映画『風と共に去りぬ』 ~もう二度と泣かない~

不朽の名作『風と共に去りぬ』は第1部と第2部から構成されている。

エンディングとしては、スカーレットの最後のセリフ、『Tomorrow is another day(邦訳:明日に望みを託して)』が圧倒的に有名だが、私は、焼け落ちたタラの廃墟から立ち上がり、『もう二度と飢えに泣きません』と誓う第1部の方が好きだ。

南北戦争の終盤、炎に包まれるアトランタから決死の脱出を試み、ようやく故郷タラに帰りついたものの、愛するアシュレイの家は無惨に焼け落ち、彼の両親もすでにこの世の人ではなかった。

スカーレットの家は、北軍に司令部として使われたこともあって、ようやくその姿を留めていたが、財産も、食糧も、家畜も何もかも北軍に奪われ、彼女に残されたものは、母の死のショックで廃人のようになってしまった年老いた父親と無力な二人の妹、半病人のメラニーと赤ん坊だけであった。

食べる物もなく、力になってくれる人もなく、途方に暮れながら庭を歩いていると、土に埋もれた、ひからびた大根が目に入る。

ひもじくて、やるせないスカーレットは、貪るようにそれを口にするが、あまりの不味さに吐き出してしまう。

そして一度は突っ伏し、激しく号泣するが、ここで生来の強さが頭をもたげ、彼女を再び奮い立たせるのだ。

「As God is my witness, I will never be hungry」
(神様を証人に誓う、もう二度と飢えに泣きません)

家族にも飢えさせません。

その為には、騙し、盗み、人をも殺すでしょう。

私は神様に誓う、もう二度と飢えに泣きません!

それまでスカーレットは親の庇護のもとにぬくぬくと育ち、愛や結婚の何たるかも知らず、アシュレイという偶像を盲目的に追いかける、箱入りのお嬢様だった。

しかし、戦争で何もかも失い、彼女の大きな保護者だった父親さえ病気で当てにならないと分かると、自立した一人の女として目覚め、現実の人生と闘い始める。

「その為には、騙し、盗み、人をも殺すでしょう」という言葉は、まともに取れば非人道的な表現ではあるが、ここで宣言されているのは、子供じみた世界観との訣別である。

彼女は、現実世界に打ちひしがれて、子供のように自らを哀れむことよりも、世の不条理をしっかと見据え、勝ち抜くことを選んだのである。

泣いても、その頬に涙を残さないスカーレット。

地に這うような絶望を味わっても、何度でも立ち上がる誇り高さと、愛に関しては愚かしいほどの鈍感さが、スカーレットの魅力を永遠のものにしている。

「タラに帰って、レットを取り戻す方法を考えましょう。Tomorrow is another day(明日に望みを託して)」とにっこり微笑む彼女に、「敗北」の二文字は無いのだ。


§ 【初稿 ~メルマガ「Clari de Lune」より】

「風と共に去りぬ」第一部ラストのスカーレットのセリフは、

≪ I’ll never be hungry again ≫

「二度と飢えに泣きません」でした。

前回、I’ll never cry for hungry って書いてたのは誤りです。

ごめんなさい。m(__)m

ところで、あの大作の「一番最初に書かれた一文」って、どこの箇所かご存知ですか?

スカーレットとレットの別れの場面に出てくる

『彼女は二人の男を愛しながら、ついにその二人とも理解しなかった』

だそうです。

不幸にして別れた前夫への想いと、再婚した夫への想い……つまり自分自身の言葉が、あの大作の萌芽となったわけですね。

私は、【初めにスカーレットありき】の作品――キャラクター先導型――だと思っていたので、ちょっと意外でした。
(作者の意図とは関係なしにキャラクターが意志を発し、作品を引っ張っていくパターン )

