スティングの『Fragile』~世に悲しみの種はつきまじ

もし、この世に、スティングとレオナルド・ディカプリオ(=ハリウッド映画)がなかったら、私は英語を話すこともなかったし、夫と結婚することもなかったであらう・・と思う。

20代前半、カーステレオから流れるスティングの『シスター・ムーン』を初めて耳にしてからというもの、寝ても覚めても、スティング一色。
そう言えば、「孤独のメッセージ」も「シンクロニシティ」も「Magic』も本当にいい曲だったなとPOLICEの時代にまで遡ること数年。

暇さえあればCDを聴き、歌詞カードを眺め、ステレオの中のスティングと一緒に歌ったものだった。

それこそ、いつか、夢のように、世界のどこかで出会うかもしれない……それはきっと飛行機の中……、その時、私は、どんな言葉で好きな気持ちを伝えればいいのだろう、と、脳内シュミレーションの英会話を繰り返すこと限りなく。

時は過ぎ、『シスタームーン』も『Magic』もすっかり空で歌えるようになった頃、飛行機の中で出会ったのは、スティングでも、レオナルド・ディカプリオでもなく、今の夫という四コマ漫画のようなオチで、私の夢はついに叶わなかったのだけれど(叶うわけないんだけど)、あの時期にスティングに出会えたのは本当に幸せだった。

Be yourself no matter what they say(彼らが何と言おうと、君自身でいることだ)』というスピリットを教えてくれたから。

そんなスティングの数あるヒット曲の中でも、とびきり好きだったのが、『Fragile』。

自他ともに認めるほどゴーマンで、エゴイストで、「自分大好き」なスティングが、これほど深い愛を込めて人の世の哀しさを歌うのも不思議な話と思った。

「あなたの愛は、本当はどこにあるの?」と聞きたくなるくらいに。

“Fragile”

If blood will flow when flesh and steel are one
Drying in the colour of the evening sun
Tomorrow’s rain will wash the stains away
But something in our minds will always stay
Perhaps this final act was meant
To clinch a lifetime’s argument
That nothing comes from violence and nothing ever could
For all those born beneath an angry star
Lest we forget how fragile we are

On and on the rain will fall
Like tears from a star like tears from a star
On and on the rain will say
How fragile we are how fragile we are

On and on the rain will fall
Like tears from a star like tears from a star
On and on the rain will say
How fragile we are how fragile we are
How fragile we are how fragile we are

生身のからだに鋼の刃が突き刺さり
流された血が夕陽に染まって乾いてゆく時
明日にでも雨が降れば血痕は洗い流される
だけどぼくらの心を襲ったものは いつまでも消え去りはしない

ことによるとこの最終的手段は
暴力は何の解決にもならず
行かれる星の下に生まれた者たちにはなす術がないという
一生かけて主張をねじ伏せるものだったのかもしれない
人というものがこんなに脆いとぼくらに思い知らせようと

いつまでもいつまでも雨は降り続けるだろう
まるで星が涙を流しているようだ
いつまでもいつまでも雨は降り続けるだろう
人というものがどれほど脆い存在か

訳:中川五郎 氏 CD『ナッシング・ライク・ザ・サン』より

CD制作に寄せたコメントで、スティングはこんな言葉を残している。

現在の状況の下では「民主的自由のためにたたかう人」とドラッグに手を染めたノンポリのゴロツキ、また、平和部隊のボランティアとマルクス革命論者との見分けが、ますますつきにくくなっている。
アメリカ人エンジニア、ベン・リンダーは、このため誤解されて、1987年、コントラに殺された。

ベン・リンダー氏は、ニカラグアの貧しい人々に、水や電力を供給することを目的に、水力発電ダムの工事に携わっていた若いエンジニアだった。
にもかかわらず、反政府勢力に標的にされ、手榴弾を投げつけられて殺害されたのだ。

スティングの作風はいつも遠回し。歌詞にも、メロディにも、プロパガンダ的なものは表れない。

でも、分かる人には分かる。

そういうメッセージ性に富んでいる。

ちなみに、チリの恐怖政治で愛する人を亡くした女たちの孤独なダンスを謳った「They dance alone」は、チリ国内で演奏することも聞くことも禁じられていたそうだ。

私は、スティングやポリスのミュージックビデオも全部持っていて、暇さえあればTVの前でランデブーしていたのだが、Fragileのビデオは特に好きだった。

こんなお方が目の前にいたら、たとえ世界中の政府やテロリストを敵に回しても付いていくだろうな、なーんて。


世の中を見渡せば、悲しいこと、不条理なこと、いっぱいあって、神は人間にいったい何を期待しているのかと問いかけたくなることも多い。

生きることは価値あること──それは恵まれた人間だけに許される考え方であって、極限の不幸や暴力においては、夢とか正義とか優しさとか、そんなものは何の役に立たないのかも知れない。

にもかかわらず、人間らしく生きようとする人がある。

地獄のような所にも愛はあって、この世も捨てたものではないことを教えてくれる。

この世に見切りをつけるのは簡単だが、人間というのはそこで終わるものじゃないんだな。

*

世に悲しみの種は尽きず、こうしている瞬間にも、誰かが殺され、誰かがうちひしがれる。

スティングの謳う「Fragile=もろさ」とは、命の儚さももちろんあるけれど、あっけなく憎悪や暴力に走ってしまう人間の愚かさをたとえたものではなかろうか。

How fragile we are.

の「How」が、スティングの溜め息に聞こえて仕方なかった。

そして、それは、飛行機事故で亡くなった大統領とその一行を悼み、国中で喪に服しているポーランドのカーステレオ(この一週間は、騒々しいラップやポップスは控え、一日中バラードを流している)から流れた時、何とも言えないこの世の非情さと、ただただ降り注ぐばかりの涙の雨を感じずにいなかったのである。

StingのCD

スティングのヒットアルバムは数あるけれど、結局、この一枚に勝るものはなし、というのが正直な感想。
近年、すっかり好々爺になってしまって、なんか禊ぎの世界になっちゃってるけども。
やっぱ、スティングは、いつも何かに飢えたような、ギラギラした頃が最高だった。
「オレより歌の上手い奴はいっぱいいる。でもオレのように歌える奴はいない」という、あのエゴエゴな雰囲気がたまらん魅力的だった。

人間、年をとると丸くなる。
だんだん仏に近づいて、最後は仏としてあの世に旅立って行く。

それは決して悪いことではないけれど、本当に人間としての魅力を感じるのは、やはり強烈な自我にのたうちまわっている時代だと、私は思う。

そういう意味で、「大人になってしまった人」というのはつまらん。

「悟りを開いた人」もしかりだ。

人間はもっと泥臭くていい。

それが許される限り、もっと我が侭でいいんだ。

……ということを。

スティングは教えてくれたような気がする。

「スティング&ポリス」と銘打ってあるが、実質的にはTHE POLICEのベスト盤。
今ドキ、『THE POLICE』と言ってもピンと来ない若いリスナーをキャッチするために、このようなタイトルになったと思われる。
往年のファンはもちろん、ソロになってから好きになった人にもおすすめの一枚。

こちらはソロになってからのスティングのヒット曲を集めたベスト盤。
このラインナップは確かに美味しいが、やはり、本物の良さは、すべてのアルバムを通して聴かないと分からないと思う。

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