書籍と絵画

江戸川乱歩の『芋虫』~老人介護を想う

2011年10月21日

私は、推理小説とか、幻想、耽美ものにはまったく縁がなく、江戸川乱歩も『黒蜥蜴』以外、まったく読んだことがなかったのだけれど、最近、急に乱歩の傑作が読みたくなって、何気に『芋虫 江戸川乱歩ベストセレクション2 (角川ホラー文庫)』と『人間椅子 江戸川乱歩ベストセレクション(1) (角川ホラー文庫)』を購入したところ、第一弾の「芋虫」ですでにギブアップ。グロテスクというよりは、人間の醜悪さに吐き気がして、またトラウマになってしまった。もう思い出しただけで気持ち悪くて、良い意味で「買うんじゃなかった」と後悔。

こんな小説書いて、ご飯が美味しいのかなぁ、乱歩先生。

『芋虫』の内容は次の通り。

時子の夫は、戦争で両手両足を失い、顔にも深い傷を負ってしまった。
耳も聞こえず、口もきけず、まさに「芋虫」のごとく毛布にくるまって、まさに「息をしているだけ」。

そんな夫を三年にもわたって献身的に面倒見ている時子は、周囲から貞淑の誉れのように言われるが、心底はすっかり疲れきり、サディスティックな衝動さえ感じている。

そして、とうとう自分を抑えきれなくなり、時子は思わず夫を傷つけてしまうのだが、その後、夫のとった行動とは……。

*

人類の平和の為、オチは書かないでおきましょう。

*

この小説を読んでいると、どうしても現代の老人介護や看護とダブってしまう。

たとえが悪いのを承知で書くけども、本当に「芋虫」のように、ただ食べて寝て息をしているだけ──自分が人間であることすら認識できず、何百日、何千日という日々を、じーっとベッドで過ごしているお年寄りは少なくないし、それを何年、時には十数年にもわたって自宅で介護している人も、びっくりするほど多い。

それは一時期、訪問入浴のアルバイトをしていた時に感じた。

バスタブを積んだ業務用トラックで近隣の町を回っていると、まさに「ここにも」「あそこにも」状態。

こんな小さなブロックに寝たきり老人を抱えている世帯がいったい何軒あるのかと、空恐ろしさえ感じたほどだ。

誰もが数値で「寝たきり老人、全国に何万人」という事実は知っているけれど、実際、現場を目にすれば、その多さに茫然とする。

今、この瞬間にも、寝たきりの義理親に粥をすすらせ、腰を揉み、オムツを取り替え、褥瘡ができないよう二時間おきに体位を変え、体液の染みだしたガーゼを取り替え、、、と、それこそギリギリの身体的、精神的状態で、介護に当たっている人が何万といる。

傍から見れば、これぞ生き菩薩か、現代のナイチンゲールかと、本当に頭が下がる思いである。

だからといって、皆が皆、世間の称賛が欲しいかと言えば、決してそうではない。

看護婦にしてもそうだが、必要以上に神聖視されたくない、というのが本音だ。

確かに行為だけ見れば立派で尊いかもしれないが、その心中は「逃げたい」「やりたくない」「早く死んで欲しい」etc、決して美しいものばかりではないからだ。

「芋虫」となった夫を面倒見る時子も、そう。

傍目には貞淑で献身的な妻と思われているが、心の底には今にも切れて爆発しそうな疲れと不満、絶望が渦巻いている。

もっとも、この褒め言葉も、最初の間は、彼女の犠牲的精神、彼女の稀なる貞節にふさわしく、いうにいわれぬ誇らしい快感をもって、時子の心臓をくすぐったのであるが、この頃では、それを以前の様に素直には受け入れかねた。というよりは、この褒め言葉が恐ろしくさえなっていた。それを言われる度に、彼女は「お前は貞節の美名に隠れて、世にも恐ろしい罪悪を犯しているのだ」と真っ向から、人差し指を突きつけて、責められてでもいるように、ぞっと恐ろしくなるのであった。

