学研の「科学」と「学習」休刊に寄せて

私も今風に言えば「早期教育」で育ったクチだった。

といっても、幼稚園に上がる前からベビースクールやキッズ英会話なんかに通っていたわけではない。

『年子の妹』だから、「何でもお姉ちゃんと一緒でなきゃ、イヤ!」。

たったそれだけの理由で、本も、オモチャも、七五三までも、一つ年上の姉に併せて与えられてきたのだった。

余談だけど、七五三の時の親の言い訳はケッサクだよね。

私「まだ五歳になってへん。私の七五三は来年ちゃうの?」

親「来年五歳になるから、今年行っといたらええねん」

私「お姉ちゃんは、来年、六歳やで」

親「お姉ちゃんは、今、五歳やろ。だから、あんたら一緒でええねん」

私「……(意味不明)」

かような流れで、姉が小学校に上がり、四月からさっそく「学研の学習」を始めたのに併せて、私も幼稚園年長さんながら「学研の科学」を購入。

隣の町内に住む「学研のおばちゃん」が毎月「学習」と「科学」を届けてくださると、お互いに付録を見せ合いながら、時の経つのも忘れて読み耽ったものだった。

おかげで、幼稚園の年長さんの頃には、小学校1年で習う内容は全部マスターしていたし、その後、6年間、先取り学習が続いた。

あのまま先取り学習を続けていたら、私ももっと違う生き方をしていたに違いない。

敗因は、学研を卒業し、進研ゼミのドリルに変わった途端、たちまち勉学に対する興味を失ったことだ。

言い換えれば、学研の教材は、それだけ魅力的で解りやすかった──ということである。

売り上げがおちて、休刊にまで追い込まれた背景には、子供の興味や性質が変わり、時代のニーズにそぐわなくなった、というのが大きな一因のようだが、実際、学研の「科学」の教材は、テンパーな私を発狂させるに十分なほど、小学生にしては複雑なものが少なくなかった。

今でも忘れられないのが、「磁石にコイルを巻き付けて走る自動車」。

何回やっても、動かない。

組み立ててはバラし、組み立ててはバラし、説明書きも目を皿のようにして読むけれど、それでもやっぱり動かない。

とうとう癇癪を起こした私は、二階の物干しから庭に投げつけてしまった。

「こんなもの、要らない!!」

自動車の部品はバラバラになって、庭の隅に転がった。

とはいえ、本当に要らないわけではないのだ。

自分で自分に腹を立てているだけ、ほんと、それだけ。

数十分もすれば悔しさが悲しさに変わり、庭先に散らばった部品が自分を責めているような気分になる。

「短気なヤツめ。当たることないじゃないか」

いつかあの部品が独りでに組み上がり、夜中にひき殺されるのではないかと思うくらい、それは恨めしげに見えた。

そうして良心の呵責から、スゴスゴと庭先に下りて、涙をしゃくりながら散らばった部品を掻き集める。

そして、もう一度、説明書に添って組み立てる。

二度、三度、試してみたけど、それでもやはり動かなかった。

6年間、学研の「科学」の付録と付き合って、どうしても完成させることの出来なかった私の黒い歴史の一つである。

(同様のものに、プラスチックの凹凸を利用して再生する蓄音機?というのもあった。これもダメだった)

私が「科学」の付録から学んだ最大のことは、化学や物理のリクツではない。

ガッツ

この一言に尽きる。

「どうしてもやるのだ、完成させるのだ」。

その気持ちがあればこそ、一年早い教材も次々にクリアすることが出来た。

難しい時もあった。

でも、頑張った。

この達成感が、一番面白かった。

かくして、ワタクシの学研による早期教育は「科学」シリーズの卒業とともに修了し、それから後はひたすら退屈な進研ゼミのドリルに苦しめられる中学生活が待っていたわけだが、もし、科学シリーズが高校まで続いていたら、私は病院には就職せず、HONDAかTOYOTAのメカニックにでもなっていたに違いない←ウソウソ(笑)

子供の理科離れが叫ばれているが、理科というのはリクツではなく、この「世界全体」に対する興味である。

なぜ、星はキラキラ光るの?

なぜ、パンは焼いたら膨らむの?

そういう、日常の当たり前の事象に対する敬意、憧れ、疑問、恐怖、等々を、リクツで紐解くパズルゲームである。

理科離れとは、いわば、世界に対する興味と好奇心の喪失に他ならない。

子供というのは、本質的に、疑問に感じたら知らずにいない生き物だと思うから。

小学校低学年まで、私は雷と台風が死ぬほど怖くて、「ゴロゴロ」という音を耳にしようものなら、布団をすっぽり被って、手足を出すことさえ出来ないほどであった。

でも、好奇心で手にした「天気のずかん」を読み、雷と台風が生成される過程や本質を理解したら、あれほどの恐怖が嘘みたいに軽くなり、逆に、雷や台風を観察するのが楽しみになった。

「正しく理解する」ということは、どんなにか人間を強くし、世界を輝かせるものなのだな、と。

いわば、皆既日食を悪魔の仕業と考え、呪詛を唱える原始人から、ニュートンに生まれ変わった瞬間だった。

まあ、人気のカブトエビは、餌のやり過ぎで水を腐らせ、一晩で全滅させてしまったけれど(汗)

「科学」の付録ほど私を強く鍛えてくれたものもない、と思う。

そんな魔法のツールが、今の子供の世界から失われてしまったことを、本当に残念に感じてならない。

学研:「科学」と「学習」休刊 最盛期670万部、少子化で幕

 学研ホールディングスは3日、小学生向けに学年別で刊行してきた「学習」と「科学」を休刊すると発表した。それぞれ63年、52年の歴史を誇る学習雑誌で、1979年のピーク時には両誌合わせ670万部を記録。だが、少子化などの影響で最近は「その10分の1以下」(同社広報室)まで低迷していたという。「学習」は12月発売の冬号、「科学」は来年2月発売の3月号が最後となる。

 創刊は「学習」が1946年、「科学」は57年(当時は「たのしい科学」)。毎月1回発行し、60年代はカブトエビの飼育セットや顕微鏡、カメラなどを付録にして人気を集め、70年代は女性訪問販売員を活用して部数を伸ばした。同社広報室は「少子化や価値観の多様化などのため、時代のニーズに合わなくなった」と説明。今後は「大人の科学マガジン」や子ども向けの「実験キットシリーズ」などに力を入れるという。

【佐々本浩材】 毎日新聞より。

Leave a reply: