映画

売れない芸人の夢と悲哀『ファビュラス・ベイカー・ボーイズ ~恋のゆくえ』

2017年3月8日
恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ

世界的なジャズ・ピアニストのデイブ・グルーシンは、いろんな場所で、「売れない芸人(ジャズミュージシャン)」の悲喜こもごもを目の当たりにしてきたのだろう。

実力はあるのに、なかなか運がめぐってこない奴。

運よく当たったけども、実力不足で、その後が続かない奴。

せっかくの運と才能に恵まれながら、自信過剰で破滅する奴。

現実を直視せず、夢みたいな成功物語を追い続ける奴。

同じ一流を志しても、功を立て、歴史に名を刻むのは、ほんの一握り。

それ以外はプロのステージにも上がれず、ゴミか泡雪みたいに消えていく。

中途半端にピアノの上手いサリエリみたいに。

1989年に封切られた『恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』も、売れない芸人の悲喜を描いた良作だ。

薬局のおっちゃんみたいな人のいい兄貴、フランク・ベイカーと、伊達男で天才肌の弟、ジャック・ベイカー。

彼らは決して三流ではなく、むしろ上等な部類に入る。

だが、あまりに上品過ぎて、大衆が喜ぶようなパフォーマンスはできない。

ラウンジとは名ばかり、野球中継しか興味のないような底辺の客が集まる店でピアノ・デュエットをやるが、まともに耳を傾ける客は無く、とうとう馴染みの店からもお払い箱にされてしまう。

私はこういうのすごく好きだけど、興味の無い人は、とことん興味が無いんだろうなぁ……。

恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ

今時、お上品にスタンダード・ナンバーなど演奏しても、誰も振り向きもしない。
ここらで心機一転、女性ヴォーカルを入れようということで、二人はさっそくオーディションを開くが、やってくるのはドベタばかり。(みんな、本気で歌って、このレベルだと思う^^;)

こりゃダメだと諦めかけた時、ミッシェル・ファイファー演じる美女、スージー・ダイヤモンドが飛び込んでくる。
まったく期待せずに彼女の歌を聴いてみると、、、セクシーかつビューティホー♪

スージー中心のパフォーマンスは好評を博し、一流のラウンジやホテルからもお呼びがかかるようになる。
初舞台の歌唱『 A Very Special Lady』はYouTubeでどうぞ。

こちらは映画史上に残る名場面。
ピアノの上に立ってムード満点に歌うミシェルは、この後、「ホットショット」や「シュレック2」でもパロディにされました。

これほど美しく赤いドレスを着こなす女優さんもないと思う。

この後のラブシーンもどきどきもの♪ ミシェルは肩甲骨も綺麗なんだよ。
そんでもって、男は「ピアニスト=指技」という隠微な演出がなんとも^^; (冒頭でも、ベッドを共にした女性が「あんた、指が素敵ね」と言う台詞がある)

恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ

しかし、ジャックとスージーの想いが深まるにつれ、ジャックは兄の言うことよりも、スージーの希望に合わせるようになり、兄弟間のバランスが微妙に違ってくる。

そんな折り、ステージを見た業界人からスージーにスカウトがあり、キャットフードのCMソングを歌わないか、と。

これは大成を目指すジャックにとって痛烈なしっぺ返しだ。

スカウトマンは彼のピアノではなく、スージーの方に目を付けたのだから。

「まだ決心がつかないの。迷ってしまって」と躊躇うスージーに、ジャックは「引き受けろよ」とあっさり(悔しい気持ちを堪えながら)。

それもまたスージーにはショックだ。

「何を言ってる。俺から離れるな。ずっと一緒にやろう」

恋する女としては、そう言って欲しかっただろう。

「代わりはすぐに見つかる」というジャックの淡々とした態度に、スージーは、所詮、遊びの恋でしかなかったように感じ、本当の気持ちも言い出せぬまま、兄弟と袂を分かつことを決心する。

ジャックもまた、ミュージシャンとして先を越された悔しさから、スージーに冷たく当たり、二人はとうとう激しく言い争う。

「俺に引き留めて欲しいのか。跪いて懇願すれば満足か。ベーカーボーイズを見捨てないでくれと。冗談いっちゃ困るぜ。俺たちは君なしでもう15年もやってきたんだ。君なんか甘っちょろい赤ん坊さ。まだまだドレスより、オムツが似合うな」

「やっぱり、あんた達、似たもの同士ね」

「ゴキブリみたいに叩き潰される連中が多いこの町で、俺たちはまだ生き残っている。昼間、他のバイトもしないでな。これもみんな、兄貴のおかげってことだ」

「ええ、たいしたものだわ。奥さんも、子供もいて、郊外にマイホームも構えてる。でも、その弟ときたら、年老いた犬とませた女の子を相手に、安アパートで、世の中をひがんでるだけじゃないの」

