難波康子さんと映画『エベレスト(2015)』

登山にまったく親しくない人が映画『エベレスト(2015)』を見たら、「なんで、そんな危険を冒してまで山に登りたがるの?」と思うかもしれません。

東山三十六峰ならともかく、相手は標高8800キロメートル級の世界最高峰。はるか成層圏を突き抜けて……とまではいかないけれど、酸素は過酷なまでに希薄で、周囲に遮るものは何もない。登山道にはコカコーラの自動販売機もなければ街灯もなく、本当に生のままの自然がそこにある。一歩間違うまでもなく、普通の人間なら確実に命を落とすような場所です。

そして、そんな所に登頂したからといって100億円が貰えるわけでもなければ、社長に昇格するわけでもない。

ただ、世界で一番高い場所に「タッチ」する。

そして、誰も目にしたことのないような世界最高の絶景を足元に見る。

ただ、それだけ。

本当にそれだけの為に、命を懸けて登る人の気持ちなど、一般人にはなかなか分からないだろうと思います。

私は「バカと煙は高い所が好き」の類いで、登山も大好きです。

この夏も2000メートル級の山々に登ってきたし、凍結した急斜面をほとんど滑りながら降りてきて、あの時、無事に下山できたのが不思議なくらい、という場面も体験しました。

ゆえに、エベレストに登頂したい人の気持ちも分かります。

「なぜ」と聞かれたら、「そこに山があるから」としか答えようがない。(これは映画『エベレスト』にも登場します)

どんな山道も心臓破りにしんどいのだけれど、そこを登り切ったら、素晴らしい眺望が開けている。

地上からは決して見ることのできない火山湖があり、絶壁があり、尾根が視界の向こうまで続いてる。

そして、「絶景」と呼ばれるものは、たいがい山の頂上にあって、必死に登り切った人にだけその悦びと達成感がある。

そういう経験を繰り返すうちに、山の魅力に取り憑かれ、次はここ、その次はあそこ、いつかは世界最高峰・・と、どんどん夢が膨らんでいくんですね。

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私は何の予備知識もなく映画『エベレスト』を見に行って、冒頭に「この物語は真実(True Story)に基づく」というメッセージが出ても、「事実3,脚色7」ぐらいの話だろうと思ってたのです。実際、エピソードをドラマティックに膨らませた作品は少なくないですから。

そして、物語の中に日本人女性の「YASUKO」が登場しても、誰かをモデルにした架空の人物かな? と思ったり。

そうしたら、エンディングに「YASUKO NANBA」の名前と本人の写真が紹介され、「あ! あの難波康子さん!!」と、やっと理解した次第です。

そう、この映画は、『1996年のエベレスト大量遭難』を描いた作品だったんですね。

難波さんの遭難死は日本のメディアでも大きく報道されましたから、私も記憶に残ってました。

それで、映画館から帰ってすぐに「エベレスト大量遭難」について検索したのですが、実際はやはり映画よりも更に過酷で複雑だったようです(確かに2時間の映画ではそこまで描ききれないでしょう)

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もっとも、生存者の証言や、その場に居合わせた人たちの話を繋ぎ合わせても、実際、エベレスト山頂で何があったのか、そして一人一人は何を思い、何を過ち、無念の死を遂げたのか、到底、理解することはできません。

ただ、私に分かるのは、心の底からあそこに「タッチ」したかった、ということ。

死の危険を冒しても、世界最高峰から世界最高の眺めを目にしたかった、ということだけです。

ゆえに、誰が悪い、何が間違いと、一般の登山愛好家の立場でジャッジできるものではありません。

一生に一度のチャンス、高額を賭けたチャレンジとあれば、誰だって多少の無理はおかしても「あそこにタッチしたい」と思うでしょう。

私も二度ほど悪天候で登頂を断念したことがあるので、山の天辺をすぐそこに目にしながら下山しなければならない悔しさは非常によく分かります。

立山ぐらいなら「また次がある」と思えるけど、エベレストには「次」という言葉がないですから。

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登頂を果たした人たちが、どんな思いで下山の途中に死を迎えたか。

