Notes of Life

地下室の図書館 心の遍歴との再会

2010年5月23日

3月から寝室に置きっぱなしにしている梱包材をアパートの地下室に収納するため、久々に倉庫を開けた。

倉庫といっても、1畳ほどの小さなスペースで、そこにはありとあらゆるもの(クリスマスの飾りとか、使わなくなったベビーカーとか)が所狭しと積み上げられている。

ここはまた私の図書室でもあり、居間の本棚に入りきらない蔵書(というほどのものでもないが)が、これまた何箱にもわたって収納されている。

それに時々、対面するのが、私の密かな楽しみなのだ。

実は、日本からポーランドに移住する時、一番、送料を食ったのが『本』だった。

独身時代、せっせと買い集めたワードローブ……中には10万円近いスーツやコートもあったけど、そういうのも全部処分して(真っ黄色のシャネル風スーツとか、大きな花柄のボディコン膝上ワンピースとか、フェイクファー付きの真紅のコートとか、ポーランドの田舎町には似合わぬ派手さ)、まさに「柳ごおり一つ」で嫁いできたわけだけど、本だけはどうしても処分する気になれず、何箱もの船便にして送ったわけだが、それでもブックオフに泣く泣く手放したものも数知れず(主にマンガ本)。

何十冊もの愛読書を受け取りカウンターに積み上げた時、いっそ彼氏(夫)とは別れて、ポーランドに行くの止めようか、と心底思ったぐらいだ。本屋も図書館もTSUTAYAも、私にとっては心の生命線みたいなものだったから……。

それだけに、苦心してポーランドに持ち込んだ蔵書には、どれも本当に深い思い入れがある。

今も繰り返し読んでいる「白い巨塔」「華麗なる一族」「人間の証明」。

一時期、夢中になった曾野綾子。

躓いてばかりだった独身時代を支え、未来を切り開いてくれた美輪明宏。

今じゃ見るのも恥ずかしい加藤締三とか、ジョン・グレイとか。

一冊一冊にドラマがあって、当時の気持ちが懐かしく思い出される。

バカなりにも幸せだったし、本当に充実していたと思う。

土日なんか、コンビニ弁当を友達に朝から図書館に入り浸り、帰りにTSUTAYAに寄って、夜は映画三昧。

人に話せば「暗い」「若い娘の休日の過ごし方じゃない」とか言われたけども、素晴らしい本や映画に出会えた時は最高に幸せだったし、この楽しみが犠牲になるぐらいなら一生独身でもいい、と本気で考えることも多かった。

それだけに、「俺様コレクション」の中から厳選されてポーランドに持ち込まれた本の数々は、まさに生命の源というか、日記やアルバムにも勝る人生の記録であり、心の遍歴なのである。

そして、今日も、「ちょっとだけ」のつもりが、カビ臭い、冷たいコンクリートの上に腰をおろし、ついつい読み耽ってしまった。

外で子供達が「ママ! ママ!」と呼んでいる。

こんな時に呼んでくれるな、今、ママは休業中だ。

しょうがないから、数冊、ボックスから持ち出した。

改めて読み返したいと思ったのは、次の7冊だ。

まず『新約聖書 福音書 (岩波文庫)』。

ポーランドといえばキリスト教、これほど生活や文化に密接している国もそうないと思う。

しばらくイエス・キリストの言葉を日本語で聞いていないので、懐かしくなってしまった。

『聖書』と言えば、それこそ無数の翻訳があり、真のクリスチャンでない者には表現があまりに神がかって、ちょっと受けつけがたいものも多い。

その点、岩波文庫は、歴史的文学としてのスタンスを取っており、昭和30年代の古めかしい言い回しも私のお気に入りだ。

同様のものに『新約聖書 共同訳全注 (講談社学術文庫 (318))』がある。
こちらも非クリスチャンに強くおすすめの一冊である。

福音書を呼んだら対で読みたくなるのが『旧約聖書 創世記 (岩波文庫)』。
こちらも新約聖書とスタンスは同じ、文学的表現が素晴らしい。

となると、『ギリシア・ローマ神話―付インド・北欧神話 (岩波文庫)』も続きで読みたくなるんだ。
ギリシア神話に関しては、やはり岩波が一番美しい。

ふと思い出して手に取ったのが、『こけたら立ちなはれ』。
日本経済の立役者であり、三洋電機相談役、後藤清一さんの心温まるサラリーマン・エッセイだ。
今時「努力」とか「辛抱」とか「誠実」とか、古臭いと一蹴されそうだが、なんだかんだでやっぱりここに落ち着く。

ついで読みたいと思ったのが城山三郎の『人生の流儀』。
機会があれば、城山さんの小説もじっくり読んでみたい。
サラリーマンがサラリーマンらしかった時代の話かもしれないが。

なぜか『ショパン (新潮文庫―カラー版 作曲家の生涯)』も持って来てしまった。
初めてポーランドを訪れた後、本屋で衝動買いした一冊だ。
実は言うと、ショパンには全然興味がなくて、「なんでみんなあんな弾きたがるんだ」なぁんて思ってたけども、ポーランドに来てからいいと思うようになった。

二人の子供もだいぶ大きくなって、今では、彼らが砂場で夢中になっている間に、ポケットに突っ込んだ一冊を読むぐらいの余裕は持てるようになった。

コンビニの冷やし蕎麦をすすりながら図書館で借りた本を片っ端から読み倒す日も楽しかったが(すいません、お行儀悪くって)、遠くで子供の笑い声を聞きながら、独身時代にお世話になった本を読み返すのもまた楽しいものだ。

うん、そうだな、トータルすれば、本を枕に野垂れ死にするより、多少の不自由に目をつぶっても、こっちの選択で良かったのかも、と、しみじみ。

私が死んだら、この山のような本は──今も時々日本からお取り寄せしているので、ますます増えていくと思うが──、できれば子供に遺産として残したいと思うけども、彼らが「白い巨塔」を読みこなすほどの日本語力を持てなかった場合は、ポーランドの大学の日本語学科に寄付する予定ではある。

ほんと言うと、あの世でも退屈しないように、全部棺桶に入れちゃってよと言いたいところなのだが、そんなことをすると蓋が閉まらないし、土になるまで時間がかかり過ぎて、我が家の墓だけ巨大な山になりそうじゃない(笑)

そんなわけで、まあ、寄付することになると思うけども。

それにしても、あの世にも、本屋と図書館とTSUTAYAはあるのかね。

無いなら、天国でも行きたくねえわ、と思う。

そもそも、痛みも苦しみもない世界なんて、面白いのか?

この世の方が絶対面白い。

そんでもって、この世で生きている限りは、いろんな本が読みたいし、映画も音楽もいっぱい楽しみたいと思う。

魂が求めるままに・・。

You Might Also Like