「いいか、プリンセス。俺たちは、二度、やった。それっきりだ。まだ俺のことを何も知っちゃいない」

「一つ知ってるわ。夕べ、フランクが子供にお休みのキスをしている頃、昔の夢を引っ張り出しているあなたをこの目で見た。あの店へ行って、弾いているあなたを見たのよ。あなた、自分を誤魔化してる。気に染まない安っぽい店で演奏する度に、自分を切り売りしていることを。あたしだって経験あるわよ。ゆきずりの男と寝た後で、自分にこう言い聞かせるの。何も気にすることはない、記憶を空っぽにすればいいんだから、ってね。でも、空っぽになるのは自分自身なのよ。……初めは、あなたのことを負け犬だと思ってたけど、そんなんじゃなかったわ。臆病者よ」

スターの抜けたファビュラス・ベイカー・ボーイズは人気も落ちて、以前のドサ回りに逆戻り。

とにもかくにも生活を支えねばならない兄フランクが取ってきた仕事は、深夜のTVショーのピアノ弾き。失礼きわまりない現場の態度に、とうとうジャックは癇癪を起こしてスタジオを出て行ってしまう。

恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ

駐車場で苛立つジャックに、兄のフランクは必死に言い聞かせる。

「仕方ないだろう。これも宣伝の為だ」

「夜中の三時に、どこの誰が、TVなど見るんだよ」

「だからって、途中で放り出すことはないだろう。それがプロのやることか」

「人の顔色を窺いすぎて、ヘーコラしても、何も感じないのか。俺たちは今日、ピエロにされかかったんだぞ。俺はピエロに成り下がるのだけはごめんなんだよ! 少しは誇りを持て!」

「誇りだとぉ? これまで、おんぶに抱っこで、酒でごまかしてきたお前が、オレに誇りを持てだと?! 一つ、教えておいてやる。オレには養わなきゃならない家族がいるんだ。妻と二人の子供の生活がこの肩にかかっていて、食い物とあったかい寝床も。家のローンも、車の支払いだってある。オレだって、あのTV局の連中の顔につばを吐きかけてやりたいよ。できるものなら、そうしていたさ。だが、できないんだ。なぜなら、オレには責任ってものがあるからだ。毎月、赤字にならないよう、稼がなきゃならない。それで他のみんながちゃんと食っていけるようにだ。いくら頑張っても、メダル一つもらえるわけじゃないが、立派に責任は果たしている。だから、このオレに向かって、誇りなどと二度と口にするな!」

「・・・(ジャックは立ち去ろうとする)」

「尻尾を振って逃げるのか。お前って奴は、いつもそうだ。正面から取り組もうとはしない。会話ですらな。スージーとのことはどうなんだ。あれほど言っておいたのに、手を付けやがって」

話は、さらに互いのピアノの技量に及び、兄弟はとうとう取っ組み合いの喧嘩を始める。

その後、ジャックは、最初にオーディションを受けにきた音痴の女性と再会し、アパートの女の子と話す中で、自分の気持ちを見つめ直す。

そして、ジャズクラブで仕事を得た事をきっかけに、兄に「もうベイカーボーイズには戻らない」と告げる。

「俺は、ヒルトンだか、シェルトンかで弾いている間、早く終わることしか考えてなかった。お決まりの曲を、来る日も、来る日も、同じように弾く、そのことにもう耐えられないんだ。これ以上、もう自分を騙せない」

ジャックは、今まで兄のため、生活のため、気の進まぬステージを務めてきたが、スージーに痛いところを突かれ、兄と長年の不満をぶつけ合うことで、やっと自分に正直になれたのだ。

ジャックはその足でスージーの元に向かい、以前よりずっと綺麗になったスージーに再会する。

スージーもCMソングの仕事を得たが、それは決して自分の願い通りではない。

ベイカーボーイズの日々を懐かしむスージーに、ジャックは「いつかまた会える?」と問いかける。

スージーは明確には答えない。

これから更に発展し、ジャックのことなど忘れてしまうのか。

あるいは、ジャックの方で諦めてしまうのか。

映画は、余韻を残しながら、スージーの歌う「マイ・ファニー・バレンタイン」で幕を閉じる。

ベレー帽とマキシコートの見事な着こなし。80年代バブル風で、私も懐かしいです。
(MaxMaraのキャメルコートも憧れやったからねぇ)
恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ

