子育てコラム

親としての義務と責任

2005年12月16日

久しぶりに、美輪明宏さんの「地獄を極楽に変える方法」を読みました。

タイトルはおどろおどろしいのですが、女性誌に寄せられた人生相談を基に編集された本で、美輪さんの機知と叡智に富んだ回答を拝見することができます。

この本は前から繰り返し読んでいるのですが、今回は、その中で、24歳の若いママの悩み――

「数年前、出会い系で知り合った既婚男性と不倫し、現在は、夫とやり直しています。自分を高めるために外で働きたい、勉強もしたいのですが、夫は、『また浮気するつもりだろう』と疑って、取り合ってくれません」――

に対する回答に、いろいろ考えさせられました。

美輪さんの回答を要約すると、

つまり、物事には、なんにでも優先順位というものがある、「自分の生き甲斐がないとイヤ」「精神的な充実が欲しい」という前に、「私は二人の子供の親になったんだ」という現実から目をそらさずに、親としての責任を果たすことが先ですよ。

あれをしたい、これもしたい」という欲望の優先順位ばかりで、「これをしなくてはならない」という、義務や責任の優先順位をまったくおろそかにしているのが、今のあなたです。

……これって、ほんのちょっと前までの、私のことだわー、と思いました。

子供が産まれてこの方、自分の時間とか、労力とか、子育てに吸い取られていくものばかりに目が行って、親としての義務とか責任とか、強く自覚したことがありませんでした。

子育ても、家事も、決して、おそろかにしている訳ではないけれど、何となく、心のどこかに、「自分だけが損してる」みたいな損得勘定があって、夫だけが生き生きと仕事をし、自分の人生を生きているような、そんな妬みを感じることもしばしばだったのです。

親としての『義務と責任』なんて、分かっているようで、分かってなかったなあ、と。

今さらのように思います。

私が高校生になった頃からでしょうか。
やたらめったら「受験戦争」の弊害が叫ばれるようになり、「個性重視」とか、「自分らしさ」とか、いわゆる自分主義的なものが取り沙汰されるようになりました。

もちろん、それはそれでいいのですが、反面、「自分の○○」という自分第一主義が一斉に浸透したような気がします。

私も、自分主義を引きずって、「結婚しても、自分らしさ」「子供を産んでも、自分らしさ」みたいな、『自分、自分』ばっかりで、「そんな自分って、何者なのさ」というぐらい、自分の夢とか時間とかに、必要以上にこだわり続けてきました。

でも、人生のある時期には、自分のことは後回しにして、人のために尽くさなければならない時もあるんですよね。

それを「損」と考えるか、「当然のこと」と考えるかは、その人次第だと思います。

その続きで読んだ本、『祇園の教訓』には、こんな一説があります。

でも内心、私は内向的な性格で人前に出るのが嫌だったのです。
今思えば、自分の性格とは逆な仕事をしてきてよかったと感じています。

私は本来怠け者なので、自分の好きなことをしていると何時間でも何年間でもズルズルとそれに集中してしまい、何にもなれず、「周囲のことなどどうでもよい」と思うようになっていたでしょう。
また、自分の事だけを考えるような人間になっていたと思います。

自分の好きなことをして生きる。

それもまた人生かもしれませんが、私には、そうすることが自分の人生にとってよい結果が出るとは思えませんでした。
何でも自分で決めて生きてきたように思っていますが、本当は、どこかで決められていた人生なのかもしれません。

初めてこの一説を読んだ時、私はすごいショックを受けたものでした。

なぜなら、私は、「自分の好きなことをして生きる」というのが最高の人生だと思っていたし、それが絶対的に正しいと信じて疑わなかったからです。

それだけに、「私には、そうすることが自分の人生にとってよい結果が出るとは思えませんでした」という一説が、重く響いたんですね。

もちろん、自分の生きたい人生を諦める必要はないけれど、でも、それだけに囚われれたら、本当に大切なことを見失ってしまうのではないか、と。

時には、定めのまま、求められるままに生きることも必要なのだということを、最近、考え始めています。

もし、私が結婚しなかったら――

あるいは、日本に住んで、出産が済んだらさっさと看護職に復帰して、それが当然の生き方と考えていたら――

多分、こういう気付きはなかっただろうなと思います。

そういう意味でも、人生の一時期には、自分の思わぬ方向に従って生きてみるのもいいのかもしれません。

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