マーガレット・ミッチェルいわく、物語の主題は『Survive』――生き残る――ということ。

風が一瞬にしてすべてを打ち崩しても、スカーレットのように立ち上がるか、地面に突っ伏していつまでも泣き続けるか、人間のとる道は二つに一つです。

社会の情勢は、これからまだまだ厳しくなるでしょう。

人間も、生き残る気力のある者とない者がふるいにかけられ、どんどん淘汰されていくかもしれません。

ある意味で、21世紀は、誰もが餌にありついて生きて行けた20世紀と違い、「個」の力が要求される、より厳しい時代になるのではないかと思います。

究極、自分の財産とは、「知」に他なりません。

知識の有無や、成績の良し悪しではなく、物事を感じ、考え、創造していく「知」の力が、人間を引っ張っていくように思います。

たとえ家財を失い、仕事を失い、健康を失っても、一度自分の身に備わった「知」だけは絶対に無くなりません。

また他人が奪うこともできません。

見栄を張らなければ、人間は「知」を武器に、どんな状況下でも生き抜いていけるのです。

人が我が身を嘆いたり、投げやりになったりするのは、結局、”見栄っ張り”だからだと思います。
栄えある過去や他人の成功と自分を見比べて、”勝った・負けた”の比較をするから、ミジメになるんですよ。
つまらんプライドなんか捨てて、裸の自分に絶対的な自信をもてば、何をやっても生きていけるような気がするのだけど……

原作も映画も、ラストのセリフは、

Tomorrow is another day

直訳すれば、『明日は、また別の日』 。

日本語翻訳では『明日はまた明日の陽が照るのだから』、映画の字幕では、『明日に望みを託して』なんですよね。

私は従姉から、『明日は明日の風が吹く』だよ、と教えられていたので、原文を知った時には、”全然ちがうがな~”と、ちょっとムカついた。

翻訳も、言葉一つで全然印象が違ってくるから責任重大ですけど、とてもやり甲斐のある仕事ですよね。

映画なんか観てても、英語のセリフと、戸田奈津子ちゃんの字幕が微妙に違ってて、≪そうか、なっちゃんはそう解釈するか≫って感じで、けっこう面白いです。

私は中学生の頃、子供向けの英訳絵本【幸福な王子(作・オスカー・ワイルド)】に挑戦したことがあるけど、英語には英語の味があって、簡単に日本語に置き換えられるものではないなあと実感しました。

一番、印象的だったのは、宝石も金箔も、何もかも貧しい人に分け与え、みずぼらしい銅像になってしまったにもかかわらず、王子の心が『bright』になったという箇所でした。

直訳すれば、「明るい」「輝く」「晴れやかな」という意味ですが、その『bright』という言葉に触れた時、胸の中が鮮やかに照らされるような感動を受けたのです。

それは日本語ではとても言い表せない「眩しさ」でした。

王子とツバメのやり取りは、すべて夜の中にありました。

語り合うのも『夜』、貧しい人々に財宝を届けるのも『夜』――『夜』の意味する所は、「王子の悲しみと償い」、「南国に焦がれるツバメの淋しい希望と密かな友情」、そして、「下町に暮らす人々の悲しみと苦しみ」ではないかと思います。

だけど、『bright』の一言で、夜は一瞬にして光に変わりました。

自分のすべてを貧しい人々に分け与えた王子の心と、自分の希望を先延ばししても王子に仕えたツバメの心、そして恵みを受けた人々の心が、『夜』の暗闇から解き放たれ、光の中へ導かれていったような印象を受けたのです。

オスカー・ワイルドが書きたかった「この一言」は、もっと別の言葉だったかもしれないけれど、私には『bright』が物語の花のように感じられました。

そして、その時思ったのです。

「やっぱり外国の作品は原語で読まないとダメだなあ」って。

良い訳もたくさんあるけれど、やっぱり作品の本質に近づこうと思ったら、原語で言葉の響きとニュアンスを味あわないと……。

そう思って、フランス語の習得に挑戦したことがあったけど、あまりの難しさに途中で投げました。

あれは独学ではかなりシンドイです。

マスターしたら、ランボーやプレヴェールの詩をかっこよく朗読したかったのだけど……。

また機会があれば、習いに行きたいですね。あとドイツ語も。

Tomorrow is another day.――

皆さんなら、どう訳しますか?

