美空ひばりと私(’99年) / 幸せの数え方 ~『人生一路』より~

私は、美空ひばりさんが好きで、この前もTVのスペシャル番組をビデオにとって観てたんだけど、何が好きって、歌っておられる時の姿が好きなのね。雰囲気とか、表情とか。
一曲歌う間にドラマがある。
そして曲ごとに表情が違う。
前に『悲しい酒』を歌いながら、涙をこぼす姿を見たことがあるけど、まるで一幕の短い芝居を観ているようだった。

なんでそんな風に歌えるんですか? つらくはないんですか? ……って聞きたくなるぐらい。

ひばりさんも、「全部知ってる人」なのね。
そしてそれを表現できるの。
だから、あんな風に歌えるんだわ。

もし私が作詞家で、ひばりさんに自分の書いた詞を歌ってもらえたら、感激のあまり卒倒するんじゃないか。
「川の流れのように」を書いた秋元康が、“オレ、いつ死んでもいい”って言った気持ちが分かるもの。

他にもいろんな生き方が出来ただろうに……
普通のお嬢さんとしてシアワセに生きていくことも出来ただろうに、どうしてこの人、死ぬまでマイクを離さなかったんだろう、って、いつも思ってた。
そうしたら、今日、TVの中で、こうおっしゃってたわ。
「自分の選んだ道だから」――

人間、何の為に生きてるかって、自分を完成させる為に生きてるのよ。
それが究極の目的であり、人間にとって本当の仕事なんだわ。

私にはそれが分からなかった。

そう考えたら、それに殉じて生きられたひばりさんが羨ましいなあと思うし、幸せな人だなあと思う。
私には迷いがあるから、まだまだネ(笑)

ともかく、ひばりさんを知ってる人も、全然知らない人も、また機会があれば見てくださいね。
「川の流れのように」は何回聞いても泣けます(;_;)


*悲しい酒*
作詞:石本美由起
作曲:古賀政男

ひとり酒場で 飲む酒は
別れ涙の 味がする
飲んで棄てたい 面影が
飲めばグラスに また浮かぶ

(台詞)
ああ別れたあとの心残りよ
未練なのね あの人の面影
淋しさを 忘れるために
飲んでいるのに 酒は今夜も
私を悲しくさせるの 酒よ
どうしてどうして あの人を
あきらめたらいいの
あきらめたらいいの

酒よこころが あるならば
胸の悩みを 消してくれ
酔えば悲しく なる酒を
飲んで泣くのも 恋のため

一人ぽっちが 好きだよと
言った心の 裏で泣く
好きで添えない 人の世を
泣いて怨んで 夜が更ける

ひばりさん、ってね ──これはまったくもって私の推測だけども── 心から添いたいと想うような人がきっとあったと思う。

でも、「大スター」という地位が、またそれにまつわる人間関係が、「普通の恋愛」や「普通の結婚」など到底許してくれなくて、涙をのんで想いを断ち切られたのではないかな。

「どうして どうして あの人を あきらめたらいいの」という箇所は、心が引き裂かれるような悲しみに満ちている。

これはもう、演技ではなく、本心でしょう。

そうとしか思えないような名演です。

§ 『人生一路』

1999年というのは、私にとって最も厳しい年でした。
病気だったし、失恋したし、仕事もなかったし、唯一の心の支えだった事まで頓挫して、生きていたのが不思議なくらい、辛い出来事の連続でした。
かといって家に帰る気にもならず、年末、こたつの中でゴロゴロしながら見ていた番組が、『美空ひばりスペシャル』だったのです。
その頃、私は、自分の生き方にすっかり自信を無くして、本当にもう「死んでやろうか」って気持ちだったんですけど、この歌を聞いて目が覚めたというか、ほんと励まされましたね。


一度決めたら 二度とは変えぬ これが自分の 生きる道
泣くな迷うな 苦しみ抜いて 人は望みを はたすのさ

雪の深さに 埋もれて耐えて 麦は芽を出す 春を待つ
生きる試練に 身をさらすとも 意地をつらぬく 人になれ

胸に根性の 炎を抱いて 決めたこのみち まっしぐら
明日にかけよう 人生一路 花は苦労の 風に咲け

今は特に、「勝ち組にならなきゃ」「幸せにならなきゃ」って、上手く行くことだけが人生の目的のように語られて、たった一度の挫折から立ち直れないような人もたくさんいるようだけど、「生きる」ってことは、ひたすら生きることに価値があるわけで、結果を出すために生きて行くのではないのです。
「生きる」ってことを、もっと単純に楽しみましょうよ。

