければね。

この自由な社会、何でも持ってるような気がするだろうけど、自分に資本がなければ、労働力を提供して食いつないでいくしかない、そして、労働力を換金できなくなったら、家も、三食も、何もかも失う。

それが現実ですよ。

だから、高校生になったら、そういう現実を認識して、「やりたい職業がない」というのであれば、せめて「これからどうやって食べて行くか」について、具体的に思い巡らせるのが肝要だと思うんですよ。

何がしたい、あれがしたい、の問題ではなく、宿無し、食費なし、では、話になりませんから。どんな大きな志があろうと、です。(親が一生食べさせてあげるよ、と言ってくれるなら別ですが)

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思うに、「生活のために働く」という事が、あまりに軽視されている側面があるのかもしれません。

みながみな、思う通りの職業に就いて、キラキラ輝いて生きてるわけではありませんよ。

だからといって、その人たちが家畜みたいな存在価値かといえば、決してそうではない。

自分の食い扶持を自分で稼いで、家賃も食費も光熱費も自分の懐から出してるだけ、立派ですよ。

これがどれだけスゴイことか、それは自分を養ってくれるモノが無くなった時、そして働かなくては生活できないのに、仕事が見つからない、という状況に陥った時に分かります。

その時には、毎日、当たり前のように青山のスーツを着て、通勤電車に乗って出社する人が、めちゃくちゃ羨ましく見えるでしょう。

そういう平凡の偉大さ、当たり前の偉大さ、いや、この社会においては、この「当たり前」さえも「実は恵まれたラッキーケース」という現実を知れば、夢が、自己実現が、やり甲斐が・・などと言っておれなくなる。

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だから、「心理学を勉強したい」「獣医になりたい」「貿易関係の仕事に就きたい」など、確固たる目標も興味もないなら、せめて、この社会で人ひとりが生活を立てる為には最低でも月に幾らかかるか、そのお金はどうやって稼ぐか、病気や事故で突然失業するようなことになっても続きはあるのか、現実に暮らしを立てるための方策について考えたらいいと思います。

もちろん、北島マヤちゃんみたいに「女優になる為なら、泥水をすすっても生きてみせる!」という気概や情熱がある人は別ですよ。

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ある意味、「やりたい仕事」とか「自分を活かせる仕事」といえるだけ、余裕があるのかもしれません。

完全失業率20%みたいな地域になるとね、日本の若者なら見向きもしないような、小さな個人経営の受付業務にさえ「大卒です!」「バイリンガルです!」みたいな人が20人も30人も押し寄せてくるんですよ。そりゃもう、事務職なんて争奪戦です。何かと揶揄されるスーパーのレジ打ちさえ、なりたい人が列を作って待ってるんですもん。

世界を見回せば、「夢も自己実現も要りません。月給10万円くれたら働きます」という人が、1億人か2億人か、みな口を開いて待ってます。

そして、雇う側も、月10万で文句も言わず、黙々と働いてくれる方がありがたい。

日本で1人のプログラマーに月25万円も払うお金があれば、中進国で、2人、雇えます。

1人のプログラマーを12時間働かせて、やれブラックだ、権利の侵害だ、自分の求めていたものと違う、ブーブー言われるよりは、月10万円で仕事を受けてくれる同品質のプログラマーを2人雇った方がええですよ。

ITに関しては、それがどんどん中進国に流れて、先進国の本社が必要とするのは企画や指導監督ができるエリート数名でOK、あとは月10万円で黙々とやってくれるプログラマーを手持ちの駒のように使いこなし、という構図になってますよね。

それはどの分野でもどんどん加速して、しまいに中進国も先進国もない、ただ「金持ちと中産階級とビンボー人がいるだけ」という「三色ゼリーの世界」になるんだろうな、と思うことしばしばです。つまり、国籍とか人種に関係なく、金持ってる奴は金持ってるし、持てない人はいつまでたっても持てない。実際、私の居住国でフツーにサラリーマンしてる人の年収は、日本でパートをいくつも掛け持ちして、でも食えなくて・・という人の年収を完全に抜いてしまってます。こんなこと、30年前にはあり得ない、考えもつかない、でも、既に下層では逆転が始まってる。前にどなたかがブログで書いておられましたが「ダムに穴が開いたごとく、高い方から低い方に金が流れていく」、そのものです。

そういう将来を見据えれば、もう夢だの、自己実現だの言っておれなくなる、「生活を立てるだけで精一杯」という現実が以前よりも身近に迫っているのが今だと思います。

だからといって、本当に向かない仕事まで無理にやる事はないですよ。まだ、そこまで日本の現状はひどくありません。

でも、一方で、「現実に食べてゆくにはどうしたらいいか」を考えないと、いつかは食いっぱぐれてヒーヒー言わなければならなくなる、あんなつまらない仕事でもやればよかった、と、後悔する日も来るかもしれない。

そうした現実を認識する中で、「じゃあ、私なら、どういう仕事が続きそうか」を考えればいいと思います。

所詮、すべては結果論。

好きなことをして成功した人は「人間、好きなことにチャレンジすべきだ」と言うし、それで足を滑らせた人は「ほら、見ろ、いわんこっちゃない」という話になる。

どんな筋道を辿っても、本当に生き甲斐を掴めるのは、「女優になる為なら、泥水をすすっても生きてみせる!」みたいな人だけですよ。そして、この世では、それほどの目標と情熱がもてるだけで、人生90パーセント充足したも同じなんです。

そうでない人は、せめて堅実に生活を立てることを考えましょう。

意図していたものと全然違ったコースになっても、40歳、50歳になって、ふと日々の暮らしを見詰めた時に、「ああ、世の中、不況だ、なんだで大変だけど、オレの会社は安定して給料も出してくれるし、休みも取れる。住まいもあるし、子供も元気に育ってる。たまに温泉も行くし、王将で飯も食えるぞ。ああ、有り難い。けっこう、よう頑張った」と納得できると思います。

その重みは失った時にしか分からない。そして、失った時には、もう取り返しがつきません(多くの場合)。

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世の中見回せば、キラキラ輝いてる人とか、成功してる人とか、あちこちで持ち上げて、「あなたもやれば出来るわよ」という論調がいっぱいある。
そうならなければ、人生オワリ、みたいな恐怖感もあるでしょう。若い時は特に。

でも、世の中の90パーセントはフツーの人で成り立ってるわけで、その人たちの人生が無意味かといえば、決してそうじゃない。
その90パーセントがこの世から消えたら、物流も、製造も、何も成り立たないでしょう。社長一人でクルマが作れるわけじゃなし。

それを歯車だの家畜だの、軽く見下す方がどうかしてるのであって、神様の視点から見れば、誰の人生にも意味はありますよ。

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そんな凡人にも、星を夢見る自由はある。

一所懸命に手を伸ばせば、いつか掴めるかもしれない。

その希望が、人生の彩りです。

地に足を着けて生きていれば、両手はどこまでも遠くに伸ばすことができるのです。

Photo:http://reelfoto.blogspot.com/2012/09/brian-finke-construction-guys.html

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