子育てコラム

そのプレ虐待は、きっと止められる!

2009年1月21日

年子育児が一番つらかった「3歳&1歳」の頃、繰り返し読んでいた本に、

『どうしても感じてしまう 子育てストレス みんなどうしているんだろう?』

(主婦の友編集部・編 / 主婦の友社・発行)

というものがあります。

この著書は、読者さんとのインタビューを元に編集されたもので、そこに紹介された体験談は、どれも生々しいものばかりでした。

「子供の頭に茶碗を投げつけ、病院で縫わなければならないほど深い傷を負わせた」
「専業主婦をしていると、自動車教習所の先生に叱られることさえ新鮮に感じる」
「内気ゆえに爪かみしている子供を見ていると、自分を見ているようで、余計に歯がゆく感じた」

……etc。

みんな、子供の幸せを願って産んだはずなのに、まるでタガが外れるように、一つ、また一つと、理性の留め金がはじけ飛び、まるで狂ったように我が子に八つ当たりしてしまう気持ち、私にはよく分かります。

私はたまたま他の部分で恵まれていたのと、「40代の分別」というものを持っていたから、そこまで至らなかっただけで、経験した苦しさは同じものでした。

一口に『育児ストレス』と言っても、「母と子」一対一の世界でストレスを感じている人は少数で、実際には、「無理解・非協力な夫」「口うるさい姑」「ママ友間の競争」「自分の人生に対する焦り」など、諸々のものが重なって、疲れが臨界点に達した『複合汚染』が大半だと思います。

母親一人がどれほど精神的努力を重ねたところで、汚染の元が二つも三つもあれば、とても収拾がつかないし、状況によっては個人のキャパシティを完全に超えているようなケースもあると思います。

ストレスの話になると、「一時保育を利用したら」「地域の専門家に相談して」というアドバイスが出ますけど、週に1~2時間、美容室に行く時間が確保できたぐらいで根本的な疲れは取れないし、保育料も結構しますから、普通の専業主婦ならかえって無駄や罪悪感に感じ、「私が辛抱して、その分、学資保険にでも回した方がマシ」と考えるのではないでしょうか。

また、「地域の専門家」と言っても、見ず知らずの相手に「子供を叩いてしまうんです」とは切り出しにくいもの。「かえって説教されるだけではないか」と二の足を踏んで、このまま我慢する事を選んでしまう人も少なくないのではないか、と想像します。

それに、児童館のような公共スペースも、バスをいくつも乗り換えて行くような場所なら、行き帰りのことを考えると億劫にもなりますよね。(子供を連れて歩くことが、かえってストレスになってしまう)

ストレスに苦しんでいる人は、一時的な「逃げ」が欲しいのではなく、

日々の絶対的な仕事量を軽減し、ゆっくり心と身体を休めたい。

誰かに優しくいたわられ、ボロボロになった心をきれいに縫い合わせて、笑顔を取り戻したい。

汚染の元になっている「夫の無理解」や「姑の干渉」などから自由になって、根本的なところから解決したいのだと思います。

それにはやはり、人生のパートナーであり、父親である夫の支えと協力が不可欠だし、そこを飛ばして、一時保育やベビーシッターで気晴らししても、心の重いつかえはとれないのではないでしょうか。

そうして、自分を騙し騙しで頑張って、子供の泣き声を聞いただけで、全身の血が煮えたぎりそうになる母親が、ついに臨界点を越えてやってしまうのが、「叩く」「なじる」「無視する」といった問題行動──そこに至るまで時間はかかりません。

そして、こういうことは一度自分に許してしまうと、歯止めが利かなくなるものなのです。

一度やったことは二度、二度してしまったことは三度、繰り返すことにどんどん慣れてしまって、自己嫌悪感もいっそう深くなってしまうんですね。

とはいえ、大半の人は、「プレ虐待」の予備軍であり、いつでも引き返せる地点で煮詰まっているに過ぎません。

たとえば、夫の「ありがとう、ごくろうさま」「俺が半日ほど見てるから、百貨店でも行っておいでよ」の一言で、今までマイナス・エネルギーだったのが、一気にピンク色に輝く女性もいっぱいいると思います。

それに、多くの育児ストレスは期間限定。

「食事をちゃんと食べない」とか「オシッコを言わない」とかいう諸々の問題も、後から振り返ってみたらほんの数ヶ月のことだった──というのが大半ですから。

ちょっとしたことがきっかけで好転するケースも多いでしょう。

だから、自分が「プレ虐待」の状態にあると気付いても、決して悲観せず、これはいつか抜け出せるトンネルなのだと、希望を持って欲しいと思います。

私も一番つらかった時、「こんな状態があと何年続くのだろう」と暗澹たる気持ちになることが多かったですが、今、振り返ってみると、ストレスMAXの時期って、やはり数ヶ月だったと思います。
その数ヶ月の間にも、「オシッコは成功するようになった」とか「大嫌いなお肉が食べられるようになった」とか、やはり進歩はしているんですよね。