とはいえ、若いうちはね。
失敗というものが、とにかく怖いし恥ずかしいのです。
「生きる」ということを楽しめるようになるまで、やはり時間がかかります。
20年、30年ぐらいでは、分からなくて当たり前で、だからこそ、長く生きることに価値があるのです。

そして、そういうことを教えるのが育児や教育であって、成功のノウハウを伝授する為に親がいるのではありません。
生きることの楽しさを、長く生きることの価値を、身をもって示してはじめて、子供は若い時代の苦難を突破するのだと思います。

あたしゃ、はっきり言って、子供カワイイ、カワイイのタイプではないし、どっちかと言えば、雌ライオンみたいな母親なんですけど、これだけは自信もって言えますね。
「生きていて楽しいし、この世は生きるに値する所だ」と。
それを親に断言してもらえない子供こそ、不幸なんじゃないでしょうか。

そういうことを、しみじみと語りかけてくれるのが、ひばりさん最後の名曲『川の流れのように』。
現代調の歌詞とメロディがマッチして、若い世代にも馴染みやすいし、彼女の人生を代弁するような歌だと思います。


【Youtubeのコメントより】
自分が歩んで来た人生に「自分が選んだ道と」どれだけの人が誇れるのでしょう?恥ずかしながら私は違います・・
自分は激流の中を生きてきた・・・だから皆はゆっくりとした川の中を生きてほしい・・・そんな風に感じます。
きっと今は美しい空に光り輝いてのでしょうね。

エッセー

この文章は、2000年の年明けに書いたんでしたっけね。

*

そして今年も暮れて行く・・
何か有ったと思うけど、
今はもう、よく思い出せない。
それだけ過去が遠ざかるのが早い。

一瞬、目の前が暗くなって
夜より深い闇を体験することもあるけれど
目覚めた後は、いつでも前より眩しい光の中にいる。

だけど不思議と答えが分かるのは
あの闇の最中なのだ

あの日も アタシは夜中に目を覚まし
何処からか呼びかける声を聞いた
「自分を完成させる為に生きているのよ」――

きっと人は一生かけて
自分の足りない所を補いつつ
自分を磨き上げていくのだろう
それこそが人生の意義だと分かったら
余計なことで心を悩ませている自分がアホらしくなった

そして世界にはその一点に集中して
生きている人がたくさんいる
自分を完成させる為に 懸命に生きている人が

追い求めているのは利益でも形でもない
自己実現だ
そしてそれこそが本当の「仕事」なのだ
だから人生への気概や情熱が生まれる

そう思って世界を見れば
全てが新たに生まれ変わる

頭で理解していた世界が
夕べ、アタシの心になった
どうしても入れなかった世界が
アタシのものになったの

その後、アタシ、どうしたと思う?
一気に35パーツ クリアしたのよ
2年間 分からなかった課題が一夜にして解けたの
自分でも信じられなかった

でもこういう小さな奇跡がちょこちょこ起こるから
止められないし
人生もまた楽しいのよね

一粒の薬より ちょっとした優しさで
多くのものが救われる
そうして時には アタシ自身が それを求めることもある
ありきたりの御礼なんて言わない
それに勝る宝が他に有るから

そうしてアタシはもう一度
スタートラインに立ち
新しい平原を見つめる

新しい気持ちで
新しい眼で

もうその他のことは どうでもエエわ
今はただ自分を磨くだけ

明日のことは 明日が決めるし
またFortunaの気が向けば
自ずと時機は訪れるでしょう

・・だけど本当にありがとう・・

*

この「ありがとう」の対象は、ひばりさんであり、当時の私を唯一、信じ抜いてくれた人への言葉です。
一生分の「ありがとう」です。

*

余談ですが……

近藤真彦がデビューして間もない頃、スタジオで美空ひばりさんのリハーサルを聞いて、
「あのオバサン、すげー、歌がウマイ~」
と言ったところ、プロデューサーが顔面蒼白で飛んできて、彼をスタジオの外に連れだし、
「彼女を誰だと思っているんだ、歌謡界の女王、美空ひばりさんだぞ!」
と強く叱責したそうです。
これにはさすがのマッチもひどく落ち込んだとか。

