育児と家庭

赤ちゃんヴァンパイアに血(乳)を吸われ・・

2010年10月14日

子供を産んでから身についた能力の一つに「座りながら眠る」というものがある。

ソファやベッドはもちろん、公園のベンチ、電車の座席、映画館、etc、座る場所さえあれば、腰掛けたまま入眠。

授乳後、血が抜けたように意識が遠のき、そのまま眠るようになったのが始まりで(それも赤ちゃんを腕に抱えたまま)、以降、座ったままの体勢で、どこででも寝られるようになったという次第。

だって、ねえ……。

オッパイはとどのつまり『血液』ですもん。

赤血球がこされて血のように赤くないだけ、中身はほぼ血液状。

そんなのを、1日、何回にもわたってチュウチュウ吸われるんだもの、しまいにゃ意識も遠のきますよ。

母体が生きているのが不思議なくらいです。

まあでも、赤ちゃんって、ほんと可愛いヴァンパイアという感じ。

あのチュウチュウ吸う姿は母親にとって永遠に思い出です。

チュウチュウ吸われるうちに背筋や胸元がジーンと痺れてくる感覚も、突然、胸がパンパンに張って、噴水のごとく母乳が飛び出す経験も。

お産から授乳期というのは、多分、現代の女性が一番野性に返る瞬間ではないかしら、と思う。

まるでメスオオカミが縄張りを見張るがのごとく、1日24時間、真夜中でさえもピンと神経を研ぎ澄まし、赤ちゃんに気を配っていたあの頃。

いくら周囲や育児書が「リラ~ックス、リラ~ックス」と言っても、乳児を抱えた母親の神経なんて休まるものじゃない、いや、休めないように出来ているんじゃないでしょうかね。

それだけに、授乳が上手く行かなかった時の焦り、落胆、自責の念も普通じゃない。

ああ、オッパイも上手くやれない、いつも空腹で赤ちゃんを泣かせる私は母親失格──。

そこまで思い詰めるのが授乳というものです。

もちろん世の中には粉末ミルクもある、何が何でも母乳でなけりゃ、というものでもない。

が、しかし。

頭で理解できても、感情や本能がそれを許さない、もっと根源から突き上げるような授乳へのこだわり、それこそが母親の底知れぬパワーというものではないでしょうか。

もし、リクツで気持ちを変えられるものなら、今頃、みんな哺乳瓶くわえさせて、「あー、ラクラク」って笑ってると思う。自動皿洗い機みたいに。

授乳が上手く行かない時の気持ち──特に初産、最初の1~2ヶ月、あの苦しさを思い出すと、今でも胸がキューっと痛くなります。

初産で、出産数日後からトクトク出てくる人もあるけれど、たいていは乳腺が硬くて開かず、ホルモンの反応にも時間がかかり、舐めるようにしか出てこないもの。

経験者は「とにかく吸わせるのよ」とアドバイスするけれど、どこをどう吸わせるのか、どうやったら出てくるのか、初産のママにはピンとこないし、焦りますよね、赤ちゃんが飢えて死んじゃうーー、って。

そう考えると、産後の一ヶ月って本当に大事。

何かと気を遣う義理親に「落ち着くまで面会に来ないでー!」という気持ちも当然ですわ。

でも、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、たいていのジジババは「孫に会うぐらいいいじゃない」となる。これも一つの壁です。未来の姑候補は、心しておくように……。

ともあれ、『授乳』という命綱。

我らの可愛いヴァンパイアにとっては、母の血(乳)こそが生きる源です。

だから完全母乳バンザイ……という話ではなく、いい思い出にしたいですよね。一生持って行けるような。

私の任務を終えたオッパイも、今は「垂乳根(たらちね)」状態。これ、母(親)を意味する短歌の枕詞で、通に言わせれば、非常に文学的かつ美しい情感が満ちあふれているそうだが、実際、そうなっちゃった本人にしてみれば、美しくも何ともない、ただただ、昔のプリプリオッパイが懐かしいばかりです。

とはいえ、よその母子の授乳を目にした子供たちがお風呂の中でオッパイを指さし、

「ママのミルクはどこにいったの? どうしてもう出てこないの??」

「あんたたち、赤ちゃんの時、全部、ゴクゴク~っと飲んじゃったからよ。覚えてないの?」

「……(不思議そうな顔)」

「だからもう出てこないんだよ」

「じゃあ、メイちゃんのミルクはいつ出てくるの」(と、自分のオッパイを指差す)

「メイちゃんが赤ちゃんを産んだらね」

「じゃあ、明日、産む~~」

そして入浴後、父親に自分でオッパイを摘んでみせ、

「メイちゃん、ここからミルクが出るのーー。メイちゃんも赤ちゃん欲しい~~」

とか言いながら、赤ちゃん人形を抱っこして、よしよし寝かしつけしている姿を見ていると、私の授乳もムダではなかったんだなーとつくづく思います。

器用に座ったままどこででも寝る能力はいまだ衰えていません^_^;

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