私が「抜けたな~」と感じたのは、上の子が、近所のお友達グループに入れてもらって、子供同士で遊べるようになった頃でしょうか。

最悪だ、最悪だ、と思うことも、最悪だと思い悩んでいるうちに、時が解決してくれることもある──それが育児の醍醐味だと感じました。

私たちは、いつまでも床に寝そべって、ギャーギャー泣き続けるハムスターを相手にしているのではない、日に日に成長する『人間』を育てているんですから。

とはいえ、最悪の時には、最悪なりに、やはり『ケア』は必要なのですよ。

たとえば、育児の悩み相談で、

「つい子供を叩いたり、なじったりしてしまうが、夜になって、子供の寝顔を見ていると、涙がこぼれて、『ごめんね』と謝る」

というものがありますよね。

そして、それに対し、

「お母さんも人間なんだから、感情的になっても仕方ない。根本的に愛情があれば、きっと大丈夫」

といったレスが付くことがありますが、だからといって同じことを繰り返し続けていいのでしょうか。

本当に子供は母親の愛情を理解して、殴られながらも、「ボク、幸せ」なんて思うのでしょうか。

それに対して、ずばり回答しておられるのが、『親力』で有名な親野智可等先生です。

こちらは、ベネッセの教育サイトに載っていた育児相談に対する回答です。

親野先生の教師時代の痛烈な失敗(クラス全員にそっぽを向かれる)をベースに書かれているだけに、非常に説得力があります。

http://benesse.jp/blog/20080909/p1.html

(全文読むには会員登録が必要です。無料ですが、ちょっと手間かかります^_^;)

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「よくないとわかっているのに感情的に叱ってしまう」「今日こそ怒らないようにと思いつつ怒ってしまう」「頭ではわかっているのに自分をコントロールできない」
親のそういう声をたくさん聞きます。
「わかっているならやめればいいのに」という人もいるかもしれませんが、それがなかなかできないのです。
何度反省しても同じ過ちを繰り返してしまう、頭ではわかっているのに自分を変えられない、それが人間というものなのかもしれません。

私の経験からはっきり言わせてもらいます。
なぜ、変えられないかというと、それは本当に心からわかっていないからなのです。
その行為のもたらす結果がどのようなものか、それがはっきりわかっていないからできないのです。

このまま子どもに対してイライラして叱ったり怒鳴ったり、自分自身の勝手なエゴで子どもによくないと頭でわかっていることをし続けていれば、その結果、どういうことになるのか?
それがはっきりわかっていないのです。

でも、このままいけば、本当につらく悲しい結果になる可能性は高いと私は思いますよ。

子どもが小さい時は、それほど結果が表れないのです。
小さい子どもは本当に無力で、親にすべてを頼らなくてはならないからです。
でも、子どもはいつまでも小さく無力でいるわけではありません。
成長して力がついてくるにつれて、結果が表れてくるのです。

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『なぜ、変えられないかというと、それは本当に心からわかっていないからなのです。』

まさにその通りだと思います。

「根っこは愛しているから、叩いても許してくれる」

「根っこは愛しているから、「出て行け」となじっても、いつか親の愛を分かってくれる」

そんなものじゃないですよね。

だからこそ、母なる人は、母の自覚を持って、しっかり頑張らなければならない──

ではなく、

『今の状況をストレスに感じるなら、どんな手を使っても、解消につとめなければならない』

それが私の主張です。

叩いて、なじって、「ゴメンネ」と涙に暮れるているバヤイではないのです。

母親が幸せな気持ちで育児に取り組めるコンディションを整えることは、子供に生活習慣や社会のルールを躾けるるのと同じくらい大切なことだと思います。

その為には、夫と戦争する必要があるかもしれないし、姑に反撃のノロシをあげなければならないかもしれない。

子供の学資保険はひとまず横に置いといて、自分の時間を確保する為にお金をかける必要があるかもしれないし、とにかく誰かの物理的・精神的サポートを得て、今の状況を大きく変える勇気が必要な時期に来ているかもしれません。

いつもいつも子供と向かい合うだけが育児ではないです。
自分の内なるものと向かい合い、母親としての自分を好ましい方向に向けていくのも、育児の一環にちがいないです。

そして、思いつく限りのことをやって、ストレス解消に努めることが、プレ虐待に置かれた子供達にとっても大きな救いになるのではないでしょうか。

プレ虐待は、きっと止められます。

お母さん自身が「何とかしなければ」と心を決め、救いを求めて立ち上がれば、夫にエクスキューズしたり、公的サポート機関にダイヤルする勇気をきっと湧いてくると思います。

そして、それが、今、子供達にできる最大の愛の証だと、考えてみて下さい。

世間は、あなたが思っているほど、あなたのストレスに対して無理解ではありません。

きっと助けは得られるはずですよ。

親にとって、すべてのことは、いつか「佳き思い出」になりますが、子供にとっては必ずしもそうではありません。

「このままでは本当にだめになってしまう」と気付いたら、本気で行動を起こして、一日も早く「優しく明るいママ」を取り戻して欲しいな、と願っています。

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