が、リハーサルの後、ひばりさんがマッチの所に来て言うには、

「真彦ちゃん、私、とても嬉しかったの。だって、上手いと褒められたのは初めてだったから」

ひばりさんほど圧倒的に歌が上手いと、かえって誰も褒めてくれないんですよね。当たり前すぎて。

言い換えれば、「上手い」とか何とか褒められるうちは、大したことないんだと思います。

私の大好きなエピソードの一つです。

【幸せの数え方 ~美空ひばり『人生一路』より~】

私は美空ひばりさんの歌う姿が好きで、追悼番組があるとよく見惚れていた。

わけても圧巻なのが、大手術の後、奇跡的に復帰し、東京ドームに五万人の観衆を集めて三十曲以上を堂々歌い上げた通称「不死鳥コンサート」だ。
豪華な衣装に身を包み、全身これ火の玉のごとく歌う姿は女王の名にふさわしく、神々しいばかりである。
番組司会者の話によると、痛み止めの注射を打ちながら舞台を続けられたということだが、そんな事は微塵も感じさせないほど凛として逞しく、「美しい」という言葉はまさにこの人の為にあると思わずにいないほどだ。

私ぐらいの世代は、「女王・美空ひばり」「昭和の代名詞」と言われてもピンと来なくて、以前は何がそんなに偉いのか、関心もなかったのだが、西暦二千年の新年スペシャル番組で「不死鳥コンサート」の一部映像を見た時、目が覚めるような思いがした。

大病を患い、誰もが「ひばりは終わった」と見切りかけていた中、燃え尽きた火から蘇るがごとく東京ドームの舞台に立ったひばりさん。
その頃、私自身、仕事や私生活でゴタゴタと揉め、落ち込んでいたせいもあり、ひばりさんの力強い歌声は、よれて、活力を失っていた私にぴしりと渇を入れてくれたのだった。

『一度決めたら二度とは変えぬ これが私の生きる道
胸に根性の炎を抱いて いくぞこの道まっしぐら
泣くな迷うな人生一路』

自身で作詞された『人生一路』を高らかに歌うひばりさんに、私は何度も問いかけたものだ。

「なぜ、あなたは、そんなに強いのですか?」

その日の特集で、ひばりさんの生涯が必ずしも満ち足りたものではなかった事を知っただけに、私には彼女の強さが眩しいと同時に痛々しく感じられてならなかった。
彼女が張り切れば張り切るほど、その裏側の闇が色濃く見えて、私には息が詰まりそうに辛く感じられたからだ。

強くなどならなくていい――。

私は、ある出来事を境に、そう思うようになっていた。

強くなろう、強くならなきゃ、と頑張れば頑張るほど、心はピンピンに張りつめたギターの弦みたいに苦しくなって、強くなるどころかボロボロにささくれてしまう。
自分では強いつもりでも、本当は少しも強くないのを、自分にも他人にも悟られるのが怖くて、精一杯、突っ張ってみるけれど、結局は、自分で自分の重みを支えきれなくなって、ガタンと崩れてしまう。

そんな無理を繰り返すぐらいなら、弱い人間のままでいよう。
もう二度と強くなろうとか、しっかりしようとか思わず、情けない人間のままでいればいい――。

「不死鳥コンサート」を見るまでは、そんな投げやりな気持ちにずっと浸っていたのである。

それだけに、踏まれても、踏まれても、真っ直ぐに顔を上げて、立ち向かってくるひばりさん――「女王ここに在り」と言わんばかりの神々しさで、自分の好きな歌を歌い続けるひばりさんの姿を見た時は、悔しいと同時に、何か反発したいような気持ちでいっぱいだった。
「こんな強さはウソだ」と大声で言いたかった。

が、ひばりさんの歌声は、あまりに明るく、溌剌として、私の意地悪な反発など入り込む余地もなかった。
むしろ、何をするでもなく、ドタっとコタツに寝転がり、「ちくしょう、あいつもこいつも、気に入らねえなぁ」なんて心で呟いている私を、
「アンタ、そんな所で、なにをグズグズ寝転がってるの。自分で選んで歩いてきた道でしょ。嘆いてたって、何も始まらないよ。さあ、立って、今日からでも歩き出しなさい」
と叱咤しておられるかのようだった。

この人の辿ってきた痛み苦しみに比べれば、私の挫折なんて子供の喧嘩みたいなもんだなあ――。

見ているうちに、涙が出てきた。
悔しいやら、情けないやらで、何か叫びたいくらいだった。

そうして、天井を向いて寝転がっているうちに番組が終わって、コマーシャルの後に、ひばりさんの座右の銘が紹介された。

『今日の己に、明日は克つ』

その言葉をかみしめながら、私は、意地を張るでもなく、知ったかぶりするでもない、人間の本当の強さについて、あれこれ思い巡らしたのだった。

ところで、ひばりさんの生涯を語る時、必ずといっていいほど言われるのが、
「ひばりさんは、歌手としては偉大だったが、私生活では孤独な人だった」。

幼い時からステージママのお母さんとタッグを組んで、来る日も来る日も大衆の前で歌い、子供らしい甘えや楽しみとはまったく無縁の生活を過ごしてこられたひばりさん。
年頃になって、当時の若手スター、小林旭さんと結婚されたものの、一年半で離婚。
それ以外にも、実弟の非行や暴力団との黒い噂など、心痛は絶えず、晩年になって、甥の和也氏(『マネーの虎』にも出演している、現ひばりプロダクション社長)を養子にされたものの、最後は母とも実弟とも死に別れ、私生活では非常に淋しい想いをされたのはあまりにも有名な話である。

