Notes of Life

「公平」という名の不公平

2016年9月24日

医療に限らず、教育でも、飲食業でも、どこの業界でも、「クレーマー」「モンスター○○」が問題視されています。

でも、それは今に始まったことではなく、遠い昔から商売人(サービスや公職を含め)は「難しいお客さん」に頭を悩ませてきました。
店頭でギャアギャア騒がずとも、「代金を踏み倒す」「根も葉もない噂を言いふらす」「自分の娘が受験に失敗してから来なくなる(こっちの娘は合格した)」「家族の問題にまで口を突っ込む」等々、人間相手の商売は、機械を組み立てるようにはいきません。常に誤解と不満の繰り返し、私もいろんなアルバイトを経験しましたが、「こんな善徳を絵に描いたような店主でも、客に因縁つけられて、大勢の前で頭を下げる事態になるんだな」と、考えさせられることしきりでした。

今でも一番印象に残っているのは、数年前に開業したドクターの話です。

「僕ね、患者さんを診察する時、一番にその人の住所を見るの。(問診の内容じゃなくて(^_^; その人がマンションや団地住まいなら、一軒家の人より丁寧に診察するんだ。なぜって、一人が不満を抱けば、そのマンションに住んでいる人、全員が来なくなるから。特に、子持ちの奥さんなんか、『あそこの先生は下手クソ』みたいなこと、すぐ周りに言いふらすじゃない。そうしたら、あっという間に団地中に広まって、会ったことの無い人まで悪く言い出すからネ」

患者の立場から見れば、なんじゃそれ? ですけど、開業しているドクターにとっては切実な問題ですよ。

あること、ないこと、言いふらされて、患者が来なくなったら、科目によっては大変な負債を抱えますからね。

そして、今はそうした悪評、風評が、インターネットのシェアなどで、瞬く間に県境を越える時代。

誰もが戦々恐々として、「とにかく謝っとけ」みたいな流れになるのは仕方のないことかもしれません。

*

しかしながら、何でもかんでも謝ってたら、逆に「良い客」を失うのも事実です。

これは私のことをとても可愛がって下さったママがいつも仰ってたことですけど、「失礼な客まで大事にするのは、平等という名の不平等。何でもかんでも、お金を払ってくれる人が偉い人みたいに扱ってたら、良い客から離れていく」。

本当にその通りだと思います。

たとえば、会員制のカウンターバーに座ったら、座るだけで「チャージ料金=1万5千円」かかります。

たくさん飲む人も、グラス一杯しか飲まない人も、一律、1万5千円です。

多くの人は、水割りを注文して、仲間や女の子とトークを楽しんで、一時間でも会社の嫌なことを忘れて、ほろ酔い気分を味わったら満足でしょう。

でも、中には、度が過ぎるほど飲んで、卑猥な冗談を連発して、ママや女の子だけでなく、隣のお客さんにまで絡む最悪なのもいる。

そんなのでも、チャージ料は同じ1万5千円だし、マナーのいい人が水割りを注文しても、厚かましい酔っ払いが水割りを注文しても、同じ3千円なんですね。

にもかかわらず、厚かましい酔っ払いにワーワー騒がれるのが嫌で、その人の言いなりになって、お席も、器も、一番いいもの、女の子も一番の美人を付けて、店で一番のおもてなしをしていたら、他のお客さんはどう思うでしょう。

自分たちはマナーを守って、気持ちよく過ごしているのに、あんな奴を優先するんだな。

自分たちだって、人気のマサコちゃんとお喋りしたい。席も、コーナーの、静かなラウンジソファでゆっくり飲みたいのに、他のお客さんに遠慮して、グランドピアノの横のカウンター席で我慢してる。ミドリちゃんも悪くはないけど、やっぱマサコちゃんに来て欲しい。

それなのに、あんな他人に迷惑かけまくって、ガハハハハと下司笑いするような客を一番いい席に座らせて、殿様みたいに扱ってる。

同じ1万5千円、払ってるのに、なんや、この店は。

客をバカにしやがって。

二度と来るか。

飲み屋でなくても、そう思いますよね。

そうして、行儀も遊び方も心得た、上玉のお客さんが離れてしまうと、それと入れ替わるように、DQNな客が押し寄せるようになります。

「あの店は、ママを脅せば言いなりや。女の子でも、酒でも、要求すれば、好きにさせてくれる」

という噂が広まると、もう二度とまともなお客さんは来なくなる。

とりわけ、多くの人が「欲しい」と思うような上玉のお客さんは、人を見る目もあり、社会においても中心的な役割を果たして、世間をよく知ってますから、その店にマネジメント能力が無いと分かると、ママや女の子がどれほど美人でも、店が一流ホテルのような作りでも、もう来なくなるんです。

それよりは、饅頭みたいな顔でも、ぽっちゃり体型でも、ポリシーをもって、客にもスタッフにもビシリと采配をふるうようなママのいる店がいい。

イタリアンレストランでも、雑貨屋でも、スーパーでも、同じことだと思います。

みな、同じ料金を支払い、同程度のサービスしか受けられないのですから。

*

人間相手の商売をしていると、判断に迷う場面はたくさんあります。

たとえ、あなたが近所でも評判の善人で、女神のごとく慕われていたとしても、悪口を言う人は悪口を言うし、理不尽な要求をする人は、「鼻の穴から豆を出せ」みたいな、めちゃくちゃな要求もしてきます。

説得しようが、なだめようが、一度、火の付いた馬は、手なずけようがない。

周りが焼け野原になって、草木一本残らない状況になっても、道理の通らない人には通らないし、理屈で人を変えることはできないのです。

そんな時、どうするか。

これは医療でもそうですが、騒ぐ人より、きちんとマナーを守っている人から優先するのが賢明です。

店頭や病室でワアワアわめかれたら、誰だって騒ぎを収めようと、ぺこぺこ謝り、相手の要求に折れる方を選びますよね。だって、言いなりになった方が、とりあえずその場はラクだからです。

