この世で一番礼儀正しい人々・・(病院編)

病院にはいろんな人がやって来る。
大会社の社長も来れば、大学のえら~い先生も来る。
芸能人も来れば、ニューハーフも来る。
カルテや問診票には、職業の詳細な内容まで記入しないので、その正体が分かるのは、たいてい「馴染みになってから」という事が多い。

とはいえ、大会社の社長だろうが、おエライ教授だろうが、病気になれば同じ人間、どんな肩書きがあろうと、患者に上下も貧富もない。私たちの態度も変わらない。

が、中に、その正体が分かった時、ピリリとその場の空気を変えてしまう人達がいる。
ヤクザ屋さんである。

大体ガラが悪いのは下っ端のチンピラ・クラスで、親分さんクラスにもなると非常に礼儀正しい。
言葉づかいは丁寧だし、「ありがとう」「お願いします」という挨拶も一般人以上にきちんとされる。

今時のニホンで、こんな律義な挨拶ができるのは、幹部クラスのヤクザ屋さんぐらいではないだろうか。

彼らも裏では悪い事をやってるのだろうが、堅気の人間には柔らかいし、看護婦にも事務員にも非常に丁寧である。
(← 中途半端にエライ人ほど、医者にヘイコラし、看護婦や事務員には横柄)

何より、「自ら治そう」という意欲が強い。(← このへんが堅気の人間と心構えが違う)。

医者や看護婦の説明にも熱心に耳を傾けるし、治療にも積極的だ。

“患者のカガミ”と評したい人が不思議なほど多い。

ヤクザ屋さんといえば、忘れられない出来事が三つある。

〈 その一 〉

胃の手術をした大親分さん。
物静かな人だったが、背中や肩に立派な彫り物があって、包帯交換する時、非常に緊張した。
(手術前、前処置でアソコの毛を剃った先輩が、親分さんに“アンタの顔は一生忘れん”と言われてビビっていた)

ある晩、症状把握を済ませて部屋を出ようとしたら、親分さんがいきなり「藤原ァ!」と叫んだ。
すると、ソファに座っていた剃り込みリーゼントのアンちゃんがすっと立ち上がり、ドスのきいた声で「ヘイ」と答えた。

親分さんはアンちゃんに言った。
「看護婦さんにクッキーやってくれや」。

アンちゃんはクッキーの箱を戸棚から取り出すと、まるで賞状でも授与するように両腕をぴんと伸ばし、頭をかがめて、恭しく差し出した。

他人からこんな丁寧に物を手渡されたのは初めてだった。

〈 その二 〉

外来に来た某患者さん。
どこにでもいるような気さくなオッチャンで、彼の後ろでは、三十半ばの振るいつきたくなるような男前が、ドクターの説明を必死にメモしていた。

ホント、姿勢は良いし、精悍だし、胸元から男の色気が匂い立つようで、まさに松竹映画から抜け出てきたよう。

きっと有名企業の社長さんと、その秘書なんだろなーと思っていたら。

彼らが去った後、ドクターが教えてくれた。

「あの人、誰か知ってるか? **組の大親分やで。いつもお付きの者が病院の周りに十人ぐらい張っとるわ」。

……若頭でもいい。もう一度、会いたい。

〈 その三 〉

いつも若い子分二人を引き連れてやって来る親分さん。
指が数本無くて、妖怪人間ベムのような手だったけど、子分さんともども腰の低い人だった。

ある日、いつもの子分さんと顔ぶれが違ったので、「どうされたんですか?」と訊ねたら、「抗争でやられましてん」。

「ほんまにあるんやなぁ、こういうこと……」と現実を知った瞬間でした。

記:1998年秋

*

過去ログを整理していたら、一番最初のHP『Clair de Lune』に掲載していた原稿が出てきたので、懐かしさついでにアップ。
私は、自分が出会った患者さんのことはたいてい覚えていて、そりゃもう人物列伝でも書きたくなるほどいろんなことがあったのだけど、やはり『ヤ』のつく世界の人のことは特にインパクトが強いね。

「わぁ~、このオジサン、礼儀正しくて、優しい~。どこの有名社長さまだろ」

と思ったら、たいがい『ヤ』のつく人だった。

なまじ「社長」と名の付く人ほど、エラそうで、看護婦の言うこともちっとも聞かなくて、ヘタすれば他の患者さんにまで横柄で、思わず腹の中で中指が立つほどだったけども。

それだけに、こういう世界に取り込まれていく男の人の気持ちも何となく分かる。

なまじ不幸な家庭に育ち、健全な父親のモデルを持たない人ほど、こういう親分クラスの人に一人前に扱われ、厳しい上下関係とルールを強いられたら、かえってそれが安心で、ウンウンと言うことを聞いてしまいたくなるのではないだろか。

とはいえ、『ヤ』のつく人が、日本の社会福祉の為に老人ホームでおむつ替えのボランティアなどやってるわけじゃないし、職場の先輩の話では、某親分さんが治療していた病室に、向かいのビルから弾丸が撃ち込まれた事件もあったそうだから、やはり水面下では、えげつな~い事になっているのだろう。

「この世にこんな礼儀正しい人がおるんか」と感心するくらい、見かけは立派な人が多いだけに、本当に残念だ。

そのありあまる力を、育児ノイローゼに苦しむ専業主婦のために、認知症の患者をかかえて介護に疲れ果てた家族のために、役立てて下さればいいのに。

陰で悪いコトをしているから表向きは礼儀正しいのか、それとも芯から礼儀正しいのについつい悪いコトをしてしまうのか、どっちだろ。

私は、あの親分さんの笑顔も、あの親分さんの柔らかな物腰も、ホンモノであると信じているのだけれど。

静脈注射に失敗されて、怒っていた親分さん。

そんな彫り物をしているから、血管が見えねえんだよ、と、職場の先輩も怒っていた。

病だけは平等に人に訪れる。

そして、『ヤ』のつく人でも、それがたとえ人殺しであっても、『患者』となれば、助ける。

そういう人たちの優しさで、日本の医療も成り立っている。

私も、あと数年、現場で頑張りたかったな。。。

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