が、ひばりさんが不幸な女性だったかといえば決してそうではない。優れた歌い手であると同時に、磨き抜かれた魂の持ち主だったことは言うまでもなく、人間としても、歌手としても、その生涯を立派に全うされたことは周知のとおりである。

その人の人生が幸せだったか否かは、当人にしか分からない。
いや、当人でさえ、どちらとも言い切れないのが本当ではないか。

誰の人生も光と陰から出来ていて、どちらか一色ということはまずあり得ない。
陰があるから光が際だつわけで、もしその人生が望むがままの光に彩られていたら、もはやこの世に生きる意味などないのではないか。それは天国であって、この世の人生ではないからだ。

この世のことは、すべて光と陰でバランスを取っている。
次から次に願いが叶って有頂天になると、どこか落ち着きがなくなるのは、それが自然に反することを無意識に知っているからだ。

人生がこの世のものでなくなれば、人がこの世で生きる意味もなくなる。それは即ち、人生の終わりを意味する。

この世に生きる限り、人は光と同じ分量の陰を必要とし、光が強ければ強いほど、陰も色濃くなるのが自然なのだ。

ひばりさんの生涯も、家庭崩壊や離婚など、エピソードだけ聞けば、「なんと気の毒な」と思う。
だが、ひばりさんは、傍が思うほど自分自身をみじめとも、気の毒とも思っておられなかったのではないか。
淋しい女の心情を歌った「ひとり酒」や、宇宙的な広がりのある「川の流れのように」を歌って、何万という観衆を感動させるには、そんじょそこらの「辛い」「淋しい」では話にならない。
最高の歌手として生きる為に最悪の不幸を必要とすることを、心のどこかで知っておられたから、あれほどの心痛があっても、舞台に上がればその姿はいつも晴れ晴れとして、『人生一路』のように一本突き抜けた歌を歌うことが可能だったのだと思う。

そういう意味で、ひばりさんは、幸にも不幸にも恵まれた、非常に意義深い人生を生きられたと言えるだろう。
「家庭崩壊したから」「離婚したから」、だから「可哀相」と結論づけるのは、あまりに人生を知らなさすぎる稚い答えである。
誰の人生も光と陰が複雑に絡み合った立体形であり、人生の醍醐味は、光の多さではなく、コントラストの美しさで決まるからだ。

言い換えれば、いい人生を生きるのに、絶対的に幸せである必要はどこにもないのである。

近頃、「幸せ」という文句をまた一段と聞くようになった。
「こうすれば幸せになれる」「幸せになるための秘訣」等々。世の中、そんなに、今の自分を幸せに感じない人がいるのかと不思議なくらいである。

そうして、人々の言う「幸せ」を見てみると、「もっと楽したい」「つらいのはイヤ」といった、ずいぶん享楽的な臭いが感じられてならない。
つまり、「恋人は欲しいけど、自分から愛したり、尽くしたりするのは面倒」「金儲けしたいけど、汗水流して働くのはいや」といった具合である。

だが、先にも述べたように、人というのは、全てが思うがままになれば、かえって落ち着かなくなるものだ。
なぜなら、光に目が慣れてしまうと、光の存在を感じなくなってしまうからである。
光を楽しむには、同じ分量の陰を必要とする。
痛みや苦しみを伴わない幸せは、いずれ飽きてしまうのだ。

「幸せになりたい」「こうすれば幸せになれます」という言葉を聞くと、時々、日常に退屈しきった人を連想せずにいない。
人は忙しければ、目の前の事をやり繰りするのに必死で、幸せとか不幸とか感じる間もないからだ。
暇で、だらけきって、何かに自分を懸けることもなければ、心が湧くこともない、そんなぬるま湯のような日常にどっぷり浸かっていれば、「幸せ」という言葉に、何やら永続的に楽しいものを思い描いても不思議はない。
日常を変えてくれるアイテムの一つとして幸せを望むなら、それはイベントに他ならず、イベントは終わればまた次が欲しくなる、いわば、底なしの享楽と変わりないのである。

