子育てコラム

なぜ育児を『頑張って』しまうのか

2009年10月8日

先日、あるブログを読んでいて、つくづく感じたこと。

それは、なぜそんなに育児を「頑張って」しまうのか、という事だ。

悩みの内容はしごく真っ当。

子思いの母、育児に熱心な母であることが、ありありと分かる。

でも、「いい子に育てたい」「きちんと子育てせねば」──というその気持ちが、子供にとっては重荷なんじゃないの? ……と思ってしまった。

私なんか、読んでいるだけで、疲れちゃったよ。

考えておられることは大変立派だし、子供思いなのも分かるけど、これがもし自分の親なら、「そんなにジクジク考えないでよ。今の私になにか不満でもあるわけ?」と思うかも。

そもそも「いい子」って何だろう。

グズらない、ダダこねない、人に迷惑かけない、etc。

何でも一人でできて、物分かりのいい、お行儀のいい、明るい、健康的な子供を言うのだろう。

でも、それが全てだろうか。

そうじゃない子は、「ダメな子」なのか。

自分の子供が「ダメ」の部類に属したら、親であるあなたも「ダメ」だと思ってしまうのか。

別に、「いい子」に育たなくてもいいじゃないですか。

それなりに、挨拶もできて、ご飯も食べて、他の子と一緒にお遊戯も出来て、10分ぐらいなら、おとなしく電車の中で座っておける子供なら、及第点じゃないんですか?

それ以上に、何か要求すべきことがあるんでしょうか。

「こうでなければならない」という決まりでもあるんでしょうか。

よそのお子さんが、そんなに羨ましいですか。

「いい子に育てたい」という気持ちは、裏を返せば、「いい子になれ」と要求しているのも同じ事。

そのプレッシャーを感じるから、子供だってしんどくなるのでは?

「アホでも、いい子。可愛い子」と思ってもらえる子は、それだけで幸せ。

癇癪もちでも、成績悪くても、引っ込み思案のいじめられっこでも、ありのままを受け入れていく以外に親子が生き延びる道はないと思うんだけどな。

「いい子」幻想みたいなものを手放さないと、窒息しちゃうよ、お互いに。

You are here

エッセー > 子育てコラム > なぜ育児を『頑張って』しまうのか