『フロスト×ニクソン』アメリカ国民を釘付けにした伝説のTVインタビュー

1973年、アメリカの歴史に残る『ウォーターゲート事件』が起きた時、私は6歳だったので、社会にどれほどのインパクトを与えたのかはまったく分からない。

しかし、毎日のように、NHKで「ニクソンが、キッシンジャーが」と取り上げられ、その度に両親が「悪い大統領や」「アメリカもあかんな」と、お茶の間裁判に夢中になっていたのは記憶している。

そんなウォーターゲート事件の黒幕とされ、辞任に追い込まれたのがリチャード・ニクソン大統領。

映画「フロスト×ニクソン」は、そんなニクソン大統領へのインタビューに挑んだイギリスの人気司会者デビッド・フロストとの攻防を描いたものである。

監督は、ロン・ハワード。『ダヴィンチ・コード』や『ビューティフル・マインド』『アポロ13』などを手がけ、奥深い人間ドラマとスリリングな演出で定評がある。

そして、今回、非常に重要な役柄であるリチャード・ニクソンを演じるのは、ベテラン俳優のフランク・ランジェラ。

1993年に公開され、上品かつハートフルなドラマで話題を呼んだホワイトハウス・コメディ『デーヴ』で、あくどい大統領補佐官を演じ、私のお気に入りの俳優の一人である。

ちなみに、この映画でファースト・レディを演じたシガニー・ウィーバーも最高に美しい。

フロスト ニクソン 

『フロスト×ニクソン』では、腹の中にあらゆる秘密を溜め込み、隠遁生活を送りながらも虎視眈々と政界復帰への足がかりを作ろうとしている老獪なニクソン大統領を、フランク・ランジェラがこれ以上ない緻密さとキャラクターへの深い理解をもって演じている。

映画の中のニクソンは、ひと言で言えば『怪物』。

傲岸。
策士。
二枚舌。

人間としての良心さえも超越した、「プロの政治家」である。

「プロ」というのは、良き政治を行う専門家という意味ではない。

己の地位や権力を守るためなら、敵を叩き潰し、法を破ることも厭わない、政治家としての自分を保守し、他を支配することに徹したプロである。

その怪物が、政治家としてのキャリアはもちろん、専門知識さえろくに持ってなさそうなトークショー司会者とのインタビューに応じたのは、この番組を通して、政治家としての健在ぶりや潔白さを印象づけ、再び表舞台に立つためである。

そして、受けて立つ司会者フロストは、このインタビューを成功させ、アメリカ進出への足がかりが欲しい。

その為に、破格の報酬を約束し、私財を投げうって番組制作の段取りを行う。

だが、果たして、フロストは、アメリカ進出の足がかりとするためだけにインタビューを思いついたのだろうか。

答えは否。

それを物語るワンショットが映画の冒頭にある。

ニクソンが大統領官邸を去る朝、あたかも「濡れ衣を着せられ、政治的責任を取って潔く去って行く大統領」を印象づけるように、専用機の前でにこやかに手を振るニクソンの顔に、一瞬、苦渋の色が浮かぶ。

この中継をイギリスから見つめていたフロストは、物言いたげなニクソンの眼差しに強く惹きつけられるのだ。

彼は、司会者として、人間として、国民として(国は違えども)、ニクソンという男に興味をもった。

TVカメラの前に引きずり出して、アメリカ国民に詫びさせたいという正義感ぶった気持ちでもなければ、誰も明らかにできなかった不正を暴き、政治評論家か検察官として名を上げたいわけでもない。

彼が腹に溜め込んだものを解き放ち、政治家として、人間として、最後の引導を渡してやりたい、いわば、司会者(インタビュアー)としての性──相手の心に深くに入り込み、本質に触れ、話させることで、魂を自由にしたいという、人間的興味と癒しの気持ちから、ニクソンに挑むわけである。

