母親である自分が好きですか? ~内なる感情を楽しむ~

多分、子育てに必死になって、パンクしてしまうタイプのお母さんは、子育てというものをあまりに重く見過ぎるために、良い意味での『笑い』を無くしてしまうんじゃないかと思います。

たとえば、子供を連れてレストランに行ったら、ギャーギャー騒がれて、周囲にも冷たい目で見られた。それがイヤで、オモチャを余計に買い与えてしまったが、子供の心の成長を考えると、それは間違いだったのではないか……ということを、延々と考えて、スパイラル状態になってしまうような場合です。

つまり、子供や子育てを神聖に考えるあまり、子供のバカっぷりが笑えない。
自分のドタバタした愚かさを、「アタシって、バカ~」と笑って流す余裕がない。

「こうでなければ、ああでなければ」と、自分の定めたルールが全てで、そこから逸脱してしまうことは、たとえ自分自身の感情であっても、批判がましくならずにいられないのです。

自分で自分の愚かさや失敗を笑えない」――というのは、自己否定の一つです

そうした自己否定が根強いと、他人=子供に対しても、寛容になることができません。

そういう時、育児に追い込まれやすい人は、子供を自分の思う通りに改造することで、自分のイライラを解消しようとしがちですが、本当に必要なのは、こうした自己否定の傾向をなくし、自分自身に対して、もっと寛容になることだと思うんですね。

何と言っても、我々は人間ですもの。

たとえ相手が子供にせよ、人間として、怒りや苛立ち、悔しさみたいなものを感じて当たり前だと思うのです。
が、それを、「母親だから」という理屈で否定し、封じ込めようとすれば、本来の自分の感情がどこかに置き忘れられて、その歪みは必ずウツやイライラ、あるいは突発的な憎しみとなって爆発すると思うんです。

そうではなく、自分の大人げない部分――子供相手にカッカしたり、振り回されたり、アホらしさの極みを繰り返している自分自身を、客観的に見つめ、笑い、子育てそのものをギャグ漫画のように茶化す余裕を持てば、自分もラクだし、子供との関わりももっと楽しいものになるのではないでしょうか。

世に溢れる育児情報の中には、「母親なんだから、こんな風に感じちゃダメ」「母親なんだから、こういう気持ちにならなきゃダメ」みたいに、育児あるいは母親というものを神聖化してしまっているものが少なくないですよね。

確かに、心構えとしては大事だと思いますけど、一方で、子供との関わりを通して経験する心理的体験=それまでに経験しなかった苛立ち、不安、怒り、自責の念といったものを、もっと肯定的にとらえ、
「あ、今、私は子供相手にカッカしてる」
「私って、ホントに、瞬間湯沸かし器みたい」
と、客観的に見つめ、それも自分自身の真実として受けとめてはどうかと思うのです。

『カッカする=悪いこと=私の育児は失敗、クヨクヨ』ではなく、

『カッカする=これが私という人間なのだ=じゃあ、どう付き合おう』といった風に。

前に、育児相談の書き込みで、「不妊治療の末にやっと授かった子供なのに、育児ストレスでイライラしてしまう。そして、そんな自分がイヤで、ますますイライラしてしまう」というものを読んだことがあります。

これも、『不妊治療の末に授かった子供は天使。絶対に大事にしなければ』というこだわりがあって、それゆえに追い詰められているように感じます。

その気持ちは痛いほど分かるけれど、そんな時こそ、こだわりを捨てて、子供相手にイライラ、ドタバタしている自分を客観的に見つめ、受け入れていけばいいと思うんです。
悪い感情をハナから否定するのではなく、これも対人間との関わりだと肯定的に受けとめて。

子供って、親が与えるべき存在には違いないですけど、一方で、親に新たなものを体験させてくれる存在でもあると思うんです。

たとえば、上記のママさんの場合、「私が子供を大事に育てなければならない」という気持ちが強いですけど、この子は、育てられるばかりではなく、親に新たな気持ちを体験させる為に生まれてきた――とも言えないでしょうか。
そして、それこそが、治療の末にやっと授かった意味なのではないか、と。

私は、いろんな育児相談を読んでいて、今時の親に一番必要なのは、「心理的体験を悦ぶ余裕」ではないかと思います。
子供との関わりをあまりにも理屈で考えすぎて、人間として自分が感じる心理的体験をなおざりにしている、そんな印象を受けます。

子供のやること、なすことに苛立ち、落ち込み、振り回され……というのは、親として恥ずかしい事かもしれませんが、それこそが子供と関わることの本質であり、子育てというのは、躾や教育といった方法の上にあるではなく、もっと自分自身の中で体験されるものなのではないでしょうか。

そういう意味から、私は、親としての未熟さや愚かさを恥じらいつつも、客観的にはけっこう楽しんだりしています。
母親としての自分をウォッチングする」とでも言うのでしょうか。

(こういう時、私は短気になって、ダメだなあ)とか、
(おお、私って、こんな優しさも持ち合わせていたのか)とか。

育児を通して、いろいろ発見することは多いと思うんですよ。

そうして、自分自身をよく知ることがセルフ・コントロールに繋がり、セルフ・コントロールに長ければ、無用な衝突や躾の強要は避けられると思うのですが、皆さまはいかがお考えでしょうか。

子供を持ったからには、母親としての自分自身をもっと楽しんだらいいのにな、と思います。

英語ではよく、enjoy yourself って言います。

良いところも、悪いところも、全部込みで「アナタ」。

そのアナタ自身を楽しもう、という意味です。

そのアナタ自身を愛してあげたら、子供のこともきっと自然に愛せるようになると思うんですよ。

「まずは母親から」というのは、そういう意味です。

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