思い通りに生きられなくても

映画の制作にはデイブ・グルーシンは直接関わってないだろうけど、本作のテーマは売れない芸人の葛藤そのものだ。

全編に流れる音楽からは、グルーシンのようになれなかった、何千、何万のミュージシャンの焦りや失意や孤独が聞こえてくる。

才能の世界といえば、まったくその通りだが、多少なりと現実を知れば、才能だけで成り立つ世界でないことは子供にも分かる。

その違いを説明せよと問われたら、グルーシンにも答えようがないだろう。

芸の世界は厳しい。

誰だってギャラの為に弾きたくはないし、気に添わない歌など歌いたくはない。

好きな時に、好きな曲だけ弾いて、喝采を浴びて生きていけるなら、これほど楽なことはないだろう。

芸の世界で成功するのは一握り。

でも、その一握りだって、渋々、『オネスティ』や『JUMP』を演奏しているかもしれない。

自分で作った曲ながら、もう『いとしのエリー』にはうんざり、と思いながら。

それだけに、有り余るほどの才能を持ちながら、兄弟の義理や人間としての不器用ゆえに、今ひとつ抜け出せないジャックの悶々とした気持ちが痛いほど伝わってくる。

フランクの持ってくる、しけた仕事にうんざりしながらも、NOと言えないのは、兄への愛情もあるが、さらに厳しいプロの世界で己の実力を思い知らされるのが怖いこと、自分で身体を張って稼ぐ勇気も自信もないこと、そのくせ、ミュージシャンとしての理想とプライドは高く、理屈で誤魔化す以外に自分を保つことができない。

その点、フランクには妻と子供という具体的な理由があり、生活を守る為なら道化になることも厭わない。

実社会において、どちらが人間的に強いかと問われたら、答えは言わずもがな、

フランクのように強くもなれず、また諦めることもできない中途半端な芸人は、酒と女で苛立ちを紛らわせる他なく、それは運以前の問題だ。

たとえ才能以外の何かが必要としても、全力で向かわない者に運など開けるはずもなく、しみたっれた店で底辺の客を相手に終わるのが関の山。

そう考えると、世間受けを優先し、女性ヴォーカルを入れようと判断したフランクは、実力以上のものを持ったミュージシャンといえる。

自分のやり方にこだわるジャックには、いつまでたっても転機は訪れず、壊れたドーナツ盤みたいに、当てもなく回り続けるだけだ。

フランクの判断が功を奏し、二人はスージ・ダイヤモンドという素晴らしい女性ヴォーカルを迎え入れる。

彼女にスカウトが無ければ、ベイカーボーイズはその後も人気を博し、ジャックも、嫌々でも、ステージを務めただろう。

だが、スージーとのいざこざを通して、真の望みに気付いてしまった今、もはやギャラ目当ての演奏はできなくなってしまう。

それは以前よりもっと過酷な日々かもしれないが、騙し騙しで生きていくよりは、本当に「生きた」といえる、悔いのない人生になるだろう。

生活の為にピアノを弾くフランク。

運よく見出されたスージー。(だが歌わせてもらえるのはCMソングだけ)

立場は違えど、好きな音楽に身を投じ、よりよく生きたいと願う気持ちは同じだ。

誰もが思う通りの成功を手にできるわけではないが、その中で泣いたり、笑ったり、それでいいじゃないか……と、それぞれの笑顔が答えている。

全編に流れる曲は、デイブ・グルーシンからの贈り物であり、励ましであり、自身への戒めでもある。

その足下には、成功に手が届かなかった、何千、何万の同志の悲哀があり、願いがあり、人生があることへの。

誰もが「もしかしたら明日には」と、小さな希望を胸に生きていく。

いつか叶おうと、永遠に叶うまいと、それ自体に意味はない。

どうせ思うようにならないなら、せめて自分に正直に生きよう。

「好きなこと」の中では、誰もが尊く、愛すべき存在であることを、この映画は教えてくれるのである。

酒と男とタバコとピアノ。悲哀のアイコン。
恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ

最後はミシェルの甘く切ない歌声をどうぞ。下手にプロの歌唱を聴くよりいいかも……。

デイブ・グルーシンとスヌーピー

私ぐらいの年代で、「子供が初めて親しむジャズ」といえば、デイブ・グルーシンだと思います。

スヌーピーのアニメもNHKでずっと放送していました。

日本のお子様アニメだと、「行くぜ、太陽、マシンゴー」「なんちゃらかんちゃらは 勇気のしるし ウェイ、ウェ~イ」みたいな、じゃかじゃかした説教ソングが主流なだけに(ささきいさおや前川陽子の歌は、それはそれで好きなのですが)、スヌーピーで流れてくるジャズが子供心に非常にお洒落に感じたのです。(アニメ音楽そのものが作品として評価されるようになったのは宇宙戦艦ヤマトの宮川泰以降ではないかしらん。大野雄二は別格)

私の時代は、吹き替えが、チャーリー=谷啓、ルーシー=うつみ宮土理で、あの喋りは今でも心に残っています。
子供の弱気や疑問、気遣いや恥じらいなどを、上手に表現されてましたよね。
私の憧れは、もちろん、シュローダー。ルーシーにさんざん口説かれながらも、黙々とピアノを弾き続ける姿が大好きでした。

音楽を担当していたのがデイブ・グルーシンと知ったのは、音楽番組の雑誌『FMステーション』を欠かさず購入し、毎晩、NHK-FMの『クロスオーバーイレブン』に聞き入っていた頃。グロッケンシュピールみたいに透明感のあるサウンドを聴いた瞬間、「もしかして、スヌーピーの人?」と気付いたのがきっかけです。一度聴いたら、絶対に忘れないサウンドですよね。(確か、リー・リトナーと組んでた頃の曲だったような・・)

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