それはまた「真実」という史上最大の宝探しでもあり、フロストが求める「真実」とは、ニクソンの「人間としての良心」である。

とはいえ、相手は百戦錬磨の老獪な策士、アメリカの国を挙げての捜査にもついに尻尾を出さなかった怪物である。

正面から太刀打ちできる相手ではない。

ニクソンが優秀なブレーンを抱え、全力でこのインタビューに挑むように、フロストも、ニクソンの不正に詳しいジャーナリストやノンフィクション作家とチームを組み、入念な下調べを行うが、いざインタビューが始まってみると、ニクソンの一方的なトーキング・ショーに早変わり。

ニクソンの首根っこを押さえるはずだったベトナム戦争やカンボジアの話題さえ、まるでそうすることが大統領として正しい選択であったかのような印象を与え、番組制作スタッフにも「今ならニクソンに投票する」とまで言われる始末。

いかなる言葉尻もとらえさせない、ニクソンのしたたかな防護壁は、所詮、コメディアンあがりのフロストには手のかけようもない鋼鉄の壁だと思われた時、流れを変える一本の電話がフロストにかかってくる。

それは勝利を確信したニクソンの、恐ろしいほど心理戦に長けたとどめの一撃だった。

しかし、この電話によって再び闘志に火が付いたフロストは、最後の大勝負に出る。

それは一般には公開されていない、側近との会話記録の中にあった。

ベトナム戦争が「メディア戦争」と呼ばれ、日夜送られてくる戦場の生々しい映像ゆえにアメリカの世論を動かしたように、
ウォーターゲート事件もまた、政治家たちにメディアの影響力を思い知らせるきっかけになったという。

そして、自信満々で最後のインタビューに挑んだニクソンが、思いがけなく人間としての良心をつかれ、ついに真情を吐露してしまう過程は、政治版『罪と罰』とでも呼びたいくらいの宗教的展開である。

それはフロストの勝利というより、神と正義の勝利である。

ニクソンは「怪物」であっても「悪魔」ではなかったのだ。

真実を語ることで復帰の足がかりを永久に逸したニクソンは、政治家としては完全に終わったかもしれないが、人間としては少し救われた、それをエンディングでのやり取りが控えめに描いている。

この作品が舞台劇としても評価が高いのは、道徳的な説法を持ち込まず、『イタリア製の女々しい靴』という小さなモチーフを通して、ニクソンの人間としての心の変化を軽いタッチで描いているからだろう。

本作には、これまた実力派で名高いケビン・ベーコンが、ニクソンの参謀として登場する。

ジャックナイフのように鋭く、忠誠心にあふれたケビンの演技も、ニクソンの秘められた人間の一面を際だたせるのに一役買っている。

この世には、誰にも言えない秘密を墓場まで持って行く人も少なくない。

ニクソンもその最たるもので、真実はこの程度ではなかっただろう。

そして、人間というのはおかしなもので、秘密が大きければ大きいほど、無性に誰かに喋りたいと思う。

一人で抱える重さに耐えきれず、つい口の端からにじませてしまうのだ。

果たして、二クソンの心のどこかに、「話して楽になりたい」という思いがあったかどうかは分からない。

ただ一つ言えるのは、議会の追及は逃れても、良心からは逃げられなかったということだ。

告白したニクソンがその後、心の平安を得たかどうかは分からない。

だが、「法を犯した大統領」として、不名誉な歴史を残してこの世を去ったことは、生涯、心に重くのしかかっていたのではないだろうか。

フロスト ニクソン

怪物のような政治家。

と同時に、人間としての哀愁を漂わせたフランク・ランジェラの演技が最高です。

フロスト×ニクソンに関するアイテム

本作のDVD。メイキングや実際のインタビュー映像なども収録されている。

こちらは2004年に公開されたオリバー・ストーン監督の作品。
ストーン監督らしく、陰謀をからめたストーリーが面白い。
世間に糾弾され、自虐的になってゆくニクソンを名優アンソニー・ホプキンスが熱演

リンカーンからオバマまで、歴代アメリカ大統領の名言を英文・日本語訳・言葉の背景・英語の解釈をあわせて紹介する英語読本。英語の勉強はもちろん、雑学としても楽しめる。

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