満足か、後悔か、怒りか、絶望か、

私どもにはとても思い及ばぬ世界です。

あそこで力尽きた難波さんのことを思うと、ただただ、人生最高の夢を果たした満足の中で逝かれたことを願うばかりです。

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無理を押して登頂しても、無事に帰れば英雄。

遭難すれば、本当にどうしようもない事でも非難もされる。

すべては結果論という気がしないでもありません。

どう頑張っても嵐に負ける時は負けるし、人間のことだから、思わぬところで判断を誤ることもあるし。

最後は運なのでしょうかね。

なんとも言えませんが。。。

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難波さんには、エベレストの天辺に日本のフラッグを立てて下さってありがとう、という気持ちです。

批判もあるようですが、外部の声は、所詮、外部の声。

極限の中で、きっと最後まで頑張られたと信じたいです。

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難波康子さんを演じた女優の森尚子さんはイギリスを拠点に活躍中とのこと。

この作品をきっかけに、ますます発展されることを願っています♪

作品の感想

テーマがテーマだけに、死者に鞭打つような内容には出来ないでしょう。

遭難の背景には「商業登山」という仕組みがあり、作品でも触れられていますが、かといって、スポンサー自身が登場するわけにいかないでしょう。

これがフィクションなら、金儲けしか考えない悪徳企業が登場し、登山隊に無理強いし、最後は自分だけ脱出しようとヘリごと墜落したり、ベースキャンプのママに「あんたのせいよ!」と殴られたり、「そこだ、スタローン、やっちまえ!!」みたいな展開になるのですが、実話となれば、そうにはいきません。

その点、「クリフハンガー」や「バーティカル・リミット」のような、イケイケの演出はありませんが、とにかくエベレストの風景が美しいのと、抑えた表現の中にも「それは本当に正しいのか?」という問い掛けがあり、いろんな意味で考えさせられます。

どれほど優れた装具や設備が開発されようと、エベレストが依然として過酷な環境であることは変わりありません。

「登りたい人の気持ち」と「叶えたい・儲けたい主催者」と「それで生計を立てている人」と、いろんな人の、いろんな思惑が交錯し、登る人がいる限り、今後もこうした悲劇は繰り返されるでしょう。

でも、山は「来るな」とも言わないし、人を助けることもない。

ただ厳然と存在し、人の為す様を見つめている。

人間は偉大でもあり、無力でもあり、自然の中の一点に過ぎないことを思い知らされる映画です。

参考記事 エベレスト商業登山、考え直すとき by ナショナルジオグラフィック

大衆化するエベレスト登山 商業公募隊の相場は最安値270万円 by SANKEI Biz


参考図書

タトランスカ・ロムニツァ

こちらは私の最愛の山、「東欧のアルプス」で知られるタトラ山脈の最高峰、Lomnický štít(ロムニツキ・シュティト)。

標高2634メートルです。

私はロープウェーで上がりましたが、上級登山者はここを自力で上がってきます。女の子でも絶壁を伝って上がってくるので、凄いですよ☆

日本でほとんど知られてないのが残念ですけど、リフト、ケーブル、登山道、バス・鉄道、宿泊施設など、観光インフラは良好です。(観光施設のスタッフも英語をはじめ数カ国語を理解する人が多い)

興味のある方は、こちらどーぞ。http://www.vt.sk/en/

私もここまで登りました。ロープウェーで、ですが。
Vyhliadka-Vysoké-Tatry-Lomnicky-stit-TMR-Autor-Marek-Hajkovsky_800

このルート、女の子も登ってます。天気によっては雲の中を歩くことになるので、スゴイとしか言い様がない。
私もあと十年若ければなあ(^^;)
lomnicak6

Photo : http://regiontatry.sk/pl/rekreacja/zimowe-wypady/kolejkami-linowymi-w-poszukiwaniu-najpiekniejszych-widokow/

Photo : http://missionoutdoors.com

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