でもね。

そういう場面を、周りのお客さんは見てるんですよ。

特に、皆さんが「上玉」と思う、良いお客さんほど、見てる。

そして、そこで、あなたがどういう態度を取るかで、印象もがらりと変わる。

もし、あなたが理不尽な要求に屈して、マナーよくサービスを利用しているお客さんより、騒ぎ立てるお客さんを優先すれば、それは、その場では『得』かもしれませんが、長い目で見れば、良い客を失うという『損』につながります。

確かに、騒ぐ客も、同じように5千円を払うかもしれないけれど、それ以上のものを店から奪っていくのですから。

今日、5千円、儲けたからといって、明日も5千円の儲けになると思っていたら大間違い。

そういう客は、5千円以上のものを店からむしり取って、あなたが丸裸になるまで騒ぎ続けるでしょう。

あなたがマナーの悪い客を拒めば、その人は二度と来なくなるし、その人も店先で「5千円、儲けさせてやってるのに、お前はクソじゃ、こんな店、潰れろ!」みたいな悪態をつくかもしれません。

でも、ママに言わせたら、「そんな5千円、要らない」のです。

たとえ、その人が、毎日店に通いつめて、5千円、1万円を使ったとしても、その陰で、「良いお客さん」の信用も失われていく。その方が、もっと怖いと。

確かに、お金を支払う限り、その人も「お客さん」で、客はみな公平に扱われるべきかもしれない。

でも、『客全体』を見渡した時、誰もが公平ということは有り得ないんですよ。

なぜって、人によっては「店への気遣い」「行儀」という形で、5千円以上のものを支払っているからです。

わーわー騒ぐだけの客の5千円とは、質も、重みも違うはずです。

それを「5千円」という数値だけで、同じように測ることは、ママいわく「平等という名の不平等」なんですね。

ちなみに、このケースでは「平等」ではなく「公平」という言葉が適切かと思います。
(ゆえに、タイトルも「公平」という名の不公平にしてます)

どちらにしても、ママの言いたいことは、非常に理解できますけれども。

名・形動差別することなく、同じように扱うこと。
「━の/な 権利を有する」
「━に分配する」
「男女━」
「不━」
[明鏡国語辞典 第二版]

名・形動判断や処理などがかたよっていないこと。
「━に取り扱う」
「━無私」
「公正」と意味が近いが、「公正」は正しいことに、「公平」はかたよらないことに重点がある。
‐さ
[明鏡国語辞典 第二版]

マナーの悪い客に絡まれて、どうしたらいいか分からない時は、その人だけでなく、客全体を見て下さい。

あなたが本当に大事にすべき客やものは何か。

お客さんが払う「代金」の中には、何が含まれているかを。

そこには必ず金額以上のものがあります。

客だからといって、みな公平に扱うことは、金額以上のものを支払っているお客さんを粗末にすることではないでしょうか。

だからといって、あからさまに「出て行け」とはいきませんから、そこは頭の使いよう。

ちなみに、そのママはどうしてたかというと、ママ友間でネットワークを作って、おだてて追い出す作戦をとってました。

「新橋の直美ママが、山田さんに浮気された、悔しい、って言うてはるよ。早く行ってあげて」
「山田さん、相変わらずモテモテやね。こんな所に長居してたら、泣いてる女の子がたくさんいるんとちゃうの」
「直美ちゃんが、今すぐ来て! ってラブコールよ♪」

みたいな。

そして、ママ同志で連携して、客をグルグル回して、お金を使わせて。

でも、本人は「モテモテ」気分だから、30分おきに店をハシゴして、何も気付かない、というオチです(どうせ酔っ払ってる)

皆、あの手この手で、商売の難所を乗り切ってますし。

良いお客さんを大事にしていたら、大儲けにはならなくても、それ以上の充足感や互いの尊敬、心の繋がりを味わえるのではないでしょうか。

*

ちなみに、今でも忘れられないのが、部長先生の一言です。

外来の常連患者にね、ウルサイのがいたんですよ。

受付でガーガー、待合ロビーでギャーギャー、誰彼かまわず突っかかって、今でいうモンスター・ペイシェントです。

そんでも一応病気なので(病院通いが趣味。というより、社会でも家庭でも孤立して、病院職員ぐらいにしか相手にされないのだと思う)、ドクターも看護スタッフも、辛抱強くおつきあいしてましたけど。

ある時、診察の順番待ちをめぐって、その人が待合ロビーで騒ぎ出し、両隣の患者さんに突っかかりだしたんですね。

そうしたら、診察中だった部長先生が、目の前の患者に断りを入れて、すっくと椅子から立ち上がり、ツカツカとモンペに歩み寄って言いました。

「○○さん。医療者側に問題があるなら、あなたの気の済むまで仰ればよろしい。しかしながら、他の患者さんにまで絡むのであれば、今後、診療拒否させていただくこともございます。ここは病院です。他の方の治療の迷惑になるのであれば、科の部長として、看過することはできません」

すごい迫力で、一瞬、場が凍り付いたようになりましたが、多分、他の患者さんは心の中で拍手喝采だったと思いますよ。

その後、その人もおとなしくなり、相変わらず通院してましたけど、こちらの態度はいつもと変わりなく、部長先生もあからさまに差別するような事はありませんでした。

その時だけは、『男』に見えたなあ (*^^*) 

婦長や主任だと、どうしても『女』というだけで舐められますからネ。

このように、男性と女性が、それぞれの特性や持ち味を活かして、お互いにカバーし合うのが、本当の男女平等と思います。

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