記:99/05/30

§ 希望はあれど、愛は終わった

こちらが、感動のラスト。
メラニーが息を引き取り、アシュレイの腕の中で泣き崩れるスカーレットを見て、レット・バトラーの愛はついに醒めてしまいます。
スカーレットは、その時に、「アシュレイが本当に愛しているのはメラニーであって、私じゃなかったんだ、私はずっと幻を追ってきたんだわ」とようやく目を覚まし、自分にとって本当に大切なのはレットだということに気が付きますが、彼の姿を追って家に帰った時には既に遅し。
レットは彼女と別れる為に荷造りを始めていました。
彼を何とか引き留めようと、スカーレットは、「今、やっと分かったの、あなたを愛しているわ」と告げますが、レットの気持ちは変わりません。
最後、玄関口で、「あなたが居なくなったら、私はどうすればいいの」と泣きすがるスカーレットに対し、「Frankly,my dear,I don’t give a damn(オレの知ったことか)」と言い捨てて、出て行くレット。
(damnは、永遠の罰とか、地獄に落とすといった、非常に激しい意味があります。公開前、このセリフを入れるかどうか、制作サイドはずいぶん迷ったそうです)

茫然とし、階段に突っ伏すスカーレットに聞こえてくるのは、父やアシュレイの言葉。
「タラこそ、君の命だ」
(原作では、第1部のエンディングの前、戦争で何もかも失って、力無くベッドに横たわるスカーレットの耳に、彼女の誇り高きアイルランドの祖先が幻の声となって彼女を励ます場面があります。映画には出てきませんが、原作を読めば、この二つの場面が密接に繋がっていることが分かります)

すると、ここでも生来の強さが頭をもたげて、「そうよ、タラに帰りましょう。帰ってから、レットを取り戻す方法を考えましょう」と希望に瞳を輝かせるスカーレット。

Tomorrow is another day.

この名セリフで幕を閉じます。

近年、アメリカの作家によって、続編『スカーレット』が公開されましたが、私は読んでないです。
(最近になって、『レット・バトラー』という第二の続編も登場しましたが・・)
私の中では、スカーレットの物語はここで終わりなので。
レットとの愛も終わったんじゃないかな……というのが、淋しいけれど、私の結論です。

§ 『風と共に去りぬ』に関する書籍など

いまだ色褪せない不朽の名作。
第二次大戦下、慰安に向かうアメリカ軍機を撃ち落とした日本軍は、機内に残されていた二本のフィルムを持ち帰り、上層部だけで極秘に上映した。
その一本が「風と共に去りぬ」で、もう一本がウォルト・ディズニーの「ファンタジア」だった。
この作品を見た日本軍の上層部は「この戦争は負けた」と覚悟したという。
日本が食べる物もなく、着る物もなく、瀕死の状態で戦っている一方で、アメリカはこんな華麗な映画を作って、アトランタ炎上のシーンを撮影するために、ガンガン石油を使っていたのだから。
そんなエピソードが今に語り継がれるほど完成度の高い豪華大作。

言わずとしれた世界名作文学の金字塔。
「聖書」についで、世界で最も読まれている歴史的ベストセラー。
映画だけでも十分楽しいが、原作を読めば、さらに踏み込んだ登場人物の心理や人間関係、歴史的背景や当時の価値観が理解できる。ファンでなくても一度は読むべき名作。

より作品への理解を深めたいなら、オリジナルの英文を紹介しているこちらがおすすめ。
『細かいシーンの解説やシーンごとの会話が良く説明されてあり、この本を読み終えた後に、映画を見ると、ヴィヴィアンリーや、クラークゲーブルの演技力の高さを改めて感じ取ることができる。(Amazon.comより)
映画のシナリオからは味わえない、マーガレット・ミッチェルの本物の魅力に触れてみて。

初稿:99/05/30

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