そもそも、幸せとは何か。
それは何ものにも左右されない心の状態をいう。
恵まれても、失っても、得しても、損しても、凪いだ海のように穏やかで、心を煩わされることがない。
いわば、絶対的な平安だ。

そういう心の平安を手に入れようと思ったら、人はまず不幸な思い――痛みや苦しみや淋しさや妬みなど――に打ち克つ必要があるし、幸と不幸の本質を理解しなければならない。
つまり、幸とか不幸とかいうのは、ひとえに心の持ち方を表す、という真理である。

それが分かれば、人はあるがままのこの世を受け入れることができるし、幸せだけを追い求めたりしない。
退屈な日常を何やら面白おかしく飾り立ててくれそうな「幸せ」や、つらい事やしんどい事から永遠に解放してくれる「幸せ」など、どこにも無いことを悟るだろう。

それが無くて、幸せ、幸せと、あちこちを訪ねて回るのは、実のところ、本物の不幸を知らないからではないか――という気がする。
つまり、「お金が儲かる」とか「恋人ができる」とか、幸運な出来事に巡り会いさえすれば、人生が楽しくなると思い込んでいるのである。
たとえるなら、パチンコ台の前に腰掛け、「当たれ、当たれ」と念じているようなものだ。運良くラッキーセブンが並んで、玉がざくざくと出てくれば、誰でも幸せに感じる。こんなに楽して稼げるなら、明日もまたパチンコに来ようと思う。たとえそれが錯覚だとしても、ひとたび楽して得ることを覚えると、人は明日も明後日も同じ幸運を期待して、パチンコ台の前に座り続ける。二度と当たりが出なくて、お金を擦るだけだとしても。

幸せと幸運と享楽は、似て非なるものだ。
不幸を知れば、その違いがよく分かる。
幸せに躓くのは、平安な心の状態と幸運な出来事を勘違いしているからだ。

パチンコで大当たりした数万円は、一晩で呆気なく使い切るという。「楽して得たい」の気持ちで手に入れた幸せも同様で、結局は身に付かずに終わるのではないだろうか。

この世に生まれて、幸せを望むなとは言わない。
幸せを目指して、あたう限りの努力をするのが人生の過程ではないかと思う。
だが幸せの本質を思い違えば、人の一生はたちまち狂いだす。ありもしない青い鳥を追い回すうちに、全てが空しく過ぎ去ってしまう。
肝心なのは、何を幸せとするかだ。方法論ではない。

そして幸せを定義する時、決して忘れてはならないのは、幸せとは痛みや苦しみを伴わない状態を指すのではなく、「にもかかわらず」全てを良しとする心の在り方を指すという点である。

言い換えれば、真の幸せは不幸という陰を伴い、陰に呑まれない心の持ち方を会得することが、すなわち「幸せになる」ということなのである。

痛みや苦しみの最中にあってなお、幸せを数えることが出来たら、その人はもはや幸と不幸の境目に迷うこともないし、ありもしない幸運を追い掛けることもなくなる。
小さな幸せを着実に積み上げて、誰よりも遠くまで歩いて行くことができるだろう。
なぜなら、迷いのない心は清水のように澄んで、どんな災いや困難に遭遇してもさらさらと流れて行けるからである。

幸せの数え方を知れば、幸とか不幸とかいう観念にすら囚われなくなる。
言い換えれば、「幸せ」を追い掛けている間は、どんな幸せに巡り会おうと、それを幸せと認識することすらないのである。

記 : 05年1月11日

美空ひばりさんに関するCD・DVD・書籍

美空ひばりを誰よりも愛した著者による伝記。
日本人の心情を直撃した魅力。ジャズも歌いこなした音楽的才能のすべて。小林旭との離婚など順調ではなかった私生活。三代目山口組との関係で、世間の指弾や反発を受けながらも屈せずに生きた強さ…。
ひばりの本質へと迫った竹中労の最高傑作。

上記動画にもアップしている、今や伝説の東京ドームでの復活コンサート。
公演中は何度も病巣部の激痛に襲われ、鎮痛剤を打ちながらコンサートを完遂されたとのこと。
歌の一つ一つ、言葉の一つ一つに、言いしれぬ深みがあるのは、まさに命をかけた舞台だからこそ。
病をおして熱唱されている姿を見ているだけで涙が浮かぶ。
この方は存在自体が哲学です。

「悲しき口笛」「悲しい酒」「人生一路」「川の流れのように」等々、まさに美味しいとこどりのベスト盤。
初めての方でも十分に楽しめる名曲ぞろい。
世代を超えて胸を打つ歌詞と味のあるメロディをぜひ体験して欲しい。

初稿:1999年冬

Photo : http://www.bs-asahi.co.jp/documentary/prg_002.html