頭ではどれほど「こうあるべき」と分かっていても、人間だもの、苛立ちもすれば不満もつのる。

家族旅行やコンサートといった娯楽はもちろん、買い物一つも気軽に出かけられない生活が何年も続けば、誰だって心が軋んでくる。でも、それを口に出すことはできない。大声でわめきたい時も、ぐっと堪えて、暗い感情を押さえ込む。そんなプレッシャーの中で「永遠に聖母でいられるか」と問われれば、普通の人間なら「否」だ。

なのに傍からは「えらい」「立派」と褒めそやされると、だんだん空々しく感じるようになるし、周りにえらいと思われる分、
自分の醜い感情に対する嫌悪感や罪悪感もいっそう激しくなる。

まるで善行という檻に繋がれた囚人みたいなものだ。

小説『芋虫』の面白いところは、時子=介護者の屈折した心理がストレートに描かれている点で、次の一文も、現場を経験した者なら一度は覚えのある不気味さだ。

眼の他には、何の意志を発表する器官をも持たない一人の人間が、じっと一つ所を見据えている様子は、こんな真夜中などには、ふと彼女に不気味な感じを与えた。どうせ鈍くなった頭だとは思いながらも、このような極端な不具者の頭の中には、彼女たちとは違った、もっと別の世界が開けているのかもしれない。彼は今その別世界を、ああしてさまよっているのかも知れない。などと考えると、ぞっとした。

寝たきり老人も、認知症も、いっそ「人間ではない何か」と割り切ることができれば、気持ちもラクなのだ。

だが、普通の介護者なら「人間の尊厳」というものを第一に考えるし、またそうであらねばならないという世間の常識もある。

まったく意識のない、あるいは正常な認識のない患者に、敬意をもって語りかけることも出来るけれど、それが何年にも及べば歪みも生じてくるだろう。

そうして、時子もついに心の糸が切れ、夫を傷つけてしまうのだが、「芋虫」の夫から出た言葉は意外な言葉だった。陰気な世界に人間の気高さと夫婦愛が垣間見られる瞬間だ。

ラスト、芋虫のように、もそもそと原っぱを這って行く夫の姿は、奇怪ながらも哀れで美しく、最後は「あの音」がドボンと耳に響いてくるかのよう。この後、時子が自由を得て幸せになったかと言えば決してそうではなく、一生涯、「あの音」に苦しめられるのではないだろうか。

「人が、人を看る」ということは、とどのつまり、自分自身と向き合うことであり、相手を死なせたり、苦しめたりするよりも、自分の内なる感情に勝てない方がより深い傷を残す。終わりの見えない介護に対して、介護者が目指す境地は「悔いなく送る」の一点であり、「悔い」が意味するところは「負けずにやり遂げた」という人間の尊厳である。

介護者の努力が報われたかどうかは、周りの称賛や感謝よりも、相手が亡くなった時、その人自身が一番よく理解できるのではないだろうか。

関連アイテム

両手両足を失い、話すことも聞くこともできない帰還軍人の夫。時子は一見献身的に支えながら、実は無力な生き物扱いをし楽しんでいた、ある日時子の感情が爆発し……。表題作をはじめ9本収録。

なんで買っちゃったんだろう・・なんで読んじゃったんだろう……。後悔激しく、時すでに遅し。
この作品のすごい所は、普通人が眼を背けがちな心理をとことんリアルに描いているところ。
芋虫人間のグロテスクな描写より、時子の陰惨な内面の方がよっぽどコワイ。
今、介護してる人は、絶対読んだらだめ。
立ち直れないかも(泣)

世界を震撼させた受賞作『パノラマ島綺譚』に続き、漫画界の魔神・丸尾末広が再び挑むは、巨星・乱歩の全作中…いや、日本文学史上、最凶の問題作。妖美極まる驚愕の画力で描く、比類無き怪奇と戦慄に満ちた、愛欲の地獄。

乱歩の小説は、所々、ボカシ(点線)が入って、何がどうなってるか、言葉で100パーセント説明していません。
それを鬼才・丸尾が生々しく……もう、見るまでもなく、内容が伺い知れます。
これも生涯のトラウマになりそうな一冊です。。

Photohttp://ameblo.jp/masaki0718/image-10376699646-10291120992.html

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